31.『怪盗ルミナーレ』
『白獅子』一行は宿に。
そして夜更け。スズの時間が始まった。
王族殺し、クーデターの主犯とされた大臣宅。勿論のこと、警備は厳重であり衛兵達により粗方の家宅捜索が成された後である。
「ま、なんかあるやろ。多分」
警備は厳重、とは言うものの。それは一般論の話であり、自身の気配をスキルで遮断したスズを認識出来る者はこの世に数名しか存在せず、そんな者がこの場にいるはずもなく。
「ほな失礼しますよっと」
警備の隙間から音も立てず塀を登りあっさりと侵入。窓をちゃちゃっとスキルも使わず解錠し建物内へ。
「ちゅーても分かりやすいとこはもう調べ取るやろうしなあ。まあ大体、この建物の構造なら」
一通り、建築物の構造を見て回った。ホスグルブでも名家と呼ばれる家に見られたいくつかの共通的な特徴。ホスグルブ南国、アマチアスで名建築家として名を馳せた人物が建てた特徴と合致する。それは例えば執務室や書庫等の壁に隠し扉がある、など一般的に分かりやすい隠し部屋が存在しない事を示す。部屋と部屋との間に不自然な空間がありそこを通路として……等もあり得ない。
「地下か屋根裏か。もしくは建物外の井戸から繋がっとるか。概ねその辺やろ。なら」
一階調理場。そこから繋がる食料を保存する地下パントリーにある隠し扉をスズはあっさりと看破する。
「ここはダミーやな」
隠してはあるが分かりやすい。ここまではホスチェストナッツの調べも入っているのもスズは確認した。
「本丸は……」
本棚を動かす。周囲と変わらず石積みの壁面ではあるが、一点だけ少し黒ずんだ石を床面近くに見つけた。スズは迷わずその石をつま先で押し込んだ。何かが抜けた音がした。スズが壁を押すと忍者屋敷のどんでん返しのように壁がくるりと回った。
「サラウィン氏、中期頃の仕掛けやね。ホスグルブにも一棟あるわ。……っと、ここは手つかずやん」
新たに見つけた隠し部屋に入ったスズは机の上に有った書類を手に取りパラパラと捲る。
「はあー。大臣とセルキスが繋がっとる証拠、すんごい分かりやすく纏められとるやん」
なんかあいつの都合通りに物事が運ぶのむかつくな。燃やしたろかな。ちゅーても事実やからしゃーないか。そのうち、この部屋も見つかるやろうし放置しとこ。そんな思考でスズは書類を無造作に机に放り投げた。
「もうちょいおもろいもんが欲しいんやけどな。……ん、日記? ……お?」
日記はプライベートなもの。大臣と繋がりある貴族や商会の名前もちらほら。それはホスグルブの貴族や商会の名、もちろんセルキスの名も出てくる。
「……こっから『四凶』、いや『形天』との繋がり掘れそうそうやな。あいつ自身は痕跡消してそうやけど。ま、それはそれとして」
スズは日記を閉じて獰猛な笑みを浮かべた。
「こっからはウチのショータイムや」
◆
ホスチェストナッツの首都ウツノミヤ、深夜にも関わらず警鐘が鳴り響く。
「泥棒だー!」
「『怪盗ルミナーレ』だと!? なぜ奴がホスチェストナッツに現れる!」
屋敷の屋根上、月夜に照らされて見えるシルエット。顔に狐の半面を付け、純白と黒のツートンカラーのタキシードに身を包み、同じく純白と黒のシルクハットに手を添える。想い人の色も身に纏い、その身を隠す気が欠片も見えない装いの怪盗は、背負うマントをなびかせて屋敷を取り囲む衛兵達をあざ笑う。
「ホスチェストナッツの警備はこの程度なんか? ザルにも程があるわ」
そういうルミナーレの手には月明かりを目映く反射するコブシ大の赤い宝石。
「あれは! 国宝『ギョーザノナカミ』!?」
「(え、これそんな名前なん? もうちょいどうにかならんかったん?)……そう! あんたらの国宝が一つ! 『ギョーザノナカミ』は確かに頂いたで! はーっはっはっはっは!」
「くそ! 奴を捕まえ……消えた!? 何処だ! 探せ!」
街中のあらゆる所から警鐘が鳴り響いた。
「『ルミナーレ』だ! ルミナーレが出たぞ!」
この日、スズを突き動かしていたのは怒りである。
闘争の国である。強き者を讃える国である。で、あれば弱者はどうだろう。強き者を讃える、というのは勿論どの国でも当たり前にある風潮だ。それが一層に強く出ているこの国のスラムはひどい。
スズは弱者の味方である。
商会の食料庫から保存の利く食料や衣服を奪う。
それをスラムの路上生活者に金と共にばら撒いた。
「ええか、その服を着て仕事を探すんや。きったない格好やったら相手にされんからな。髪を整えて髭もそるんやで」
ありがとう、ありがとうと感謝を述べたその路上生活者は、スズのタキシードに触れ汚してしまった事に気付き申し訳ないと、平謝りをするもスズはその男性に対し、軽くハグを返し言う。
「気にせんでええ。服なんか洗えばええ。おっちゃん、頑張りーや!」
「本当にありがとう。貴方のような紳士に出会えるなんてまだ人生捨てたものじゃないようだ」
(淑女、な! ま、ええけど)
「いたぞ! 『ルミナーレ』だ!」
「おっと、またなおっちゃん!」
「こっちだ! こっちにも出た!」
「そんな筈は無い! 今こちらから奴が盗み出したところだぞ!」
「違うこっちだ! ええい、神出鬼没か奴は! 男なら正々堂々としろ!」
衛兵達が『ルミナーレ』を追う。しかし気が付けばスラムの路上生活者達がそれを邪魔をし始める。それはホスグルブでも見られた光景だった。
だれが男やっちゅーねん。確かに性別分かりづらい格好しとるしそれが狙いやけど! 誰も男やって疑いもせんのおかしいやろ。胸か? 胸なんか? そんな文句を心の中で呟く程度に余裕を見せるスズは、スラム街の教会に入った。
「誰ですか!?」
扉を開けると、夜更けにも関わらず教会内で祈りを捧げる若いシスターにスズは出くわした。
「ウチは『怪盗ルミナーレ』。怪しいもんやで♪」
「……当教会に金銭の類いは有りません。お引き取り下さい」
せやろな、とスズは思う。外装も内装も随分と朽ち果てている。どうやら『まとも』な教会らしい。スラムにあって住民に施しを行い、本当に金は無いのだろう。
「でもシスターがおるやん?」
スズがそういうとシスターがビクリと身を震わす。スズは一瞬で距離を詰めた。
「うん、いい目や。気に入ったで」
ニコリを笑ってスズは大きな革袋をシスターの手に握らせた。大量の金貨がズッシリを重いその袋の口から見える。
「え、あの」
「気に入った、そう言ったんや」
「だ、駄目です。私の身はその、神に捧げているもので」
何か勘違いをされたらしい。そういう話、あるんやろうなとスズは察する。ホスグルブでも勿論ある話。ほんま嫌になるなとは思うがスズは笑顔を崩さない。
「ええよ、それで」
「え?」
「シスターの正しいと思う事に使い。それはシスターにあげるわ。ちなみにそれ、この街の私腹を肥やしとるゴミから奪った怪しい金やから気にせんと使いーや?」
「あの、貴方は一体……?」
「ウチ? ウチは『怪盗ルミナーレ』。虐げられしものの味方やで♪」
「『怪盗ルミナーレ』様……」
「あっはっは。様なんて付けたらあかん。うち、れっきとした犯罪者やし」
「いいえ、いいえ貴方の行いはきっと神様が見てくれています」
「……ちゃう。うちはうちの正しいと思うことをしとるだけや。」
「貴方の事を正しい目で見ている人はきっといます」
「ええ娘やな。ふふっ。ウチみたいな悪い奴に捕まったらアカンよ?」
それだけ言うと、スズの周囲に風が一瞬舞い、それと共にスズの姿は消えた。
「『怪盗ルミナーレ』様……」
教会の天窓から月明かりに照らされたシスターの頬はほんのりと赤く染まっていた。
この日、多くの人々が『怪盗ルミナーレ』に心を盗まれた。
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