20.乙女ルーラン、爆進す

 買い物は楽しい。目に付いた物は欲しくなる。

 私は甘やかされて育った、とはっきり言える。欲しい物は何でも買ってもらった。商売に必要ならと爵位も金で買った成金と揶揄される父も、私の意思を尊重すると更に仕事にも有利になるはずの縁組みをしない。

 あの日も私はいつも通り街に繰り出し買い物を楽しんでいた。



「ルドランの娘、ルーランだな?」

「……どなたですか?」



 立派そうな服。あくまで立派『そう』な服を着ている男に声を掛けられた。



「ふーん。ま、顔は良いじゃねえか。なあ、俺にちょっと付き合えよ」

「……いきなり無礼ではないですか? 嫌です。他の方を当たって下さい」



 見た目を褒められる事は良くある。良くあるのだから私の見た目は良いのだろう。それは多少の価値はあるのだろうが、今のように面倒を起こす事もある。



「ちっ、面倒くせえな。いいから来いよ」



 男が私の腕を掴み無理矢理引っ張る。抵抗を試みるが、この男に対しては非力だ。私は声を上げる。


「痛い! やめてよ!」

「うるせえ! 俺は子爵様だぞ? 黙って来い!」

「やめてって言ってるでしょ!」



 渇いた音が響いた。それが私の頬をぶった音だと、暴力など振るわれた事が無かった私は理解するのが少し遅かった。そして理解した途端、痛みを感じ恐怖が襲った。声を上げたかったが、声が出なくなった。周りに助けを求める視線を投げたが、相手が爵位持ちと分かると皆関わらないように目を背けた。



「手、離せよ」

「ああ!?」



 白髪の少年、もしくは少し幼い顔立ちの青年だった。この場で助け舟を出すなんて恐らく頭が悪いのだろうと誰もが思うだろうが、私にとってはどんな騎士様より立派に見えた。



「誰だてめえ」

「レオ。ただの冒険者」

「は、馬鹿が平民が貴族様に歯向かうんじゃねえっての!」



 その男は拳闘士のスキル持ちだった。高速で拳を振るうスキルをレオが間一髪で避け、いや致命傷にならない程度に当たりながら決して目を逸らさずにチャンスを伺っているように見えた。



「死ね!」



 男の大振りの一撃を避け、いや肩にもらいながらも相手の懐に飛び込んで伸びた腕を掴みそのまま相手を自身の背に背負い宙に投げ飛ばした。



「路上柔道最強!」



 何かを叫んだレオが小石を拾って倒れた相手の上に跨り殴打、殴打、殴打。やり過ぎではとこの時は思ったが、拳闘士中位スキル持ちだったらしい男に投げたくらいでは反撃で倒されてしまうからこの時に相手を無力化する選択肢しか無かったと、駆け付けた衛兵に取り押さえて男と共に連れて行かれたレオは詰所で語ったらしい。

 ともかく私は家に走った。このままでは私を助けてくれた人が罪に問われるのは間違いなかったからだ。父に事情を話す。



「この前依頼した白髪の子だろう。レオくんか。娘が付き纏われている気がするからもし街で見かけたら気に掛けてやってくれと頼みはしたのが……依頼でもないのにそこまで……よし、すぐに行こう」



 後で分かった話、この時の貧乏子爵は私を手籠にしてルドラン家の資産で自分の家の借金を返そうと企んでいたらしい。レオは罪に問われなかった。

 私達が詰所に行くより早く、なんと偶然この街にいた『聖女』様がレオの身元引受人としてきていたのだ。先の話も教会側からの情報提供だった。



「あーいててて」

「もう、すぐ無茶をするんですから」



 詰所で『聖女』様に治療されているレオに会えた。正直、仲睦まじそうに見えた。



「あ、あの、私ルーランと言います! 先程はありがとうございました!」

「いいっていいって気にすんな」

「やはりレオくんか。娘の事、本当にありがとう。何か礼をしなくては」

「そういうのいいって言っても商人には駄目かな。じゃあこれからもたまに依頼くれよ。ちょっと色付けてくれたら嬉しいかな」



 この時から父のレオに対する信頼は絶大だったと思う。そんなやりとりを見ながら私は『聖女』様の顔を見た。見た目は良い、と皆に言われてきた私だが、そんな私より全然『聖女』様は綺麗だった。

 私には見た目しかないのに。『聖女』様は全てを持っている気がした。思わず聞いてしまった。



「あの、失礼ですがお二人はその、良い仲なのでしょうか」

「ええ、私達はこい「友達です」……お友達ですよ。今は」



 お二人の仲は進展している訳では無さそうだった。まだ、きっと私にもチャンスはある。そう思った。父が冒険者であるレオに依頼を出すのだから会うこともあるだろう。私は戦えない。冒険者は出来ない。なら私の長所を伸ばすしかない。

 今まで意識した事のない美容に目を向けた。美しさは作れるらしい。私にはそれを伸ばすしかない。父と母に相談しながら、私は街で一番の美貌と呼ばれるようになった。

 そんな中、レオは新しい仲間を増やす度にどんどん冒険者として有名になっていった。そしてついに『白獅子』となった。



 『白獅子』の授与式には私も顔を出した。久しぶりにレオに会う。私を見て綺麗と言ってくれるだろうか。レオがパーティーメンバーと共に大広間に現れた。


 パーティーメンバーは皆、世辞抜きに可愛いかった。皆、違う綺麗さや可愛いさがあった。


 私は声を掛けずに帰った。自信が持てなかったからだ。

 だから自信が持てるよう頑張った。おそらく世界に私一人だけだと思う『美容』スキル持ちになる程頑張った。努力でスキルが生まれるなんてこの世の摂理がひっくり返る出来事らしいが気にしない。必要なのは過程ではなく結果だから。


 国一番の美姫、などと呼ばれるようになり、私は父にレオと共になりたい事を告げた。父は取りなしてみるとは言ったものの良い返事は帰ってこなかったとの事。そしてあの件で言われた言葉。



「悪いね。見た目だけ磨いてるような女に興味ないんだルーラン嬢」



 つまり私は方向性を初めから間違っていたらしい。ショックはショックだが、だからどうしたという話だ。今更諦められる訳もないのだ。

 私は戦えない。だから父を見習い商売を始めた。

 私には商才があるらしい。

 一つは平民向けにディスカウントショップ。

 一つは貴族向けに美容を売り物に。

 どちらもすぐに軌道に乗った。見ていろ。何せ私は国一番の商人ルドランの娘。ただの見た目だけ磨いている女ではないのだ。あの時の事などカケラも覚えていない英雄様を、振り向かせるだけの女になるのだ。

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