19.「また野盗か」

 ホーチェストナッツには、ホスグルブの『五龍』と同じく最強の称号、『星三華』という称号があります。ホスグルブのように『白獅子』や『朱天狐』は与えられる名誉、『蒼麒麟』のように勝ち取る名誉、『黄龍』のように掴み取る栄誉、『翠玄武』のように認められる名誉といった区別がされている訳では無く、『星三華』は全て強き者が奪い取る栄誉なのです。

 歴代の『星三華』の多くは先代から勝ち取った剛の者。もしくは空位ともなれば国中の剛の者がその称号を命を賭けて奪い取りにいく称号。


 のはずです。ホーチェストナッツ最強の証のはずなのです。


 ですよね?



「今日野盗多くない?」

「そうですね」

「ホーチェストナッツ、昔来た時はここまで治安悪くなかったんだけどなあ」



 リオンさんが「なんだ野盗か……」と言って拳一撃で沈めた騎士。『星三華』の『月薔薇』ライオネット。生涯一度も攻撃を受けた事がないと言われる『星三華』最速の騎士。

 まさか『星三華』まで私を狙いにくるなんて思ってもいませんでした。リオンさん達に私を置いて逃げるように伝える前に「殺気……野盗か。ならいいか。シル宜しく」と言って『月薔薇』が、「ふっ、君達その姫君を置いていけば命は見逃してぐはああああ」と述べている口上を聞くのも面倒だと、目の前からリオンが消えたと思ったら『月薔薇』のアゴに下から拳を振り抜き、空高く舞い上がり頭からグシャリと落ちてピクリとも動かなくなってしまった『月薔薇』。



「あ、あの……その方……」

「ん? 野盗でしょ? ほっとけほっとけ。そいつの運が良ければ死なないんじゃねえかな」

「い、いえ。その、強そうに見えた相手だったので……」

「そう? シル分かる?」

「いえ、その普段接してる人達からするとそこまでには見えなかったというか……」

「だよなあ」



 私は絶句する。『月薔薇』は紛れもなくこの国最強の三柱と謳われた方。リオンさんは普段どんな方々と接しているのだろうか。


 ……はっ!? いや今この瞬間『月薔薇』は王族の私の前で倒された。つまり当代の『月薔薇』はリオンさんという事になるのでは!?



「ええっと……確か……」

「いやランさんや。お金にはあんまり困ってないから気絶してる野盗から金銭奪い取らなくても大丈夫だよ」

「ち、違います。そうじゃなくて……あった!」



 『星三華』の証。『月薔薇』の証、薔薇水晶とムーンストーンで作られたという薔薇モチーフのネックレス。



「これをリオンさんに」

「いやいらないけど? 返してあげて?」

「い、いえそういう訳にはいかないんです」

「じゃああげる」

「これがあれば城一つが買える程のお金が動くと聞いた事もあります。きっと持っていて損は無いですよ!」

「じゃあ尚更あげるよ。ウツノミヤに戻って困ったら売りな」



 ええ……。地位も金銭もリオンさんにはまったく響きません。まるで音に聞く『白獅子』のような方。



「ん……? 街道の向こうに土煙? 魔力反応……50人くらいか。うわまた野盗かよ面倒だな」

「リオン、付与済みだよ!」

「ありがとうシル」



 あの旗印……黒と黄色の横縞……まさか最強と名高いの傭兵集団『虎軍団』!? 何故この国に!? 南国での諍いに参入していると聞いていたのにまさかホーチェストナッツにいるなんて!?



「さてと……ちゃっちゃとやるかってあれ? なんだ『虎』じゃん」

「がっはははは! ようそこの若いの! その女を置いていけば見逃して……って『獅子』か!? 久しぶりだな元気にしてたか! なんだその髪オシャレか?」

「まあそんなとこ? 『虎』は何してんの?」

「おう、まあちょっと入りの良い依頼があったから受けたんだが、今破棄する事に決めたとこだな。シルちゃんも元気そうだな!」

「はい、『虎』さんも元気そうで良かったです」

「そうかそうか! そいつは良い! で、『獅子』。そのツレのお嬢ちゃんは?」

「ああ、ランさんっつってね。観光ついでにウツノミヤに送るとこ」

「その娘を連れてウツノミヤに観光、ねえ」



 傭兵集団『虎軍団』のリーダー、『虎』が私をじっと観察している。



「……そうかそうか、観光、か。いやそいつは面白いもんが見れそうでいいな! 時間が合えば俺も覗きに行くかな! ちょいと用事が思い付いたんで送っていってはやれねえが。ひっさびさに一緒にドンぱちやりてえなあ!」

「面白いもん? ギョーザ食べ放題でもあるのか?」

「いいねえ、アレは麦酒にあうもんな。ウツノミヤで会ったら一杯やるか! 奢るぞ?」

「お、さすが『虎』の旦那だね。じゃあ宜しく!」

「おう、またな! がっはははは!」



 『虎軍団』は嵐のように現れて嵐のように去っていきました。



「なあシル、知り合いにあったらすぐバレるんだけど」

「まあ、髪だけですからね……」

「あ、あの、あの方々は?」

「ん、『虎』の旦那は腐れ縁っつーか……。俺が冒険者駆け出しの時にめっちゃ世話になった事ある人」

「『獅子』と呼ばれていたのは?」

「昔の冒険者登録してた時の名前だなー。今じゃ『獅子』って俺の事呼ぶの『虎』の旦那だけだわ」



 昔の……。今は『白獅子』がいるので『獅子』と名乗るのを辞めたという事でしょうか。



「あの、リオンさんはホスグルブの方なのですよね」

「そうだよ」

「『白獅子』は貴方より強いんですか? ホスグルブ最強と言われる『白獅子』はそんなに強いのですか?」

「ホスグルブ最強が『白獅子』? いやいやいや、最強は『黄龍』か『朱天狐』でしょ。それこそ俺なんて足元にも及ばないよ」

「『黄龍』ロサリア様……。それに『朱天狐』クルス様……まさか『聖女』様がそんな……」

「あの辺は人間辞めてるからね……」



 ホスグルブ王国とは一体どれほどの魔境なのでしょうか。リオンさん程の強者は、称号を賭けた御前試合が頻繁に行われるホーチェストナッツでも見た事がありません。『月薔薇』を倒した時にもスキルを使っていない、底を見せていないどころか実力を一端も見せていない強者。

 そのリオンさんが足元にも及ばないという『黄龍』や『朱天狐』、その『黄龍』と同等と呼ばれる最強『白獅子』。

 常に強さを求め続けている剛の者がひしめく国と呼ばれていた事で、私はホーチェストナッツこそが最強の騎士に相応しい国だと思っていました。

 なんという知見の無さでしょうか。今この国に起きている事を含めて私は知らない事が多すぎる。何も知らされていない。



「また野盗か」

「その首もら「てい」ぐはあああ」



 いまリオンさんに蹴り飛ばされ、やはり空を舞い頭から落下し動かなくなったこの国最凶のアサシンと呼ばれていた『黒影』を見ながら私は少しでも多くを学ばなければならないと決心しました。


 でもやはりリオンさんおかしいと思うんですよね絶対。

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