21.止まらないリオンコールと増える観客

「あ、あのリオン……」

「いいかシル。後ろを振り返っちゃ駄目だ。絶対目を合わせるな。あいつらも一応言った事は守ってるから」

「う、うん……」



 シルさんが少し怯えています。私達三人から少し離れ、今二十名くらいがゾロゾロとこの旅に勝手に付いてきています。


 この国では闘いは娯楽です。『星三華』を賭けた御前試合は少なくとも週に一から三回は闘技場で行われ、常に満員の人集りの中で行われています。つまり『星三華』は皆この国では有名人であり誰もが認める実力があり、憧れでありまさしく華なのです。『星三華』はこの国の開国時に作られた称号で、その三つを全て統一した者は次期国王になる権利を得る事さえ出来ます。出来ますが、開国八百年の歴史でそれを成し遂げたのが開国王のみです。二つまで手にするものは何人も現れました。けれど一つでも持てば挑戦者が常に付き纏い、二つ手に入れた者は例外無く三つの頂きに手を掛ける前に全員が命を落とすのです。……この辺りは国の力が働いていると言われています。

 なので今は一つ以上を求める者は現れなくなりました。


 元『月薔薇』ライオネットはあの後、頭を丸めてリオンさんに弟子入りを志願してきました。リオンさんは面倒そうに断りましたが、しつこく食い下がったライオネットに「ウツノミヤまでの旅に勝手に付いてくる? なら一定の距離を保って俺たちが街に泊まる時も郊外で野宿するっつーなら見逃さなくもないけど……」と言ったリオンさんの言葉を守り付いてくるライオネット。そして気付けば野次馬が増えて今二十名です。



「ぐはああああ」

「「「「「リ・オ・ン! リ・オ・ン! リ・オ・ン!」」」」」



 恐らく誰かに雇われた刺客をまたリオンさんが倒しました。上がるリオンさんコール。そしてリオンさんに付いていけば面白い闘いが見れるぞと増える野次馬。なんせ自称弟子の元『月薔薇』ライオネットが行く先々でリオンさんの強さを語っているみたいですからね。あの『月薔薇』がそこまで!? と仕事を放り出してまで付いてくる人もいるみたいです。リオンさんはウンザリしていますが、直接干渉してこないので関わらないようにしていますね。

 あ、次の方が来ましたね。もはや刺客とかじゃなくてただのリオンさんへの挑戦者になってきています。お国柄といえばそんな感じかも知れません。



「ふっ……、君がリオンか」

「え、もう次? 面倒な国になったなほんと」



 その方は『翠百合』アルカ。女性の『星三華』として現『星三華』の中で最も人気がある大変美しい女性です。勝った男に抱かれると公言している女性でもありますが、人生で一度も負けた事がないそうです。『身体強化』と『対状態異常』に『聖騎士』中級スキルまで使える隙の無さ、『翠百合』はシンプルに強いのです。



「正直、彼女の首をと言われた事に従う気は無いが君の強さに興味がある! 勝負だ!」

「いや受けるとか言ってないが? マジでなんで誰も話聞かないの? ……そいや!」

「ぐほおおおお」



 リオンさんは男性女性、敵であれば関係なく容赦がありません。『翠百合』を腹部への蹴り一撃で沈めました。あまり女性から聞く声ではない声をあげていましたね。私は『翠百合』さんに近付きました。彼女は負けを認め自ら『翠百合』の証であるペンダントを差し出しました。いえ刺客相手に近づくなと言われればその通りなのですが、彼女の人となりは知っていますし、刺客として来た訳ではなさそうでしたので……。



「リオンさんこれ」

「何それ。ああ、なんかすげえ価値があるとか言ってたやつ? いらんいらん」

「いえ、その三つ集まると王になる資格を得ると言われているもので貰って頂かないと……」

「それを聞いたら尚更要らないんだが? ランさんにやるよ」

「ええ……」



 リオンさんにとってお金どころか国も王も価値を見出せないようです。『月薔薇』も『翠百合』も驚いています。



「まってくれ!」



 アルカさんが声を上げます。



「私は自分を限界まで鍛えたつもりだ。地位や名誉が目的でないなら貴方は何故そんなに強くなれたのだ!」

「限界か。……もともとありもしない限界にこだわると己の力に疑問をもつようになり、しくじったりできなかったとき、「ああ、これが俺の限界だ。もうダメだ」とギブアップしてしまう、と俺の心の師匠が言っていた」

「貴方の心の師匠……名はなんと?」

「俺にとって神様みたいな人でね。神様なんて言ったら教会に怒られちまうから言えねえな」

「いえ、先程の言葉私の心に深く刺さりました。是非お聞かせください」

「……闘魂の神イーノキ」



 ギャラリーがざわつき始めました。闘魂の神。初めて聞いた神の名。この国に残されているニッコーの地下に眠る古代施設を調べれば分かるのでしょうか。いえ、古代文字は複雑怪奇で解読も進んでいませんし……。

 ともかく、それはこの国に新たな信仰が始まった瞬間でした。



「闘魂の神イーノキ……。是非その精神を私もあやかりたいものだ。それはそれとして……仕方ないな。私は君に抱かれてやろうか」

「いや、頭おかしいのかお前。お断りだが?」

「何だと!? 私が美しくないとでも言うのか!?」

「美人だろうがなんだろうがいきなりそんな事言いだす奴相手にする訳ないだろうが」

「おかしいだろう! 私の身体目当てで私に闘いを挑んでくる奴なんて腐る程いたんだぞ!」

「おかしいのはお前の身体目当てで闘いを挑んだ奴らだよ」

「なん……だと……」







「王女の首はまだか!」


 我が主の苛立ちが治らない。失笑しそうになるのを堪える。革命はほぼ成ったけど、王女だけ難を逃れた。宮廷内の動きを怪しんだ王がギリギリで逃した王女。うん、無能では無かったけど逃した先にも私たちの手は伸びていてちゃんと王女も捕獲出来た、までは良かったんだけどね。


「申し訳有りません。『月薔薇』が敗れたとの報告がありました」

「な、なんだと!?」


 ホスグルブ王国の『五龍』と並ぶ最強の証。特に闘いこそ全てであるホーチェストナッツにおいて最高の名誉である『星三華』の称号は軽くない。常にその称号を巡る闘いが許され、日々研鑽されているこの国の最高戦力。その一角が敗れたのだ。


「そんな馬鹿な……。ありえん。『月薔薇』だぞ!? どんな卑怯な手を使って勝ったというのだ……」

「『月薔薇』を倒した男に興味があると、命令拒否を続けていた『翠百合』が向かいました」

「ははは! そうかようやく『翠百合』が動いたか! どんな卑怯な手を使って『月薔薇』を倒したか知らんが、『翠百合』には毒も麻痺も効かんからな! どんな奴が王女についているかは知らんがこれで終わりだ! そうだな!?」

「はい、その通りかと」

「『陽牡丹』はどうしている!」

「指示通り城内で待機しております」

「そうか、万が一の備えは問題無いな。ふん、王も王妃も不慮の事故で亡くなったからな。仕方なく私がこの国を仕切ってやるのだ。王女も早く処理しておけ」


 焦り過ぎて我が主人の言っている事がガバガバなんだよな。不慮の事故で処理をするけど早く首持ってこいとか、口を開かないほうが良いだろこのアホ大臣。アホだから操りやすいんだけど頭が悪過ぎるよね。ま、全部自分の指示でやってると思ってるから責任もこいつに取らせればいいだけなんだけど。


「そういえば万が一、『翠百合』が倒されてしまうと証が二つ、王女の手元に行ってしまいますが……」

「ふん、そうなった場合、古来よりこの国の暗部が動く事になっているだろうが。この国最凶のアサシン、『黒影』がな! ふはははははは!」


 もうやられてるんだよなあ。事実知ったら発狂するのかなコイツ。それはそれで面白いから黙っておこう。私は私でやることあるしね。

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