第二章.ホスチェストナッツ編

17.お互いに偽名身分詐称、これもう分かんねえな

 街道を走る荷馬車の中、格子の中で身動き一つも取れずに私は蹲っていた。


(これからどうなるのでしょう……)


 ある街の視察中に、私を守る近衛騎士団は全員倒され囚われてしまいました。乱暴に私を小さな檻に放り込み、馬車を走らせている謎の集団。私に付けられていた近衛騎士団は国内でも有数の実力者達であった筈にも関わらず、それを圧倒する程の実力を持つ集団。


(……革命かしら。それとも私を手籠にして次期王の座を、とか? どちらにせよ、利用するつもりで生かされている筈です。……お父様は無事なのかしら)



「おいどけ邪魔だ轢き殺すぞ!」

「女のほうは可愛いな、荷物に手を出すなって言われてむしゃくしゃしてんだ! 女は生かせ! 男は殺せ!」



(外が騒がしい……? 何かしら?)




「なんだこいつ!? 化け物かぎゃあああ!?」

「お前らに剣はもったいない! くらえケンカキック!」

「ただの前蹴り……ランザスが宙に飛んだ!? 格闘スキルか!?」

「スイング式DDT! 袈裟斬りチョップ! くらえシャイニングウィザード! うぃー!」

「き、聞いた事のないスキルばかりだ! なんだコイツぎゃああああ!?」

「ふっ、プロレススキル(そんなものはない)に不可能はない」

「くそ、囲め囲め! 槍持ち、相手は徒手空拳の使い手だ! 距離を保ち……刺した槍のほうが折れただと!?」

「ウエスタンラリアート! アックスボンバー!」

「なんだこの化け物は!? それに今のスキル違いが分からねえ!」

「は? まったく違うだろニワカか?」

「何を訳の分からない事を!」

「とお! ダイビングギロチンドロップ!」

「それお前のほうがダメージあるんじゃ……?」

「てめえ、絶対に言ってはならん事を!」

「なんでテメェがキレてんだよくそが!」




(外で戦いが! なんとか脱出を……)


 外の喧騒、恐らく街道にいた冒険者が襲われている。この混乱に生じてなんとかと私は考えたけど、揺らしても叩いても格子の扉の鍵は開けられない。


(駄目ね……。せめてこの戦闘の原因であろう冒険者の方が無事に逃げられれば良いのだけど。…近衛騎士団すら壊滅させられる集団だもの。せめて苦しまずに……おや?)

「ええっと……、レオが暴れてる間に積荷の確認確認……」

「あの、あの!」

「え、檻に人……、奴隷商の馬車……?」

「ち、違います! 攫われて閉じ込められています! お願いですからどうか助けて貰えませんか! 鍵が無くて出られないんです!」



 外の喧騒とは場違いのように、ひょこっと顔を出した桃色髪の女性に私は懇願した。桃色髪の女性はそれに驚いた表情を見せ、外に向かって叫んだ。



「レ……リオン! この人達女の人を攫ってる悪党みたい!」

「分かった! 手加減やめるからこっちは任せとけ!」

「頑張ってー! あの大丈夫ですか? 鍵探しますね!」

「お願いします。あ、あの、外で戦われてる方は大丈夫なのでしょうか?」

「え? あーリオンなら大丈夫ですよ。強いですから」

「もしかしてお一人なんですか!? いくらお強いと言っても「シルー終わったぞー」ってええええ!?」



 桃色の髪の方が声を掛けて数秒しかたっていない。にも関わらず、終わった。つまり相手を全滅させたという事!?

 出鱈目な強さ。まるで音に聞く隣国の『白獅子』……。いえ、あの方は白髪のはず。目の前にいる方は茶髪だし、『白獅子』はホスグルブですら制御出来ないと言われている財にも権力にまったく靡かない、自由の象徴。各国が引き抜く為にあらゆる工作をしてもなしのつぶてという話だし、どのように招聘しても音も返ってこない方という事だから今この場にいる筈がない。



「あ、リオン。この檻の鍵見つからなくって」

「そうなん? てーい」



 両の手を格子の間に入れて、木の葉でも引き裂くように鉄の格子がバキバキと音を立てて折れ曲がっていった。人の身で出来る事なのだろうかと正直常識を疑い始めた。



「あ、あのありがとうございます」

「あーいいよいいよ。絡まれて襲い掛かってきた奴らを返り討ちにしてただけだし。悪党って分かれば加減も必要ないし。近くの街なら送っていくよ? 旅の者なんで土地勘無いけど」



 この人達は善人だ。それは確信して言える。であればこそ、私がこのホーチェストナッツの第一王女という事が分かれば余計なトラブルに巻き込まれる可能性もある。だが、誰が味方かも分からない状況で助けて欲しいというのも事実だ。私は藁にも縋る思いで伝えた。



「私はランと申します。……不躾なお願いで申し訳ないのですが、どうか私をウツノミヤまで送って貰えませんか?」

「ウツノミヤですか? ここホスグルブとの国境付近です。随分と遠くまで……」

「きっとどっかの国に売られそうになってたんだろうな。可哀想に」

「あの、お礼はたくさん出せると思います! 必要ならお父様に頼めばきっと地位や仕事だって用意出来ます! どうか助けて頂けませんか!」

「うーん……」



 茶髪の青年は悩んでいるようだ。それはそうだ。この国の人間ではない旅の冒険者が、いきなり面倒なトラブルに巻き込まれようとしているのだから。



「ねえ、リオン。目的地は同じだし、ね?」

「でも絶対面倒事だぞこれ」

「私はリオンさえ良ければ大丈夫だから」

「ま、シルが良いなら良いけどね。じゃあ俺はリオン、ただの旅の冒険者。こっちはシル」

「リオンと同じく旅の冒険者。宜しくねランさん」

「あ、ありがとうございます! お礼は必ず!」

「んーお礼ねえ……。攫われたって事ならいま旅費とかないだろうから、後で纏めてその辺払ってくれたらいいかな? 地位とかなんとかはいらないから。あ、でもなんか像とかで払うのはやめてね?」

「わ、分かりました」



 この方達は私、第一王女マカロンを知らない。リオンさんには怪しまれているようだけれど心強い味方となってくれるようだ。何処かで私の長い髪を斬り落とせば、少なくとも主都ウツノミヤまでは私の顔を知る者や私と分かる者は多くはないだろう。


 像というのがなんの話なのかは分からないけれど。

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