6.シルの師匠、レオを観に来る

 レオの朝は早い。


 早朝のランニングはギルドマンを始めた頃からの日課で今も続けている。日が明けた頃、水浴びをして汗を流し朝食を取る。一人だったり、パーティーメンバーと一緒だったり様々だが、大概はマジクと一緒である。


 マジクはレオがランニングを終えて、街に買った一軒家に戻ってきた頃に起きて朝食の準備を始める。この一軒家はそこそこ大きく、パーティーハウスでもありシルやスズの部屋もあり、二人も滞在時はここで過ごす。スズは王都に戻る事も多く、シルも師匠の元へ出向く事が多いし、マジクも竜神王の元へ帰る際は長期にいなくなるのでレオ一人になる事も多い。


 朝食を終えたレオは、マジクと二人で片付けを終えた後、とりあえずギルドハウスへ向った。



「おはようございます」

「おはようございます」



 受付の女性の挨拶を笑顔でレオは返す。雑に返したり返事もしない粗野なギルドマンも多いので、実はこれだけでも好感度が高くなる事をレオは知らない。尚、マジクは色々あって人見知りになってしまっているのでレオのマントをギュッと握りしめてレオの後ろからひょこっと顔を覗かせている。


 この街ではレオのパーティーメンバーだという事は知られているので、さすがにマジクがフードを脱いでいても誰かに後ろ指を刺されるという事はないのだが、それでも警戒心があるというのは余程嫌な事があったのだとレオもマジクの様子に心を少し痛める。


 マジクからすれば自分がそういった扱いを受ける事で、レオが傷付くのを知っているので警戒していると言ったほうが正しいのだが。



「今日はお二人なんですね」

「ええ、シルが師匠にまた呼ばれたとかで急いで街を出たので」



 帰ってきたと思ったらまた慌ててシルが街を出ていった。念話が飛んできたとか言っていたが、スズもマジクも「念話」って何? とポカーンとしていた。レオはなんとなく察する事は出来るが、つまりシルの師匠が『オリジナルスキル』を開発し使ったという事であった。いや『オリジナルスキル』の開発ってなんでもありかよチートじゃんとレオは羨ましがった。


 レオがクルスから聞いた話、シルの師匠は「恐らく『伝説の魔導師』と呼ばれている人」との事だった。白魔導と黒魔導を極めた唯一の人、との事であり、その活躍は嘘か誠か百年程前から噂があるとかなんとか。


 レオはなんとなく、それ人じゃないんじゃね? と思ったが、白魔導も極めていると教団から認識されているという事で、人じゃないんじゃとクルスに言うのは辞めたようだ。



「今の所、『白獅子』に依頼は来ていませんよ」

「そっか、ありがとうございます」



 またニコリと笑いレオはギルドを後にした。今日のノルマは完了である。さて、近くの森で修業でもするかなと思ってパーティーハウスに戻り準備をしていると思ったより大分早くシルが戻ってきた。ちょうど玄関近くにいたので出迎えたレオがシルと魔女な格好をしたロリっ娘を迎えた。



「ただいま戻りました。 あと師匠も一緒に……」

「邪魔するぞ!」

「おかえりシル。……ふむ」

「なんじゃ言いたい事あるか?」

「いえ、シルのお師匠さんですね。初めましてレオと言います」

「ほう? 見かけで判断はしないという訳じゃな?」



 感心感心と頷くシルの師匠と、魔女ロリ百歳超え、まあそういう事もあるかと前世の感覚的に謎の納得をしたレオは謎に噛み合った。



「ワシがシルの師匠リィナじゃ。齢二百五十になる。労われよ?」

「分かりました」

「くっくっく。シル。レオとやら凄いのう。信じておるぞ。いや、ワシも嘘は言っておらんが、初見で信じる奴なぞおらんかったぞ。ちなみに人間じゃないぞ」

「あー、やっぱり?」

「信じている上に敵意も無し、か。『民の英雄』とか言われているそうじゃがそれでいいのか? ワシが害悪を持ってこの街に来ておるのかも知れんぞ?」

「あ、あの! リィナ師匠はそんな人じゃなくて!」

「いいから黙っておれシル。……でどうじゃ?」

「いやー……もし害悪とかいう奴があるならわざわざシル連れてここに来るかなって思うけど、そもそもシルを育てた師匠がそういう……ヒト? マゾク? だとは思わないっていうか」

「魔族自体に敵意も無しか。そこのハーフの子の影響か?」

「レオは誰にでも優しいもん!」



 奥からこっそり覗いていたマジクが叫んだ。なるほどなるほどとリィナは頷いた。



「ハーフの子……確かマジクと言ったかの。誰にでもは違うぞ。お主らの敵には恐らく容赦せんだろう?」

「それは……そうだけど」

「『民の英雄』なんて勝手に言われてるだけだし。俺は仲間優先だからね」

「うむ、お主はそれで良いだろう。シル、良い男を見つけたな」



 リィナが訪れた理由は単純であった。シルが付与魔導の強化したい旨をリィナに申し出て修業し、スキルの変質に成功したのち。



「……でも回復魔導やっぱり覚えられない。……街の人以外は私達の事を悪く言う。『戦えない英雄の荷物』だって。レオはその度に怒ってくれるけど迷惑掛けてる……。レオに迷惑を掛けるのは嫌……。迷惑掛けて嫌われたらもっと嫌……。嫌われるくらいならレオから離れたほうが良いのかな……」



 と、いつも通りシルが項垂れて戻るのを躊躇していたからだ。シルから聞いた話。常にレオは付与魔導の素晴らしさを周りに語り、探索スキルの重要さを周りに語り、その強力過ぎる黒魔導の凄さを周りに語り、パーティーメンバーの凄さを周りに説いているらしいのだが、実際戦っている様子はレオ一人であると周りから見られ揶揄される事もあるのだとか。


 その事をシルは多く悩み、リィナはそのレオとやらの様子を観に来たのだ。だが、元々そんなに心配はしていない。本当に興味本意で観に来ただけというのが正しい。


 何故ならシルの付与魔導を『相互の信頼』の分だけ効果が出るように変質させたのはリィナである。それはレオがシルを信頼するだけ、シルがレオを信頼するだけ効果が増す。つまり相手がシルを信頼しないと効果が出ないある意味恐ろしい魔導に変質しているのである。だから最早レオ専用となっているし、その魔導の本質を見抜いたクルスが、効果が増した事を確認した事でレオの皮膚を千切りかけたのである。


 『相互の信頼』が無ければ成り立たない魔導などという、不完全とも言える魔導が完全に成り立っている時点でリィナは心配していないのだ。ただ、魔導を変質『させる』事が出来る、しかもある意味人を絶望させかねない形に変えたリィナはやはり人とは感性が違うと言えるだろう。私には使えないとクルスが言うのも無理はない。



「久しぶりに面白い男に出会ったのう。何かくれてやりたいくらいじゃが……。ふむ……うん?」



 チョコチョコとレオの元と駆け寄りリィナがレオを見上げた。レオもリィナを見下ろす形で観る。そう、観た。



「お主の目……左目か。無理矢理繋げておるのか?」

「!? 分かりますか」

「なるほどのう。よし、ワシが安定させてやろう。何、その類の人体改造は得意分野じゃ安心せい」

「……一気に不安になってきた」

「マジクとやら。お主も手伝え。この眼からはお主に近い力を感じる」

「分かるの!?」

「はっ! ワシはシルの師匠じゃぞ?」

「うん!」

「シル、お主もじゃ」

「は、はい!」



 ニヤリとリィナは笑う。過去にマジクの母親から奪われ、代わりに無理矢理埋められたマジクの母親の片目、魔族の眼であるレオの左眼は確かに良く見えるが時に痛みを与えていたものだった

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