第8話 黒い戦慄(一)
ゼノビア軍の隊長デナルが隣にいる兵士に呟く。
「あれは『黒の国』の王たちか、たった数名、あの人数で何をしに来たというのだ」
「さあ……」
「フッ、和解などないぞ。あいつらを倒して、国ごと皆殺しだ」
デナルが軍を動かそうとした、その時、二頭の馬が走ってくるのに気が付いた。
ゼノビア軍の兵士たちは不思議そうな顔をして二頭の馬を見る。
「誰も乗っていないのか?」
その二頭の馬は大軍の近くまで来たかと思うと、ふと止まって引き返し始めた。
「ん? なんなのだ」
隊長のデナルも怪訝な顔をする。
と、周りの兵士たちが次々と持っていた盾を地に落とす。そして、腕を痛めたかのように盾を持っていた方の腕を押さえ、苦しそうにその場に倒れた。
「どうしたのだ。盾を拾え」
「腕がしびれた」
「腕が……腕が……」
あっという間に前線にいた数百人の兵士たちが足元に金の盾を落とし、その場で腕を押さえて苦しみ始めた。
「何が起こっている?」
うろたえるデナル。
と、その次の瞬間、空気から溶け出すようにデナル隊長の目の前に一人の少年が現れた。
そして、同じように、少年と背を合わせる形で少女が現れた。
周りの兵士たちの方に剣を向ける少女。
デナルは言葉を発することもできなかった。
自分の喉元に少年の持つ剣が突き付けられていた。
「うっ……」
「隊を
ミカエルが言う。
「……」
「と、言ってもお前では命令できないか……」
そう言うと少年と少女は、また、空気の中に溶け入るように消えていった。
同時にデナル隊長は腕に電気が走るようなしびれを感じ、手に持っていた盾を地に落としてしまった。
盾を落とし、地に倒れ伏す者が、瞬く間に三分の一、そして、半分ほどに、気が付くと戦える状態の兵士がいなくなっていた。
盾を地に落とし、倒れ苦しんでいる。
しかし、誰一人血を流している者はなく、ただ地に倒れ腕をかばうように、もがきながら、苦しそうにしている。
~~~~~~
さすがのネグロス将軍も兵士たちの異変に気付いた。
「どうした? 何か起こっているのか?」
副将軍ガルデに目を向ける。
「……わかりません。まだ……まだ、敵は攻めてきてないようですが」
ガルデもうろたえながら応える。
自分たちのすぐ周りにいる兵士の方からも悲鳴のような声が聞こえる。みるみる地に落ちた盾で自陣が埋め尽くされた。
「何をしている盾を拾え」
「ああ……」
「うわあ……」
悲鳴や叫び声だけが響き渡る。
まるで目に見えない『悪魔』が襲ってきているかの如く、ゼノビア軍の兵士三万人がことごとく倒れ苦しむ。
三万の屈強な兵士の堂々たる隊列が一瞬にして地獄絵図のように変貌した。
自軍の足元に落とされた三万の金の盾で金色の海が広がった。
何が起こったかわからず、うろたえ、もがき苦しむばかりのゼノビア軍の兵士たち。
「何をしている! 何が起こっている!」
大将軍ネグロスも焦りと苛立ちに声を荒げる。
「うっ……」
ネグロスが喉から絞り出すような声を発した。
隣にいた副将軍ガルデが目を見開いてネグロスの方を見る。
「ネ、ネグロス様……」
ネグロスの喉元に剣が突き付けられていた。
それは美しく透き通った剣だった。美しいが、どこか視覚で感知することが難しい不思議な剣だった。
次の瞬間、空気から溶け出すように目の前に一人の少年が現れた。先程と同じように少年と背を合わせるように少女が現れる。少女は周りの兵士に剣を向ける。
この戦場で三万の敵兵の中に、たった二人で飛び込み。最後に控える大将軍ネグロスの前に辿り着いた。
そして王手とばかりに、大将軍の喉元に剣を突き付ける。
それは、ほんのわずかな時間のことだった。
~~~~~~
黒の国の城壁では隊長レダが王ルヴェイユに報告する。
「王様、ミカエル様とシェーラがネグロス将軍に辿り着いたようです」
~~~~~~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます