第38話 サーミャ・アブルース

 日本1位にして、世界1位。常に仮面を付けていて、世界で最も有名でありながら、私生活などが一切透けてこないミステリアスな男。


 闇の力で鎧を形成し、それを纏い戦うことから、『暗黒騎士』との二つ名を持つ。


 紅 司さんがそこに立っていた。


「あら? 紅さん。どうしてここにいらっしゃるんです?」


「おお? 長麦さんだな。よくあれほどの攻撃を受けて無傷でいられるな」


 後方から姉貴がひょっこり戻って来た。しかも無傷。まぁ無効だしそりゃそうだろって話なんだが、異常ではあるよな。紅さんもそこは異常だと思うそうだ。


「まぁ、私攻撃のダメージは一切受けないっていうスキルがあるので……」


「なんだそりゃ。ずるじゃねぇか」


 でも紅さんも名取さんも、一般の人からすればずるなんすよ。


「ところでなんで連くんもそこの吸血鬼も突っ伏してるわけ?」


「お姉ちゃんそれはかくかくしかじかで…………」


 姉貴がいない間に起こったことを話すと、姉貴は突然にやにやしはじめた。


「へぇ、私が死んだと思って、やばかったんだ。やっぱり大切にしてくれてるんだぁ~」


 お言葉ですが姉貴、そんな軽い感じで言っていい切れ方じゃなかったよ名取さん。起こると怖いタイプだよ。どうか怒らせないようにね……。


 ちなみに俺の視界の端には、倒れた名取さんを膝枕しているレイセさんの姿が見えている。うむ、主人を案ずるのは当然の行動だとは思う。だけど姉貴の前でそれやるか? なんとか姉貴の気を引いておこう。


「そうだ、はる…………おっと。神宮司くん。少し来なさい」


「はい? なんでしょうか?」


 名取さんとあの吸血鬼の魔力に吹き飛ばされていた神宮司くんもいつの間にか戻ってきていた。


「配信を見ていたがおそらく、あの吸血鬼、一度見ていたんだろう? 力量を正確に見切れていない相手なら、最大限の警戒をもって対処にあたるべきだ。今回は名取だけでなく、俺も呼ぶことができたはずだ。確かに俺は忙しいが、日本の危機となれば俺はどんな用事も蹴ってそちらを優先する。もしまずいと思ったのなら、今後は俺にも連絡するように。ああ、別に名取が弱いだとかそういうことを言いたいわけではないぞ? 彼は十分強いが、今回のように彼を超えているケースもあるから十分に警戒するようということだ」


「おっしゃる通りです。わかりました」


 長い。まるでお説教のようだが、確かに言うことは正しい。


「それで、そこの……長麦さん」


「「はい」」


 姉貴と返事がかぶった。まぁ長麦さんとだけいわれたらそりゃそうなるか。


「ああ、みいなさんの方だ。あの吸血鬼に用があるんじゃないのか? なんとなく、そんな視線をしていたからな。一応殺さないで置いたが。もし目覚めて話の通じない魔物ならこのまま殺してもいいのか?」


「ちょっと待ってください!? 少し、試したいことがあるんです」


 殺すだなんてそんな物騒な。


 さて、俺のスキルがどう作用するのか、試してみるか。俺は、ダンジョンの地面に突っ伏す彼女の横に立つと、頬を少したたいて気つけを行ってみる。


 すると、彼女はゆっくりと目を開け、上体を起こした。


「ユーニャ?」


「ユーニャ? 誰ですか?」


 どうやら俺を誰かと勘違いしているらしい。彼女は一度目をこすると、もう一度俺を見てつぶやいた。


「そう。吸血姫は代替わりしたのね」


 一言つぶやいた後、彼女は俺の前で片膝をついて、頭を下げた。


「吸血鬼の公爵サーミャ・アブルース。先代の吸血姫ユーニャ・ユースタニアに続き、新たなる姫に永遠の忠誠を誓います」


 美しく、完璧な所作であったが、その頬には一筋の涙が見て取れた。


 


 

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