閑話 『アトラ』

 僕が推しの配信を見ているときのことだ。予定より早いが、スタンピードの発生と思われる事案が発生した。


 推しの安否、そして周囲の安全のため。断腸の思いで推しの配信のタブを閉じ、即座に札幌地下迷宮へ飛ぶ。


 ここから少し離れてはいるが、僕は最高峰の風魔法使い。当然最速で飛んで向かう。


 ダンジョンの入り口の直前、周囲の避難を促す13位の姿が目にはいった。


「長麦さん!」


 声をかけると、僕に気が付いたようだ。


「土佐霧さん! 救援感謝します!」


 僕たちは二人で協力体勢をとってダンジョンの入り口付近を警戒しながら、周囲に避難の旨を伝え続けた。


 僕たちはSクラスでも有名な方なだけあって、周囲の方たちは即座に避難を開始してくれた。


「土佐霧さん! 来ますよ!」


「かしこまりました!」


 13位からの警告を受けてダンジョンの入り口を見ると、多数の蜘蛛の魔物が外に出てきていた。


 広がられると面倒だ。今のうちに殲滅させてもらおう。


「『炸裂風撃ブラスト・ウィンド』!」


 13位に下手に動かれても周囲への被害が大きいから、雑魚は僕が引き受ける。


 この魔法は多数の風の刃が高速で飛び交う範囲殲滅魔法。これによって多くの蜘蛛が切断され、消えて行った。


 手ごたえ的には一匹一匹がAクラス。なかなかの規模のスタンピードである。こうなってくると、ボスがやたら強そうで、嫌な予感がする。


 その予感は案外早く的中することになった。


「君たちが、試練を受けしものか! 我が名はアトラ! 重圧を操る模擬悪魔である!」


 やたらと厨二くさいポーズを取りながら、眼帯をした赤髪の女性が姿を現した。


「君が今回のスタンピードの主?」


「半分正解、と答えようか。残念なことに今回のスタンピードの主は我ではなく、我らだ。我、レイセ、ミザリーの三人衆だな」


 13位の問いに、模擬悪魔? を名乗るアトラという女性は答えた。なるほど、このレベルが他に2体もいるわけ。


 正味、酷くしんどい。間違いなく、目の前の厨二病には僕1人では勝てない。


 実力差は深くないが、13位の協力を得て五分五分といった勝率になるだろう。


 それが、3体。やってやれないこともないが、かなり厳しいものがある。


「土佐霧さん! 2位の名取さんがダンジョン内に先行しています! 彼に他は任せてこいつに集中しましょう!」


 2位も来てくれていたんだな。大変ありがたい。確かに彼なら残り2体を同時に相手取っても余裕の勝利をつかむだろう。


「了解しました! それと土佐霧は長いですし、未久でお願いします! 後タメで良いですよ!」


 連携を取りやすくして置いた方がいいだろうと思いそう声をかけた。相手の方が年上で、しかも敬語、苦手そうだしね。


「ありがとう未久! そうさせてもらう!」


「おーっと! 我を前にしてごちゃごちゃ話してる余裕などないぞ! 喰らえ! 『重圧拳グラビティ・フィスト』!」


 アトラと名乗る悪魔もどきは長麦に殴りかかった。


 ふ、13位に物理でかかろうなんて、無謀な真似を。


 案の定、13位も攻撃を開始し、アトラと長麦の攻撃がぶつかりあう。


 そして、長麦の圧倒的な力に押し負け、アトラは複数のビルを貫通して吹き飛んでいった。


 あーこれ、周囲の人の避難を優先しないと、死人がでるな。


 僕は風を操作し、アトラが吹き飛んでいった方角のビル、全ての内部の人を検知した。


 風の魔法を連続で行使し、ビルから人を風で巻き合げ、私の後ろに着地させる。


「皆逃げて。これから化け物同士の戦いが始まるよ」


 次の瞬間、避難が完了したビル3棟がひしゃげて崩れ落ちた。そして、あの悪魔が浮遊しながらがれきから姿を現し、滞空を始めた。


「はは! やるではないか! 我に力で押し勝とうとは。それにその腕、全くと言っていいほどダメージは見受けられない! 察するに、貴様、物理耐性系のスキルを持っているな?」


 あいつ、厨二の癖に頭が回る! しかし、それだけで彼女を突破することはできないだろう。魔法も、無効なのだから。


「『落星拳メテオラ・フィスト』」


 高く飛び上がった長麦は地に叩きつけるように、アトラを上から殴りつけた。


「『嵐天結界テンペスト・ガード』」


 結界に凄まじい衝撃が加わわる。今、僕は長麦とアトラを中心として、半径100mほどの結界を展開した。この中では、避難は完了しているし、この結界を破られずに攻撃を防げるギリギリの範囲。


 結界で囲わなければ、札幌全体の建物の窓ガラスが全て割れるような凄まじい衝撃波が放たれるところだった。


 証拠に、結界内では、アトラと長麦を中心に20mほどのクレーターができていて、中のビルなどはもはやみるも無残なほどぼろぼろとなっていた。


 さすが、長麦。Sクラスでも上位の破壊力を持つ人だ。


「凄まじいじゃないか! 威力減衰してこれなら……天使にも負けないだろうね!」


「反重力……!」


 それでも、あの悪魔に1人で勝つことはおそらく不可能だろう。僕も加勢しないとね。


 僕は結界魔法を維持したまま、自身に防御結界を付与し、結界内に入る。


 そして、長麦とアトラが殴り合いを始めるのを見て、極大魔法の詠唱に入った。


 アトラと長麦の殴り合いによって衝撃波が発生、周囲のがれきが高速で飛び交う。メジャーリーガーの投球ですら、飛び交うがれきの速度にはかなわない。


 僕の防御結界をたやすくがれきが貫き、頬を石が掠める。


 それでも、詠唱はやめない。この一撃によって、全てを決めることができるはずだから。


「――世界を巡る、聖なる風よ。天地を駆ける、駿たる風よ。集え、集え。其の風は疾風となりて、狂風となりて、黒風とならん。我が望みは其の風に刃を加え、鮮血の竜巻を顕現せん。天風よ、業風よ。我が嵐に力を加え、大地を支配せよ。さぁ来たれ。極大魔法、『狂嵐刃波レイジング・テンペスト』!」


 詠唱が完成したとき、極大魔法を発動する。結界内、全てが、黒い竜巻に飲まれる。斬り裂く風が吹き荒れ、ビルやがれき、それらが全て粉になるまで切り裂かれた。


 当然、アトラも例外ではない。体中が絶え間なく切り裂かれ、その血が空へと舞う。しかし、なんらかの能力のせいか、十分な切れ味が発揮できておらず、まだまだ動いてきそうな感じはしている。


 長麦? 涼しい顔して立ってるよ。魔法無効ってほんと意味わからんね。


「君も君で、すごい火力だな。我も驚かざるを得ない。極大魔法には極大魔法で報いなければな」


「詠唱させるとでも?」


 長麦が即座にアトラに接近。拳を打ち込む。アトラは、それを躱し、長麦の体に触れた。


「詠唱させてもらうさ。飛べ!」


「なっ!?」


 反重力の作用か、すごい勢いで長麦が天空へと飛ばされていった。戻ってこれるかなーあれ。


 そんなことをのんきに考えている場合ではない。詠唱を止めるのは、僕だ。


「――我は望む。空間の歪曲を。我は望む。時の停滞を。双方に作用するは、星の力。加重を加速する。歪め、そして止めるのだ。その世界を我の望むままに。黒き星よ。光すら飲むその力。今こそ我が元に」


 ちっどれだけ風魔法を打ち込んでも何かに阻害される。あいつも結界に近い何かを纏っている。その結界を打ち消すには、僕の魔法じゃ、足りない!


 ならば引き戻せばいいだけの話。


「『風重圧ウィンド・プレッシャー』!」


 遥か上空に打ち上げられた長麦。魔法が効くかはわからない。だから賭けになるが、彼女に風の重圧を加える。僕の魔法の効果範囲なら、彼女まで届く。


 そして……。


 僕の隣に彼女が降り立った。


「あれを止めればいいんだね?」


「そういうこと!」


 詠唱を続ける悪魔をみて、長麦はすぐに理解を示した。僕の力と、長麦の力を合わせれば止められないことはない。


 僕は風を操り、上空の空気を手元に集め続ける。空気を圧縮するんだ。


 僕のこの手の一転に、空気を圧縮する。極限まで圧縮された空気は変化を起こす。


 電離気体。すなわちプラズマ。それが僕の手の中にある。ただのプラズマじゃない。僕の魔力が練りこまれている。だから、これは圧倒的な貫通力を持つ。


 そこに、長麦の力を相乗させる。


「さぁ行こう!」


「了解!」


 僕の号令によって長麦が走り出す。それに僕はプラズマを投げ、並走させる。


「はぁぁぁぁぁ!!」


 長麦の重い一撃と同時に、僕のプラズマが結界へと衝突する。


 長い拮抗ののち、結界は砕け散った。


 今が好機だ。


 僕は風の剣を作成、そして自身に風の恩恵を付与。


 やることはひとつ。アトラという悪魔の首を落とすこと。


 僕の残りの力と魔力、全てをこの一撃に込める。


 これで終わりにしよう。


「『終末の北風剣ボレアス・ラグナロク』!」


「見事」


 確かな手ごたえを感じると同時に、アトラの首が空を舞い、体が消滅を始めた。


 札幌の一部が半径100mほど完全に更地になってしまったが、僕たちは、勝利を手にした。

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