閑話 『深紅の記録』
札幌地下大迷宮を一人で駆け回る一人の探索者がいる。彼の名は紅。人呼んで<
彼は雑魚を撃滅しつつ迷宮の深部へ向かう。途中、ゴブリンジェネラルなどBクラス以上が彼の前に立ちふさがったが、彼にすべて一撃で切り伏せられる。そんな雑魚を相手に彼はつまらないがこれも仕事だと思いつつ先を急ぐ。
「雑魚が多いな。それに本波はまだ先か。スタンピードの活発化、それに偶発化。今後も加速していくものか」
彼は近年の情勢を思慮し、今後の展開を考えるが……それはけして明るくない未来を指し示すものである。
「急ごう。南くんがかわいそうだ」
今回派遣されたAクラス探索者は
「17層だな。この感じは」
彼は気配を探って、最も強い魔物の場所を見つけ出す。彼は現在13層にいる。彼の索敵範囲はあり得ないほど広い札幌地下大迷宮の上下10層分すべてに及ぶ。彼は探知に特化しているわけではないため同じことをできるものもいるが、それでも破格の探知範囲である。
「南くんは何とか持ちこたえてるようだね。やるじゃないか」
今回の規模のスタンピードは本来Sクラスが対処に当たる等級のもの。本来であればAクラスで、なおかつ魔法系ではない南はすでに死んでいてもおかしくはない。だからSクラスである彼が来たのだ。
◇◇◇
17層。本来ならBクラス上位程度の者が探索に来る場所であるが……。今はそれの数倍は重い空気が漂う。この階層は現在、スタンピードの指揮者に支配されているためである。
「ちっ。少し遠いな」
紅が上った階段から指揮者の元へは少し距離があった。順当に迷宮を歩けば7km、直線距離にして2km。
「しかし、南くんの生命力的にも一刻を争うか。少し面倒だが、やるか。『暗黒掌突』」
紅が指揮者がいる方向の空間を殴ると、空間に暗黒に見える穴が開く。紅はそこに入る。
「ジャストだ。待たせたな、南くん。後は俺に任せてもらおうか」
紅が穴からでると、そこでは槍を持った男と恰幅のいい体高7~8mのゴブリンが戦っていた。槍を持った男はすでに満身創痍といった様子で肩で息をしている。
「紅さん! すいません、あとは、頼みます」
南は恰幅のいいゴブリンから距離をとり、膝をつく。
「ゴブリンキングか。しかし、南くん。君には倒せなかったのか?」
恰幅のいいゴブリンの正体はゴブリンキング。ゴブリンの統率者で分類はAクラスになる。本来であれば南でも倒せるはずだ。
「すいません、悔しいことに。思った以上に攻撃が通りません」
南の実力はソロ活動でAクラスなだけあってAランク上位クラスになる。戦闘面ではSクラスに最も近いといえる。その彼がゴブリンキングごときにダメージを与えられないことはあり得ない。つまり奴は……。
「特殊個体だな。それか、スタンピードに未知の強化があるかだな」
特殊個体。それは定型にはまらない魔物。通常その種類の魔物はある程度の強さが決まっている。しかし特殊個体はその限りではない。過去には通常、魔法を使わない種類の魔物が魔法を使って戦闘を行ったことがあるほどだ。
「だがまぁ、弱い」
当然だ。彼は世界最強の男。彼の全ステータスの平均は7万前後。Sクラス全体のステータス平均は1万2千程度であることから彼の強さがうかがえるだろう。
「少し遊ぶか。南くん。勉強だと思って少し見ておくといい」
普通はSクラスにも及ぶ程度の強さを持つゴブリンキングの特殊個体を相手にやるものではないが、彼は素手で戦うつもりのようだ。
「新輝流、久々に使おうか」
彼は、武術も心得がある。新輝流武闘術免許皆伝。それは現在、彼ともう1人だけである。
「新輝流、八掌!」
目にも止まらぬ速さで八度の掌底。その衝撃は一般の掌底の数十倍にも及ぶ。ゴブリンキングは壁へ吹き飛ばされる。体重は数トンにも及ぶであろうゴブリンキングを拳のみで吹き飛ばすその姿。
「これが最強……」
南は知っている。彼が魔法主体の戦闘スタイルであることを、自らの肉体強化する能力を持っていることも。スキルも武器も使わない彼が自分が一切ダメージを与えられなかったゴブリンキングを圧倒している。
「まだまだ及ばないな」
南は最強の槍術家を目指している。紅が武装し、槍を扱う姿も彼のあこがれであった。
「起き上がってこないか? つまらんな」
紅は、心底つまらないといった感じで吹き飛ばした方向に背を向け南の様態を見に行こうとするが。
「グァァアアアア!!!」
ゴブリンキングは、急襲を試みる。このゴブリンキングは知能も高いようで、死んだふりをしていたのだ。
「そう来なくては。しかし、こう物理が通っていないのを見るに……。面倒だな」
ゴブリンキングは吹き飛ばされただけで、何の外傷も負っていない。物理が効かないと考えるのが自然だろう。
「悪いが終わらせるぞ、南くん。『暗黒尖殺拳』!」
暗黒を纏う拳がゴブリンキングの腹部を貫通する。辺りに風が吹き荒れる。突き出した紅の拳には純度の高い魔石が握られている。
「これはもらうぞ」
ゴブリンキングの特殊個体の魔石。その価値はSクラスの魔物の魔石と変わらない程度はあるだろう。
「あ、はい、当然です!」
「悪いね、横取りしたみたいで」
ダンジョンでは先に魔物と戦っていた人の魔物を横から倒してドロップ品を取るのは厳禁である。今回は特殊な事例であるが、見方によっては、紅が魔物を横取りした形になるわけが、当事者同士の間で合意があった場合はその限りではない。
「さて、君は帰るといい。後の雑魚は俺が片付けておく」
まだ雑魚がいくらか残っている。紅はそれを片付けに行くようだ。すでに戦う気力が残っていない南はそれに甘えて階層を下りていく。
残された紅は1人で呟く。
「本丸はこっちか」
ゴブリンキングの死体が消滅した後、かすかに空気感が変わったのに紅は気づいていた。ゴブリンキングに憑依していたということだ。
「死霊系とはな。カースレイス……。Sクラスじゃないか」
スタンピードは基本、ボスのクラスより一つ上のクラスの探索者が対処に当たる。今回はBランクだと思われていたがゆえに、一つ上の南が当たったわけだ。Sクラスがボスの場合はSクラスが二人で対処に当たる。
「Sクラス上位だろ、お前。さすがにお前を相手する際、誰かをかばいたくはないな」
カースレイス。ただでさえ厄介でSクラスに分類されるレイスの上位互換。呪法を使う物理無効の魔物である。
「厄介だ。実に」
レイスですら厄介。その上位互換であるカースレイスが厄介でないはずがない。
「だが竜には及ばないな」
紅は世界にたった一人の竜を狩りし者。Sクラス上位すら竜にはかなわない。彼はそれを討伐することを成し遂げたもの。彼に倒せない道理はない。
「ここから本番だ。行くぞ! 『暗黒武装』!」
◆◆◆
「紅さん! 掃討は終わったんですか?」
紅がダンジョンを出ると、南が近づいてきた。
「待っていたのか?」
南はどうやら紅が出てくるのを待っていたらしい。入り口の見張りも兼ねていたのだろう。
「ええ、どうです? 解決しましたか?」
ダンジョンの中に残った魔物はすべて紅によって掃討された。残るは……。
「ああ、ダンジョンの中は終わったよ。逃げたやつらも、統率格は死んだ。後は時間の問題だろう」
「そうですか、それはよかった」
そういうと南は探索者協会へ向かう。紅は最後の統率格、ゴブリンリーダーの反応が消えた場所をみて呟く。
「未来があるな、我が子の世代は……」
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