第7話 理不尽がやって来る

「え!? どういう事だ? 何故彼女が」


 その名前を聞いた時、飛び上がるかのような衝撃さえ受けた。


 かつての婚約者の名前、自分を罵倒して王家へと嫁ぐ予定の彼女が一体何をしに来たというんだ?


 何か嫌な予感がする。


「玄関にてお待ちしております。何やら焦燥しているご様子ですが、お会いにならないのでしたらお帰り頂くという事で宜しいでしょうか?」


「いや、会う。何の用か知らないけど、ここで会わなかったら後が怖そうだ」


「畏まりました。では支度の済み次第お越し下さいませ」


 本音を言うと会いたくないが、そのせいで騒がられても困る。


 軽い身支度だけを済ませて玄関へ向かうために部屋の外へ出た。



 階段を下りて玄関へと向かうと、確かにそこには元婚約者の姿があった。


 一体どうしたというのだろうか? 俺に用があるなんて。


 でもわざわざ来てくれたのだ、少なくともただ蔑みたいが為に来たんじゃないだろう。王家へと嫁ぐ身でそんな暇は無いはずだ。


「先日ぶりだなエレテレテ。今日は一体何の用だ? こっちも王家の人間になる君の手を煩わせたく無いから手短に頼むよ」


「そんな寂しい事を言わないでギフィレット。私と貴方の仲じゃない」


(何を白々しい)


 だが、確かに彼女の表情に焦りが見える。それを少しでも抑えようと必死なようだ。本当に何があったんだ?


「ねえ聞いてギフィ。ワールテス様ったら貴族の婚約を無理矢理壊したからって王室からの追放処分を受けたのよ! それも東の果てにある国境に数日中に移住しろだなんて。知ってるでしょうギフィ? あそこはとっくの昔に土地が枯れた不毛の土地、そんな所へ住めだなんていくら陛下でもあんまりじゃない、実の子に対する仕打ちじゃないわ!!」


 ヒステリックに喚くエレテレテ。あの人を見下していた時の余裕が一欠けらも見当たらない。


 状況を整理するとこういう事だろうか?


 王家の人間とは言え、貴族同士の婚約を潰して令嬢を自分の妃とする行為に陛下は腹を立てた。その理由は分からないが、推測するに王家の面子を潰したとかだろうか?


 王家として品位を汚されたと考えた陛下は、王位継承権こそ取り上げないものの城から追い出した。


 東の国境といえば、エレテレテの言った通りに不毛の大地の広がっていて軍事拠点以外には何も無い場所だ。実質的な王室からの追放だろう、陛下がご存命の限りは恐らく一生帰らせてもらえないと思う。いや、次期の国王の代になっても帰れるかどうか……。


 でもそれを俺に言って何になるんだ? もう縁は切れてるし、それで無くとも貧乏男爵家には何の力も無い。


 俺の考えを知らずか、彼女はまだ話を続けた。


「王子と結婚する事になってしまった以上私もそこで暮らさなきゃならないのよ!? それでも信じられないくらいなのに、お父様は貴方との婚姻を一方的に破棄した事に関する慰謝料を私の小遣いで出せだなんて仰るの! 家同士の事なら慰謝料は家の金庫から出るものじゃないの?!」


 なんて身勝手な、こんな女性が好きだった自分が嫌になる。


 家名に泥を塗ったと思われたのは何も陛下だけじゃなかったのかも知れない。


 エレテレテの父親には何度もお会いしたが、あの方は貴族としての貴い振る舞いについて俺に聞かせてくれた事がある。


 王家と繋がりが出来たとか以上に、娘の貴族として在り方に我慢が出来無くなったんだろう。


 ……思えばここ数日会って無かったな、今度改めて挨拶に行かないと。


 まだまだ人の家の玄関で喚き散らすエレテレテ、流石にうんざりだ。愚痴を言いに来たなら少なくとも元婚約者の屋敷に来るのは間違ってる。早く帰ってくれよ。


 それでも彼女は続けるが、次に出て来た言葉に絶句してしまう。


「貴方とよりを戻してもいいのよ? こうなった以上は再び婚約者となって慰謝料は免除、貴方の妻となれば王都から出て行く必要も無くなるのだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る