第6話 二人きりの舞踏会
「君は愛らしいな……本当に」
「え?」
「では改めてお願いするかな」
そう言うと彼女は俺の手を取り……そして踊り始めたのだ。
(綺麗だな)
思わず見惚れてしまった。
拙い俺のダンスに合わせながらも軽やかにステップを踏む王女は美しかった。
そんな彼女の顔を見ていると、俺は胸がドキドキとしてそれがこそばゆい。きっとそれはダンスの高揚感から来るものだけじゃない。俺はそんなむず痒いような気持ちを味わいながら、この時間を噛みしめるのだった……。
しかし、演奏の終了と共にその幸せな時間も終わりを告げた。
「楽しかったよ。ダンスを心から楽しいと思えたのは初めての経験だ。君がパートナーだからかな?」
「殿下そんなっ、俺なんてついて行くのでやっとでしたから……」
お世辞でも嬉しい。でも、この時間が終わってしまったことが今は心の底から名残惜しかった。
(ああ、ダメだダメだ! つまらない未練は殿下に失礼じゃないか!)
なんとか気を取り直し、暗い表情を隠そうと王女に別れを告げようとした時だ。
「ありがとうギフィレット君」
王女がぎゅっと俺を抱きしめた。
な、何故俺は抱きしめられているんだ!!?
頭が混乱する。状況に全くついていけない。
「で、殿下! お戯れは、その」
「いや、すまない。つい今の君の顔がね、あまりにも可愛らしかったものだから」
「~~~ッ!!」
顔が熱い。恥ずかしくて堪らない。
『可愛い』か、こんなに言われて恥ずかしい言葉だとは思わなかった。
「またこんな機会があればいいのだがな……」
そんな呟きに俺は自分がどうすればいいのか分からなくなっていた。
「これ以上引き止めておくわけにも行かないな。パーティーも終わりの頃だろう、名残惜しいがお別れだ」
「いえ、こちらこそ殿下の時間を頂いて。俺も楽しかったです、本当に」
俺の返事に満足したのだろう、王女は満面の笑みを浮かべた。
「そうか……なら良かった!」
本当に、ただ話してダンスをしただけ。でもその短時間の僅かな時間で彼女は俺を強く惹きつけていたのだ。
俺は去り行く彼女の背を見ながら、ずっと彼女に惹かれた自分に戸惑いを感じ続けていた……。
◇◇◇
あのパーティーから数日後。
その後特に何かあるわけでもなく、俺は日々をただいつも通りに過ごした。いつも通りに過ごせるほどに気分が回復したのだ。
こうやって過ごせるのも、ひとえに王女のおかげだろう。彼女がいなかったら立ち直ることは出来なかったはずだ。
あの夜の出来事は、まさしく夢の中の出来事そのものだった。
二度と訪れる事の無い奇妙な時間だったが、間違いなく一生もの宝となった思い出だ。
俺が立ち直ったのもあってか、父が縁談の話をそれとなく持ってくるようになった。決して積極的では無いが、失恋の傷は新たな恋で忘れろという親心なのだと思う。
それに俺はこの家を継ぐものだ、いつかはその期待に応えたい。応えたいのだが……それを考えると、また王女の顔が浮かんでしまう。
(はぁ、情けない。身の程を弁えろ俺。大体失恋から日も浅いのに二度会っただけで他の女性に目が移るなんて薄情じゃないか? そうだ、王女の事はいい思い出として、いつか出会う令嬢の為に己を磨く。それでいいじゃないか)
そうして、俺の中で芽生え掛けた新たな恋は、自分の手で強引に幕引きをするのであった。
はずだったのだが……。
自室の扉が叩かれ、外からメイドの声が聞こえて来た。
「おぼっちゃま、エレテレテ様がお見えとなっておりますが」
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