第5話 悪戯な王女様
不意に声を掛けられた。先日に聞いた低めの女性の声。
いつの間にか、俺の隣には王女が立っていたのだ。その姿はやはりドレスではなく、男性貴族の礼服だった。
「な!?」
「そんなに不思議なことかい? このパーティーの主賓は私の弟だ、姉が此処に居てもなにもおかしいことはないと思う」
「あ、いや、そうでしょうけど……。殿下はこういう場には現れないという噂を聞きまして」
「それはある意味で正しい、基本的には身分を明かさずに参加しているからね。誰も私が王女だとは気付かないように振る舞っているのさ」
そうだったのか。
どうしてわざわざ身分を隠しているのかは知らないけれど、王女の存在が幻扱いされる理由は分かった。
ただ、どういう会話していいのか。先日の件もある、その胸に泣きついた身としては恥ずかしさと畏れ多さで話題が浮かばない。
それでも何も話さないのは失礼だと思う。そうやって悩んでいるうちに、また、王女が口を開いた。
「パーティーの豪華絢爛さには目を奪われるものは確かにある。ただし、その内情を知っている身としてはどうも薄っぺらく見えて楽しめないな。君も正直こんな所には居たくないだろう?」
「それはっ……はい、確かに私はこの場を楽しむ余裕を持つことが出来ません。身分柄、一人で抜け出す勇気を持てず、こうして他の貴族に無様を探しているんです」
「ならば……」
そう呟くと、王女は俺の腕を取る。突然のことに戸惑ってしまった。
これは一体?
「一人で抜け出す勇気がないのなら、二人でならどうかな?」
「え?」
「さあ行こう」
「ちょっと!?」
そのまま会場入り口を通り抜け、館内の階段を昇って人の居ないバルコニーへとやって来た。
「すまない、強引だったかな?」
謝罪を口にしながらも、その口元には笑みが見えた。まるで悪戯の成功した子供のような無邪気さだ。
美しい人のそういった部分を急に見せられたからか、不謹慎にも可愛らしく思ってしまった。
(何を考えているんだ。殿下相手に失礼だぞ俺)
周りには俺と殿下だけ、しかし何も完全に静かというわけじゃなかった。
「この場所はホールからそこそこ離れてはいるんだが……。流石に演奏は聞こえて来るようだ」
そう、俺たちがさっきまでいた会場の演奏。それがこのバルコニーまで届いていた。
でも何だろうな、この音楽すらさっきまでは聞きたくないと思うほど落ち込んでいたのに。今は悪くないとすら思える。
「あぁそうだ、君のダンスの腕前はどれほどなのかな?」
急に何だろう? そりゃ貴族の嗜みとしてそれなりにはこなせるけど。
「最低限、という程度には」
「なら十分だ。――今ここで私と踊っては頂けまいか?」
「そんな!? 私が相手では殿下に恥を掻かせることとなります!!」
「何故恥を掻くんだい? ここには君と私しかいない。仮に君が私の足を踏んだところとて、それは二人の笑い話にしかならないさ」
何がおかしいのか? 彼女はそういうとまた、ふふ、と笑みを浮かべた。
俺はどうすればいいのか、また戸惑って返事もまともに返すことができない。
「ほら、いつまでも俯いているのは君に似合わないな。その憂い顔も綺麗だが……やはり笑顔が見たい」
俺の頬に王女の手が振れ、自然と王女の視線と合うように目線を上げてしまう。
いや、王女に上げさせられたのか。
「そうそう。似合わないと言えば……君は自分の事を私、とは言い慣れていないな? もっと素の君が見てみたい。もし君に悪戯っ子の我がままを聞き入れる寛容さがあるならば、是非この小さな願いを叶えては頂けまいか?」
悪戯っ子の、か。本当にこの人は俺を困らせる天才だ。そんな事を言われて断れるわけがないじゃないか。
今はただ、貴族としての振る舞いよりも、この目の前の美しい人に対して誠実でありたいという思いが支配していた。
「分かりました……殿下」
そんな俺の返答に満足したのか、彼女はまた笑みを浮かべたのだ。
(ああもう!)
その笑顔があまりに魅力的で、俺は思わず目を逸らしてしまったのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。