第4話 涙を促す王女

「あの、それはどういう?」


「……不躾な質問をしてしまったね、すまない。もう見当もついているだろうが、この度は弟の不始末を謝罪したく此方へと参った次第だ。本当に申し訳無い事をした。弟に代わって謝罪をさせて欲しい」


 そう言って王女は深々と頭を下げた。


 俺は慌てて頭を上げるようにお願いした。


「殿下、どうかお止め下さい! 私は元より格下の貴族……そのような者に気安く頭を下げるなどあってはなりません!」


 しかし彼女は頭を上げようとはしない。


「……いいや、そんな事は無いよ。君は立派な人間だと私は思うね」


「そんな訳ありません! 私のような男に何の価値もありませんからっ!」


 思わず声を荒げてしまう。


 しまった! そう思った。ここ数日でため込んでいた鬱憤を一瞬とは言え、それもよりにもよって王女に零してしまうなど。


 家名に泥を塗る行為だ。


「も、申し訳……ッ!?」


 謝罪の言葉を口に出そうとした時だ、俺は訳が分からなかった。


 途端、俺の頭を柔らかいものが包んだ。暫く考え、王女に抱き寄せられているのだと気づく。


 王女は俺よりも頭一つ分以上背が高い。だから俺は王女の胸に顔を埋める形になっていたのだ。


「あ、あのっ!?」


 慌てて離れようとするが、王女の力は強く離れる事は叶わなかった。


 そして王女は優しく俺の頭を撫でながら語りかけて来た。


「もう一度言う――君は立派な人間だと私は思うよ」


「……殿下?」


「だからこそ己を卑下するのはもう止すんだ。自分を貶め、苦しんだ先には何も無い。例え万人が君を蔑もうと、私は君に計り知れない価値があると言い続けよう」


 王女の抱きしめる力が強くなる。


「要らぬ我慢は美徳では無いよ。苦しみを吐き出させねば前と進めない時がある、涙はきっとその助けとなってくれるさ」


 まるで迷い子に語り掛ける聖母のような声色だった。


「殿下、私は……」


 俺はもう限界だった。


 そして王女は俺が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていたのだった……。


 ◇◇◇


 それからまた数日が経った。


 俺の元にあるパーティーへの招待状が送られてきた。差出人の名はエレテレテ、かつての婚約者だ。


 そしてその内容は、正式に決まった王子との婚約パーティー。それに出ろという。


 行きたくは無かった。だが、体調を崩しているわけでも無いのに、家格を上回る大貴族の呼び出しを断る事は出来ない。


 俺の感情で家名に傷をつけるなど、あってはならないからだ。



 当日行ってみると、それはなんとも盛大なものだった。


 王家と大貴族の婚約を祝う場だけあって当然ではあったが、余計に居たたまれない気持ちになる。


 周りに居る貴族の子女達は祝福の賛辞を送る。国を代表するような一大カップルの誕生を。


 俺はその空気に耐えられずに居たが、かと言って一人抜け出す勇気も持てなかった。


 楽しそうに笑う王子とエレテレテ。彼女の隣は数日前まで俺のものだったのに……。


「はぁ……」


 周りにバレないよう、一人静かにため息をついた。


 折角の料理も美味く感じないな。家で出されるものより高級な食材を使ってるはずなのに。


 それほど、俺は気分が優れなかった。


 周りは俺の事を見て、どの面を下げてこの場に出席しているのだと言わんばかりの怪訝な顔をしている。その内心で、俺を蔑んでいるのが手に取るように理解出来た。


 早く終わらないだろうか?


 俺は、せめて目立たないように人の少ない壁際へと移動する。



「ギフィレット君。今、大丈夫かな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る