第3話 差し伸べられる手

 俺を尋ねて来たという客のいる応接室へと到着する。


 一体誰だ? 俺には友と呼べる者は少ない。元より貧乏貴族と仲良くしようなどという輩は余程の酔狂者だからだ。


 心当たりが無いが、あれこれ考えて客を待たせるのは失礼だと思い、部屋の扉を開く。


 潜った扉の先、まず飛び込んで来たのは美しい髪色。シルクを思わせるような艶やかさ。そして次に目に入ったのは、そのルビーのような灼熱の瞳だった。


 思わず見惚れてしまった。そして同時に、自分を恥じた。


 つい先日別れたばかりとは言え、最愛だった女性を簡単に忘れて他人に見惚れるなど、男としての恥だ。


 しかし、ふと気付く。その身体的な特徴をどこかで見た事がある。気付くといえば他にも、その人物は男性の礼服を着ていた事だ。という事は男か?


 よりにもよって男を美しく思うなど、俺は余程頭がおかしくなっていたらしい。


 気を取り直して折角訪ねて来た客に挨拶をする。


「お待たせを致しまして申し訳ありません」


 こちらを見つめて立っている人物へと深く頭を下げる。



 しかし誰だ? 少なくとも知り合いじゃないのは確かだが、この身形に気品。間違いなく家格の上の貴族だろう。だが思い当たる人物は居なかった。


「いや、急に訪ねたこちらにこそ非はある。謝罪をさせて貰えないだろうか」


「へ?」


 俺は間抜けな声を出し、顔を上げた。


 失礼ながらもその人物を再び見る。


 確かに気品あふれる紳士然としているが、それにしては声が高いような気がする。しかし胸は無い。ならば勘違いか?


 俺の視線に気づいたのか、その人物は微笑みかけて来た。


 また、俺は一瞬思考を奪われた気がした。


「ああ、すまない。自己紹介が先だね」


 そう言っては自分の胸に手を当てて、名乗った。


「私の名はレティセル・フォン・ゼレラ・カリスティン――この国の王女さ」


 今度は全く声が出せなかった。


 レティセル王女と言えば、公の場に全くと言って程露出する事の無い人物であり、実際にその存在を疑われてすら居た人物だ。


 さらに言えば、先日俺の元婚約者を奪ったワールテスの実の姉にあたる。


「……ぁ、ぇ?」


「ほら、先ずは落ち着いて。ゆっくりと息をするんだ。……驚かせたくは無かったが、流石に無理があったようだ。その事についても謝罪したい、どうもすまなかった」


 頭を下げる男装の麗人――レティセル王女の行動に、ますます俺は混乱してしまった。


 何だこの状況は? 全くついて行けない。


 何とか己を立ち直らせて、王女に頭を上げるように促した。


「そ、そのような事はお止め下さい殿下!?」


「そうだね、これ以上は君の迷惑になるな。気が利かない私を許して欲しい」


「滅相もございません。……そして、この私めに何の御用でしょうか?」


 色々あったが、本題はそれだ。こんな貧乏貴族に王族が訪ねてくるなど思い当たる節は……いや、無いでもない。


 しかし、本当にそんな理由でわざわざ王女程の方が来るだろうか?


「今日訪れさせて貰ったのは他でも無い。先日の王子の婚約についてだ。調べた所によると、弟の婚約者は元々君の恋人であったという。そして王子の命令によって君との婚約は破棄された。……これは事実だろうか?」


「……はい、仰る通りです」


 俺は正直に答えた。王女がわざわざ訪ねて来た理由はやはり想像していたものだった。


 しかし、彼女が次に口にした言葉は俺の予想を遥かに超えていた。


「では君に改めて問いたい。……君は弟を恨んでいるか? いや、憎んでいるか?」


「……へ?」


 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

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