第2話 絶望の日々

 見つめ合う二人。熱をぶつけ合う様に、周りも心からの祝福を贈る。


「エレテレテ、やはり君こそが私の運命だ」


「ワールテス様っ!」


 王子と彼女の互いの手を取り合い指を絡め合う。それはまさにお似合いの二人なのだろう。


 俺の人生は……一体なんだったんだ? 彼女の眼差し、元は俺のものだったのに……。


 俺は声を震わしながらも、口を開く。


「これからの二人の未来に幸多からん事を」


「ありがとう。君のような人に祝ってもらえて私も嬉しいよ」


 王子はそう言って俺に笑いかけた。


 そして……彼女の視線には俺に対する侮蔑の色が宿っていた。


 エレテレテにとって最高の晴れ舞台だったに違いない。何故なら彼女はこの国の第三王子の婚約者となれたのだから。



 夜会の場を去る。


 もはや俺は完全な異物だった。ここに居てもみじめになるだけ。周りの貴族の談笑のネタにされるだけだ。


 後ろを振り返れば、俺の存在など最初から無かったかのように盛大に祝われていた。


 その人々のざわめきの何もかもが耳に障った。




 そこからどうやって屋敷に戻ったのか、正直覚えては居なかった。


 ただ気づくと玄関を潜りぬけ、俺の視線はうつむいて下を向いていた。


 出迎えてくれたのは唯一の使用人、亡くなった俺の母代わりでもあるメイドだった。彼女は俺の様子を見るなりただ一言、「ごゆっくりお休みくださいませ」とだけ告げた。


 彼女に手を引かれるまま、部屋へと戻る……。


 一人になった自室、着替える事もせずに俺は――ベッドで一晩、声を殺しながら泣き続けた。




 数日の後、王子の正式な婚約が国中を駆け巡った。


 王子の現婚約者であるエレテレテ、彼女と俺が婚約をしていた事を知る人物は然程多くは無い。彼女自身が言いふらすの嫌がったからだ。


 正式な結婚を迎えるまで周囲には内緒にして驚かせたい、そんな彼女の言葉を聞いて、なんて愛らしいんだと思った……思っていた。


 なのに、今までが何だったのかと思える程に大勢の前で振られてしまった。

 国中ではないにしろ、貴族たちの間では笑い話になっている事だろう。


 もしかしたら、出会った時点で俺は単なる滑り止め要員と見られていたのかもしれない。俺の家は貧乏男爵家だが、それでも歴史だけはある。妥協点としては有り、程度の認識でしか無かったんだろうか?


 しかし彼女の家である侯爵家は王家とも縁が深く、国でも屈指の大貴族だ。その令嬢と最も釣り合うのは王子ぐらいだろう。誰が見てもそうだ。


 そんな二人が結ばれるのは当然の事だったかもしれない。


「これじゃ唯の道化だ。俺の人生ってなんだったんだ? 貧乏人は人をまともに愛する事も許されないのか?」


 俺は今日もまた、一人の自室で呟く。


 食事以外この部屋から出れないでいる。その気が起きないのだ。


「みんなもそう思ってるんだろ? 俺なんかが夢を見るなって」


 誰にも聞かれないから……、誰も聞いてくれないから言葉を続けるのだった。


「エレテレテも王子の婚約者になれたんだし幸せだよな! ああそうだよ! 今までその幸せ気分を味わえたんだから、俺に文句を言う資格は無いってさァ! ……元に戻っただけだ。みじめが俺にはお似合いだ」


 コンコン。ドアを叩く音が聞こえて来た。


「失礼します。おぼっちゃま、お客様がお見えになられました」


 メイドが入ってくる。そして俺の顔を見て少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。


「……体調が優れないようでしたらお帰り頂きますが?」


「いや……いい。心配かけてごめん」


 俺はそう言って無理に微笑む。しかし彼女の表情は晴れない。


「わかりました。では応接室にてお待ちですので……お着換えが済み次第お越しくださいませ」


「ああ、ありがとう」


 そう言って彼女は去って行く。


 俺は部屋着から着替えるのだった。

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