第8話 喚く過去の恋

「な、何を言って……っ! 幾ら何でも身勝手過ぎる!! 散々人の人生をかき乱しておいて今更っ」


「待ってギフィ! 私気づいたのよ、王家での暮らしよりも貴方と生きる方が気楽なんだって。ねえギフィ、私を抱きしめて……もう貴方しか頼れる人がいないの」


 そう言って俺を覗き込むように見上げるエレテレテ。


 その目に宿っているのは、何故か俺に希望を見出したかのような救いを求める光だった。


「ふざけるな! 君と夫婦になるだなんて願い下げだ。第一、王家を敵に回してタダで済むわけが無いだろう!!」


「そ、そんな事を言わないで……怖いの、もう耐えきれないわ……」


「勝手にしろ! 俺を巻き込んでくれるなよ!!」


「お願い待って!!?」


 怒りに任せて玄関から追い出し、叩き付けるように扉を閉める。


 俺は彼女を拒絶した。確かに彼女が好きだった、でもその本性があんな自分勝手な人間だったなんて。


 もう完全に未練が無くなった。


「部屋に戻ろう、何か疲れたな」


 肩を落として踵を返そうとした時の事だ。玄関の外からエレテレテが誰かと言い争うような声が聞こえて来た。



 ――貴方誰よ?! 私はギフィと話があるの、邪魔しないでくれる!?


 ――そうは言うがレディ? 他人の家の前で騒ぎ立てる人間を咎めるのは人として良識だと思うが。


 ――分かったような口を聞いて……ッ! いい、貴方が何処の貴族か知らないけど私はギフィと婚約しているの! この家について口出しをする権利があるわ!!


 ――ほう? それはおかしな話だ。エレテレテ嬢の婚約相手は確か……



 この声、エレテレテの煩わしい声とは何もかもが違う。


 気品あるあのお方の声だ!


 俺は急いで玄関の扉を開いた。


「やっぱり。何故此処に?」


「やあギフィレット君、勿論君に用があっての事なのだが……これはまた珍しいお客さんが来ていたみたいだね」


 俺に用事?


 思い当たる節は無いがこの状況は不味い。エレテレテの奴は興奮が抑えられてないし、当然こちらの方が王女だなんて気づいてもいない。


「ギフィ、貴方にこんな友人が居たなんてね。……だったら彼の婚約者として言っておくけど、いくら友人だからって人の家の問題を差し置いてギフィと会うだなんて失礼じゃない? 遊びになんていつでも来れるでしょ、今は私が彼に大事な用があるの! どうせ男爵家に訪ねる友人なんて同格か子爵の令息でしょ? 私は侯爵令嬢よ!!」


「な!? なんて事を……ッ! おい、いい加減にしろエレテレテ!! このお方を誰だとっ」


「まぁ待ちたまえギフィレット君。……エレテレテ嬢、君が今日此処へ来るというのは実は知っていてね? 私は君の御父上とは見知った仲なんだ。もし、何処かで娘と出会ったならば帰るように促して欲しいとも言われているんだよ」


「お父様と知り合い? ふん、嘘をおっしゃい! どこぞの田舎貴族の人間が、侯爵家の当主と仲良くなれる訳が無いわ!」


 そうか、王女なんだから侯爵家の当主と繋がりがあっても何もおかしくない。でも小父様が王女に頼み事が出来るほど仲が良いとは思わなかったが。


 しかし、次から次へと飛び出して来るエレテレテの無礼極まり無い発言。


 仮に相手が王家の人間じゃ無かったとしても、普通に失礼だぞ!


「私をどう思うと勝手だが、君の実家の力を甘く見ない方が良いな。これは忠告だが、居場所を特定されている以上は素直に家に帰って身支度を整えるのが賢明な判断だ」


「何よ偉そうに! いくらお父様でも、一度は婚約を破棄した家に娘が居るなんてわかる訳無いじゃない! なのにどうやって居場所を見つけるって言うのよ?!」


 なお吠えるエレテレテ。流石にもう看過出来ないと無理矢理にでも追い出そうとするが、王女は俺を手で制して一つ溜息を吐いた。


「……エレテレテ嬢、君には品性や礼儀が欠けているだけでなく常識も無い。全くよくそれでギフィレット君を袖に出来たものだな。いや、この場合ギフィレット君の忍耐力を評価すべきかな?」

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