女王と異界よりの食卓

やまぴかりゃー

第1話「箱の中」




「斬れ」



 女王は声を低くして言った。


 広間は物々しい雰囲気で満たされ、その場にいる全員に緊張が走る。


 声をかけられた男は、震える手で鞘からゆっくりと刀身を抜き取って、構えた。

 その剣先は僅かに震えており、男の緊張が空気を通して伝わってくるようである。


「早くしろ」


「……い、いきます」


 男が意を決して、剣を構えた時。



「お待ちくだされ」



 老爺の小さな声が、広間にいた全員の耳に入る。


「…………」


 途端に緊張が走り、女王と老爺の間に剣呑な雰囲気が漂う。

 何倍にも長く感じた10秒が経過して、女王が口を開いた。



「なんだ」



 女王は足を組み直し、続けた。



「私の時間を奪うのだ、その意味が分かっているのか?」


 女王の冷たい視線と周囲の視線を一身に浴びながら、老爺は膝をついて答える。


「……私に考えがあります」


「ほう?」


「何卒機会を、一度いただきたく」


 女王は眉を顰め、変わらず冷たい視線で老爺を見ていたが、やがて少し笑ってから言った。



「いいだろう。但し、もし失敗した場合は…………」



そして近くのテーブルの上にあったナイフを手に取り、老爺に突きつけるようにして言った。



「貴様の────」




       ******



 サモンミール王国。

 

 それは大陸の中心に位置し、貿易の中央地として絶大な権力と領土を誇る半独裁国家である。

 その政権をほしいままにして玉座に座すのは、1000年以上続く歴史で初となる女王、グロウ・サリー・ライク・ディナー・サモンミールである。

 

 サリーは先代の事業破綻によって落ち込み気味であった景気を回復させるべく、既に盛んであった貿易産業に目をつけた。

 造船技術や街道整備など、貿易事業を安定させるために惜しみなく国庫から金を使った。

 

「まずは手本、それから簡略化。妥協のラインを決めるのは『至高』を知ってからだ」

 

 当時15歳であった彼女の言葉である。

 サリーはその言葉通り、まず手本を作った。

 最高の船舶、最高の街道、最高の料理、最強の防具、最強の武器、最強の魔法。

 惜しみなく投じられる財と人材によって、それらはものの数年で完成する。

 ここでいう「最強」「最高」とは、その時代で可能な限りを尽くした、と言い換えられよう。

 やがてそれらの「手本」は研究が繰り返され、廉価品が作られることになる。

 より安価に、しかし一定の質は保ちつつ、という二律背反の条件が交わる点を王国は数年模索し続け、ついにその条件を満たす廉価品は完成を迎える。

 そして、それはかつての手本と同様の性能を誇っていた。

 無理矢理引き上げられた「質」によって、世界の基準は変化の兆しを見せる。

 世界の指針が、この国となった瞬間であった。


 貿易事業は湯水のように金を産み、次に女王はそれを国民に還元した。

 貧しい者・親を失った者・病気で苦しむ者に援助を施し、国民からの信頼と忠誠を得ることで、内憂外患共に対策を施したのであった。

 金は国民を豊かにし、それによって各業種の生産性も飛躍的に向上し、それに比例するように魔法や剣術も発達して、平民から有能な人材を見繕い、各産業を半民営化することで国の負担を減らし、産業革命は止むことを知らず、ついには負け戦争を仕掛けようとする国も一つたりともなくなり、そして───







「───待て」


「如何されましたか、陛下」


「そういえば貴様、先程の手番でウノと言ってないように思えるが」


「……いえ、申しました」


「貴様、私の前で虚言を申すか!」


「申しましたとも!!」


「うぉ、いきなり大きな声を出すでない!」


「次出していいっすか?おら、ドロー2×2枚」


「本当に言ったのか……?まぁ良い。さっさと4枚取れ、愚鈍なヤツめ」


「あ、サリー様ごめんなさい。わたしもドロー2ですぅ」


「なっ!!」


「ほら、早く6枚取ってください」


「これはオレのせいじゃないっすから」


「ほっほっほ」


「…………本日を持って第一魔法師団は解散とする」


「えぇ!?いや、待ってくださいよぉ!」


「えぇい、やってられるかこんなもの!!」









 めちゃくちゃ暇になっていた。








    

       ******




 最早自分が命令せずとも物事が回るようになったサリーは、娯楽室に暇そうな人間を呼びつけては暇つぶしに明け暮れていた。


「なんなのだ貴様らは。私を陥れようと結託でもしているのか?」


「いやいや、女王様にツキがなかっただけですって」


「この遊戯に関しては陛下よりも私の方が経験値がございますから」


「私はまだお前がウノと言ったとは認めていないからな」


「申し上げました」


「まぁまぁ、お菓子焼けたみたいなので一旦休憩にしましょお」


「気の抜けた顔をしおって……毎回一抜けの貴様が一番恐ろしいわ」


 サリーはその長いブロンドの髪を指で解くと、近くにあったソファーに深く腰掛けた。

 それから扉の近くに立っていた使用人に「ほれ」と合図をすると、まもなく扉が静かに開いてお菓子が運び込まれる。


「わぁ、焼きたてだ」


「冷めた菓子など食べる気にもならん」


 サリーは「それ故の焼き立てだ」と付け加え、共に運び込まれた紅茶のカップを手に取り、一口啜る。

 その所作、一挙手一投足はまさに女王の名に相応しい華麗で美しいものであった。

 まだ少し幼さは残っているものの、その整った顔立ちとブランドの髪、そして生まれ持ったカリスマのオーラに多くの者は目を奪われる。

 それはまさに、才色兼備を体現したような人間であった。

 無論その場にいた全員も例外なくその動作に見惚れ、自分たちが仕えている人間がどれほどのお方なのか、ということを再認識させられる。


 先代の急逝により、12歳にして突然女王として国を統治することになったサリー。

 摂政を立てるべきだという声が当然のように上がった中で、それを否定した人物が1人。

 第58代サモンミール国王、グロウ・サリー・ライク・ディナー・サモンミールその人自身であった。

 幼い頃からの英才教育と持ち前のセンス、そして天賦の際とも呼ぶべき聡明さによって、サリーは12歳にして国を統治した。

 当然権力を狙う貴族も多くいたが、サリーはそんな彼らに褒賞や領土をしこたまくれてやり、一時的に黙らせた。

 そして自身の地位が安定しだすと、今まで先代が賄賂によって見逃してきた不正を持ち出し、その全てを奪い上げた。

 それは見せしめにもなり、多くの貴族は女王への反抗心を失う結果となる。

 反旗を翻しそうな跡取りには一時的に国の重要なポジションに就かせて支配欲を満たし、時間をかけてその権力を削ぎ落として最終的にはほぼ無力化に成功する。

 結果的に貴族の数は半減し、権力は国家により集中して、ついには女王が全ての権力を恣にしたのであった。

 残った火種も容赦なく潰し、女王は国内で絶対的な存在となったのである。


 ───というのが、僅か3か月前ほどの話であった。



「しかし、こうも暇だとアレだな……。何か反乱の一つでも起きていないのか?」


「これも陛下の手腕がもたらした平穏ですゆえ、私は誇らしいですぞ」


「そういえば、この間小競り合いを起こしていた南東の小国はどうなんだ?部外者が無理矢理鎮圧したことではらわたも煮え繰り返っていることだろう」


「陛下の御威光がそれだけ遠くに届くようになったということです。心配なさらずとも、変な気を起こす愚か者はそうおりませぬ」


「……なんか噛み合ってなくねぇか?」

 

「暇すぎて頭が回ってないんじゃないですかねぇ」


 談笑はあっという間に時間を溶かし、やがて焼き菓子も最後の一つになった。

 サリーがそれ手を伸ばそうとした時、その近くに一枚の羊皮紙が置かれていることに気付く。

 

「ん、なんだこれは」


 サリーは少し声を大きくし、使用人に言った。


「はっ。本日陛下宛に届いた……嘆願書と申しますか……」


 はっきりしない使用人の態度に、サリーは訝しげな表情。

「まぁ、読めばわかるか」と羊皮紙を紐でまとめ、青髪の少女に投げた。


「コリン、読め」


「は、はぃ」


 名前を呼ばれた少女・第一魔法師団団長のコリンはわたわたとそれを手に取って、紐を解いて読み出した。


「えっと、名前は書いてないですねぇ」


「火急の用か?よい、続けろ」


「は、はいぃ」


 コリンは羊皮紙を広げ、続きを読むべく目を通して……眉を顰める。

 そして女王からの命令を遂行すべく、取り敢えずそのまま口に出して読み始めた。


「えー、本日はお日柄も良く───」


「……?今朝からずっと曇天じゃないか」


「……えー、新緑が目に映え暖かい日差しが───」


「……もう晩秋だぞ。葉もほとんど散ってしまった」


「…………先日の東の大街道に出た魔物の研究の褒賞の件なのですが───」


「えぇい、何ヶ月前の話だと思ってるんだ!もう良い、どうせあの引きこもりだろう、用件だけ纏めよ!」


「は、はいぃ!あ、新しい魔法に関する論文の発表に際して、一度女王様にご確認いただきたいことがあると……」


 まるで別々の時期に少しずつ書き足したような文章に女王は苛つきを覚える。

 しかしそれもいつものことかと直ぐに冷めて、改めてその用件に向き合ってみることにする。


「で、なんだ。また新しい魔法か。どうせどうしようもないものなのだろう」


「前回のは酷かったよな、血液が黄色くなるヤツ」


 帯刀している黒髪の男はそう言って小さめの焼き菓子を口に放り込んだ。

 それに追随して、執事のような格好をした老爺も頷く。


「七割五分役に立たない魔法と記憶しておりますな」


 コリンはそれらを見聞きして「あ、でもぉ」と声を発した。


「末尾に『今回はやばいです』と書いてありますぅ」


「……まぁ、暇つぶしにはなりそうよな」


 今は兎に角、何か刺激になるものが欲しかった。

 激務から突如解放されたこの空虚感をどうにかすべく、サリーは早速立ち上がる。


「さて、貴様らも好きにせよ」


 使用人を二人ほど指名して自身に伴うように命じ、遊んでいた3人には解散を命じる。


「陛下、お気を付けて」


「ふん、言われずともだ」


 城の地下、薄暗い魔法実験場へとサリーは足を運ぶのであった。



       ******



 結論から言ってしまえば、その魔法は世紀の大発明であった。


 数十年前、魔法研究という分野において各国が熱を上げた時代があった。

 その急速な発展に伴い世界は急激に変化を遂げ、様々なものが自動化・簡略化されていった。

 攻撃魔術や防御魔術の発達も止まることを知らず、発動までに時間がかかるという古くからの魔法の欠点を大幅に改善することに成功し、剣士一強の時代は終わりを迎える。

 ……というように、魔法の研究は隆盛の時代を経て、現在ではやや頭打ちになっているというのが現状であった。


 そんな魔法研究だが、未だ開拓があまり進んでいない分野が存在する。

 それが、召喚魔法である。


「古くより召喚魔法は実に崇高な魔法として扱われてきました。何せ物体が空間を超えるのです、無論畏怖のような感情も生まれるでしょう。無闇に手を出さないようにと考えた者も多いはず。しかし一部の研究者達はその深淵に手を伸ばさずにはいられませんでした。各国の地下では召喚魔法の研究が秘密裏、という体で行われています。我々は生まれた国家は違えど目指すものは同じ同志として、古くから情報共有を行ってまいりました。そんな各国の召喚魔法の研究の成果を集約し、今回行われたのが『別次元からの召喚』なのです!まず我々は触媒に目を付けました。あ、触媒というのは召喚に用いる所謂生贄のようなものなのですが今回から有機物の割合を増やしましたしかし過去の研究から無機物の割合が増えるに伴い成功率も比例するように上がるという統計がありまして失敗した際の損害を考え中々手を出せずにいた領域なのですが今回は思い切ってまだ生きている生物を触媒にあ安心してくださいこれは無論人ではなく昆虫や魚といったものになるわけで彼らには本当に」 



「シェルノ」



「感謝しかないのですが実はその研究自体古くからそこそこの頻度で行われてきたものではありまして」



「おい」



「やはり生命の力には何かあるそう有機物と生物の間には何か確実にあるのです我々はそれをタマシイと仮称しその研究を」



「聞け」



「魂抽出の一点に絞りましたそして加えて召喚に用いる魔法陣の数を倍の倍に増やしコリン様の隊から有能な魔法使いを30人見繕」



「おい!もうよい!!理解した!!!」



「って…………はい?如何されましたか」



「理解したと言ったのだ。もう、説明は、よい……」


「左様でございますか。ここからが漸く盛り上がる節なのですが、流石はサリー様!最早言うまでもないと、皆まで言わずとも理解されたと!聡明もここまで来れば正に神からの贈り物と言えましょう!」


「あ、あぁ。貴様の理解も早くて助かるぞ。それで、だ」


 サリーはコホン、と一つ咳払いをすると、真面目な顔をして言った。


「見せてもらおうか。その別次元からの召喚物とやらを」


「おぉ、それはもう、穴が開くほどご覧いただいて!」


 引きこもりの魔法研究員・シェルノに促され、サリーは部屋の奥へと歩みを進める。

 部屋の奥には大きな金属製のケースがあり、その周辺は実験の跡だろうか、様々な魔法を使った痕跡があった。


「実験のしすぎで破損していないだろうな」


「とんでもない。我々は専門家ですから」


 シェルノはケースに近付くと、小さく詠唱を唱え始める。

 ケースの周辺に掛けられていた結界魔法が一つ解かれ、二つ解かれ、結局十解けるまでに3分ほど掛かった。


「随分厳重だな」


「なにせ異界の代物ですから。この世界には本来存在しなかったものです。何があるかわからない、と考えて行動した方が」


「まぁ、貴様の言う通りか」


「まま、そんなことはさておいてですよ」


「このまま直視したりして問題ないのか?」


粗方あらかた検証や解析は済んでおりますので」


 シェルノは結界魔法が完全に解かれたことを確認して、今度はケースに向かって詠唱を一つ。

 すると平面だったケースに突如鍵穴が出現し、そのままポケットに入っていた鍵をケースに差し込み、捻ろうとした。



 がちゃ。


 がちゃがちゃ。



「…………」


「おい、どうした」


「あぁ、違う鍵でした」


 シェルノが取り出した鍵は、正確に言えば鍵束であった。

 動かすたびに一つに纏められた鍵たちがジャラジャラと音を立て、あっという間に位置が入れ替わる。


「相変わらず緊張感に欠けるヤツよ……」

 

 残念そうな顔をするサリーを他所に、シェルノがもう片方のポケットに入っていた鍵束を取り出してそのうちの一つを鍵穴に差し込むと、今度は小気味良い音が鳴った。


「全て同じ鍵ではないか」


「良く見ると違っております」


「…………?」


「では、いきますよ!」



 目を凝らしても何ら違いが見て取れないサリーを他所に、シェルノは掛け声と共に金属製のケースを開けた。

 そしてその先にあったものは────

 


「……おぉ、これが───」



 また、ケースがあった。



「───これが異界のモノか……?」



「いえ、ただのケースです。次はこっちですね」



 シェルノは一つ目のケースと同様に詠唱を一つ唱え、出現した鍵穴に先程間違えた方の鍵束から一つを選んで差し込み解錠した。

 今度は一度目で小気味良い音が鳴り箱が開く。

 異界のモノを護る箱は、二重になっていたのだった。

 そして、当然のようにサリーに一つの疑問が浮かぶ。



「おい貴様、なんださっきの掛け声は」


「特に意味はありませんが」


「…………」


「……如何なされました?」


「なに、貴様を生贄にして異界から何が召喚されるか想像に耽っていただけよ」


「じょ、冗談じゃないですか……ほら、開きますよ」



 額に少し汗をかきながら、シェルノは今度こそ、と二つ目のケースを開けた。



「ふん、やっとか。どれどれ───」


 


 その先にあったものは───




「…………これが、異界の───」




 そこにあったのは、小さな金属製の箱のようなものであった。




「おい貴様」


 ジロリ、とシェルノを睨むサリー。

 慌てて手を振り、否定の意を表すシェルノ。


「こ、今度こそケースではありませんって」


「…………」


「ほ、本当ですから。ご覧下さい、この神の御業の如き金属の加工技術を!」


 シェルノから金属製の箱に目を戻すと、確かに美しい形状をしている。

 文字のようなものも書かれており、遠目から見ただけでもその技術力の高さが窺えた。


「確かにな……これは、手に取っても?」


「ご自由に」


 サリーはその小さな金属製の箱を手に取って観察を始めた。

 箱といってもその形は円錐で、高さは大体人差し指くらいだろうか。

 金属製にしてはあまり重量を感じないが、それでも中に何か入っているのは確かに感じることができる。

 軽く上下に振ればちゃぷちゃぷと音がして、個体と液体の両方が中に入っているのだろう。

 表面には……異界の文字だろうか、そのようなもので覆われており、一部は何やら得体の知れない物体の絵が描かれていた。


「検討すらつかぬな。何か判明していることはあるのか?」


「調査結果によりますと、恐らく保存食かと思われます」


 シェルノは夥しい数の文字が書かれたメモを見ながら、そう答えた。

 魔法の中には研究に用いられるものも多くあり、箱の内部に存在する物体の成分も魔法で幾らかは把握することが可能であった。

 魔法を阻害する魔法が仕掛けられていればその限りではないが、今回はその様子はなさそうだとシェルノは実験結果から判断した。


「これが食べ物……なるほど、金属で箱を作りその中に閉じ込めることによって酸化を防いでいるのか……?しかしこれほどの加工技術、流石は異界といったところか」


「えぇ、恐らくは軟鉄を用いているものと推測されます」


「軟鉄か……確か軟鉄と電解についての論文が数年前に発表されたっきり進展はないと記憶しているが、どうだ。これで何か進みそうか?」


「現時点では何とも申し上げられません」


「……まぁ良い、そう急ぐものでもあるまい」


 サリーは再度金属の箱に目を落とし、今度は平らな面の方を凝視した。


「これまた緻密で精巧な技術……文字は異界のもの故理解できぬが、この輪っかのような部分、なにかの絡繰からくりになっておるのやも知れぬな」


「ご明察、と申し上げたいところなのですが、何分異界のものですのでご用心を……」


 サリーはふんと鼻を鳴らし、分かっていると言わんばかりに金属製の箱を元あった場所に戻した。



「して、シェルノ」


「はっ」



 サリーは改まってシェルノに向き合い、真顔で言った。



「もう良いのだろう」


「えぇと、何がでしょう」


「もう研究は良いのだろう?」


「…………はい?」


「全く、鈍いヤツよ……」



 向き合った状態からさらに一歩近付き、その目をじっと見た。

 流石の研究にしか興味のないシェルノと言えど、その凛とした表情と鋭い眼差しを間近で見て少したじろぐ。

 何も言わないシェルノにサリーは一つ大きく息を吐くと、言った。



「いつ食すのかと、そう問うておるのだ」


「…………は?」



 シェルノは面食らった顔で女王と金属製の箱を交互に見て、その後小首を傾げた。


「地下に篭りきりで耳までおかしくなったか?いつあれを食すのかと聞いている」


「いや、あれは異界の物です故、研究に回し今後の我が国の発展のため……」

 

「えぇい五月蝿い!それはただ貴様の知識欲を満たしたいだけだろう!」


「そ、それはサリー様だって同じでは……」


「何か言ったか?」


「いや、だから」


「どうせ腐らせるならいっそ食したほうが有用ではないか」


「いや、毒が入ってる可能性もあります故」


「入っているのか?」


「それをこれから調べようと」


「現時点で調べての話だ。中の成分にそれらしきものはあるのか?」


「げ、現時点では見られません」


「では大丈夫だな」


「いやそんな安易に」


「貴様の腕は確かだ。引き篭もりの変人とはいえ信頼はしている」


「あ、ありがたきお言葉ですが」


「分かった分かった。安心しろ、周りの箱はくれてやる」


「いやいや、中身の方も同じくらい大事ですって!!」


「ほう、引き篭もりの研究員の癖に女王に楯突くか」


「そ、そういうわけでは」


「仕方ないヤツだな。よし、今回の褒賞として1割はくれてやろう」


「何のどこの1割でしょう……」


「さぁ、そうと決まれば直ぐに準備に取り掛かるぞ!貴様はそれを持って広間まで来い。良いか、疾く参れよ」


「………………」


「分かったなら返事をせよ」


「ぎょ、御意…………」


 諦めたような顔をしたシェルノを背に、サリーは地下を後にする。

 そして、その心中はかつてないほどワクワクしていた。 


 幼い頃から執政や揉め事の解決に心血を注ぎ、それが一区切りついたと思えば軽い雑務や退屈な王城での暮らし。

 正直言って退屈以外の何物でもなかった。


 そして今。


 それらを打破するようなワクワクが、異世界から突然やってきた。

 本来ならシェルノの言う通り全て研究に回すべきなのは百も承知だが、ここしばらくの退屈がそれを良しとしなかった。

 満たすべきは腹よりも好奇心。

 否、どちらも満たされるのであれば上々、正に一石二鳥である。

 


「しかし───」


 思えば、昔から勉強ばかりの人生であった。

 終わることのない文字との格闘を、飽きることにすら飽きてしまうまでひたすら繰り返した。

 食事は変わり映えのしない物ばかりで、目に映る景色もいつも同じ。

 大人になろうとも、王城という箱の中で国を善くするためだけにただ身を粉して動き続ける毎日。

 失敗すら許されぬ、神経を削られる日々。

 ……全く、我ながらよくやったものだ。


 …………うむ。

 少しくらいわがままをしたって怒る者はいないだろう。

 なにせ国の指揮を執っていたのだ。

 他の同年代の者たちに比べれば、結果は残したはずである。

 父上も母上も、きっと笑って見てくれていることに違いない。


 ……というか、今の私に歯向かうことができる人間などこの国にはいないのではないか?


 いや、いるはずがない。


 何故なら自分はこの国の頂点なのだから。



「…………クク」



 齢17にして必死に国を動かしてきた反動。

 幼い頃に封じ込めてきた好奇心や反抗心が、今溢れ出す。

 


「ふふ」


「ははは」


「ははははっ!」



 サリーは羽織を近くにいた使用人に預け、そのまま走り出した。


 いつもは厳かな表情で、背筋を伸ばし足音をなるべく立てずに歩いていた廊下。

 それを今や、早歩きでカーペットがずれることなど露も気にせずに走っている。


「ふははは!何を恐れることがある!私は、我は女王であるぞ!!」


「ひゃっ!」


 と、曲がり角で使用人とばったり出会した。


「おい、貴様!」


「は、はい!」


「剣士だ」


「……犬歯?」


「そうだな、アイツがいい。名前は何と言ったか……あぁそうだ、ジーニスだ。彼奴きゃつを一刻後広間に連れてこい」


「えっ、あのジーニス様でしょうか!?」


「そうだ!!あの剣を振り回すしか脳がなさそうな男をさっさと連れてこい!!」


「す、直ぐにお連れいたします!!」


 パタパタと慌てふためき走り去ってゆく使用人の後ろ姿を見ながら、女王は今までに体験したことのない感覚に襲われていた。

 開放感、優越感。

 今まで何を気にしていたのか不思議なほどに、気持ちは軽くまるで宙を待っているような感覚であった。



「……これが、自由か」



 今まで「我儘」などという言葉の意味すら理解できないような境遇で生活してきた女王であったが、ついに気が付いてしまったのだ。

 最早、自分を止められる人間などいないということを。



 グロウ・サリー・ライク・ディナー・サモンミール、17歳。



 大国の頂点に、少し遅めの反抗期が到来した。



       ******



「斬れ」



 女王は声を低くして言った。


 広間は物々しい雰囲気で満たされ、その場にいる全員に緊張が走る。


 ジーニスは震える手で鞘からゆっくりと刀身を抜き取って、構えた。

 その剣先は僅かに震えており、男の緊張が空気を通して伝わってくるようであった。


「早くしろ」


「……い、いきます」


 男が意を決して、剣を構えた時。



「お待ちくだされ」



 老爺の小さな声が、広間にいた全員の耳に入る。


「…………」


 途端に緊張が走り、女王と老爺の間に剣呑な雰囲気が漂う。

 何倍にも長く感じた10秒が経過して、女王が口を開いた。



「なんだ」



 女王は足を組み直し、言った。


「私の時間を奪うのだ、その意味が分かっているのか?」


 女王の冷たい視線を浴びながら、老爺は膝をついて答えた。


「……私に考えがあります」


「ほう?」


「何卒機会を、一度いただきたく」


 サリーは眉を顰め、変わらず冷たい視線で老爺を見ていたが、やがて少し笑ってから言った。



「いいだろう。但し、もし失敗した場合は…………」



そして近くのテーブルの上にあったナイフを手に取り、老爺に突きつけるようにして言った。



「貴様の本日の夕飯は抜きだ」


「……っ!」



 途端、老爺の顔が強張る。

 反対に、広間にいた人間は少し呆けた表情になっていた。

 そんな周囲の人間など気にも留めず、サリーは愉悦、といった表情で続ける。


「本日の献立は……確か、アレだったなぁ、なぁヤドリグよ。貴様の好物であったろう」


「……仰せの通りでございます」


「それを懸けてでも、貴様は動くというのか?」


 少しの沈黙。

 老爺の額の汗が光る。

 やがて、重々しく口を開いた。


「……私に、機会を下さいませ」


 サリーは「ははっ!」と快活に笑うと、ナイフを元にあった場所に戻した。


「その心意気やよし!ならば、やってみせよ!」


「ははぁっ!」


 老爺は頭を深く下げ、サリーはそれを未だ愉悦といった表情で見下していたのだった。



       ******



「……なぁコリン、今日の晩飯ってなんだったっけ」


 黒髪の男が、隣にいた青髪の少女に話しかける。


「えっとぉ、今日は隣国から返礼品として届けられた雲魚うんぎょの姿煮だったと記憶してますけどぉ」


「あー……あのオッサン、魚大好きだもんな」


「ピーノは嫌いなんですっけ?」


「嫌いじゃねぇけどさ。肉だろ、やっぱ」


 二人で夕食について話していると、どうやら向こうで再び動きがあったようで、老爺が金属製の箱と対峙している姿が見てとれた。


「なぁ、オッサン何してんだ?」


「ヤドリグ様は聡明なお方ですので、多分何か考えがあるんじゃないですかねぇ」


 広間の中央、老爺・ヤドリグが箱を手に取り、その謎を解明すべく四方八方から眺めている。


「剣で真っ二つとか、あとは魔法とかじゃダメなのか……?」


 ピーノが誰に言うわけでもなくそう呟く。


「ダメですね」


「おわっ!」


 すると、その回答とともにピーノの背後からヌッとシェルノが姿を現した。


「シェルノさん、地上に出てくるなんて珍しいですねぇ」


「人を土竜もぐらみたいに言わないで下さいよ。アレがどうなるかを見届けに来ただけです」


 シェルノは広間の中心、ヤドリグが持つ箱を指差した。


「全く、今日のサリー様は何か変ですよ。子供に返ったみたいな、何か変な魔法でも掛けられたみたいな……」


「……アンタには言われたくないだろ、女王様も」


 豪華な広間には似つかわしくない格好のシェルノを見て、ピーノはサリーに同情する。

 ブツブツと独り言を話しているシェルノに、「そういえば」とコリンは疑問を口にする。


「剣でも魔法でもダメって、なんでなんですか?」


 シェルノはよくぞ聞いてくださいました、と言わんばかりの顔で説明を始める。


「あの箱の中は液体で満たされております。故に剣で真っ二つにしてしまえばそれが溢れてしまうでしょう。異界の液体です、解析では毒や強い酸性は確認できていませんが、一面にぶち撒けるのは少なくとも得策とは言えませんよ」


「でもさっき剣でぶった斬ろうとしてたよな」


「あの男……ジーニスの剣技は王国一です。私は実際に目にしたことはありませんので如何程かは分かりませんが、サリー様が任せたということはそれだけの腕なのでしょう。あの御方の人を見る目は確かです。悪いように転ぶことはまずない」


「ピーノの馬鹿力じゃ箱どころか地面に穴開けちゃいますもんねぇ」


 コリンが納得した顔で言うと、ピーノは不服そうな顔で言い返す。


「適材適所って言葉があんだよ。そんでじゃあ、魔法は?」


「異界の技術で、魔法による罠が仕掛けられている可能性があります。魔法を無効化する魔法の存在は確認できませんでしたが、魔力を与えることで作動する罠が仕掛けられている可能性は大いにあります。表面の文字や絵も魔法陣の一種かもしれませんし、魔力を与えないに越したことはありません。それに対して物理的な刺激であれば、その辺りの罠を警戒する必要はなくなります。中に火薬らしき成分もありませんでしたので、魔法で開けるよりは遥かに危険が少ないだろと、そう判断したまでです」


 と、一息に説明を終えるシェルノ。

 なるほど、とピーノとコリンは得心がいった顔をした。


「思ったよりちゃんと考えてるんですねぇ」


貴女あなた、普通に失礼では?」


「お、なんか動きがあったみたいだぜ」


 ピーノの視線の先には、ヤドリグが女王に箱を差し出している姿があった。

 ここからではその小さな箱がどうなっているのか視認することはできず、一同静かになって次の動きを待つ。


 そして聞こえてきたのは───




       ******




「よもや、やってのけるとはな」


 

 金属製の箱を元あった場所に戻し、一歩退がるヤドリグ。

 以前と違う点は、蓋がめくれるようにして開いているところであった。


「随分綺麗に開けたものだ。さては、異界の絡繰を理解したな?」


「それほど大層なことではありませぬ。大岩を退ける際に、棒を岩下に差し込んで行う方法と似たようなものでございました」


「貴様は確か物理学も嗜んでおったな。これに関しては天晴と言うべきか」


「陛下であればより容易かったことでしょう」


「ふん、お前の謙遜は見飽きたな」


 サリーは「おい」と使用人に箱を持って来させるよう合図をする。

 箱は口を開けたまま、サリーの直ぐ近くに用意されたテーブルの上にコトリと置かれた。


「おぉ……これが異界の」


 まず、箱の開け口を注視する。

 蓋は間違いなく金属製であるはずなのに、まるで紙のようにめくれていた。

 それは正に芸術品のように薄く、サリーの非力な力でも曲げられるほどである。


「さて」


 箱の中身が見る。

 茶色い、否、黄土色のような液体の中に大きな塊が入っていた。

 良い香りがする。

 嗅いだことのない香りで、しかしどこか懐かしいような、奥深い香り。

 自然と口の中の唾液が増え、サリー自身にしか聴こえない程度に腹が鳴った。

 こうも綺麗に蓋が開いていることをまず気にすべきだと頭では理解しているが、サリーは構わず銀製の食器の上で箱をゆっくりと上下反転させ、器用にその中身を取り出した。


「毒は入っておりませぬ故、ご安心を!」


 と、遠くからシェルノの声がサリーの元まで届く。

 毒がないこと、食べ物であること、そして異界のものであるが故にこの世界での検査が意味を成さない可能性があることを、サリーは当然事前に聞いていた。

 

「……ふふ」


 が、そんなことは反抗期を迎えた好奇心の前では、それこそ意味を成さなかった。

 サリーはさも当たり前かのように、ごく自然にフォークを手に取り、そのまま箱の中に勢いよく───



「お、お待ちを!!」



 刺そうとした時、またしてもヤドリグが待ったをかけた。

 二度目の「待った」に、周囲の衛兵達にもより一層の緊張が走る。



「なんだ、何故止めるのだ……」



 サリーは至極残念そうな顔をしてヤドリグを見た。

 そしてその表情は直ぐに怒りのものへと変わる。


「そこまでしてを夕餉ゆうげを嫌うか。いいだろう、貴様の望み通りに───」


「い、異界の食べ物ゆえ、ここは毒味が必要かと!」


 ヤドリグはサリーの言葉を遮って、なんとか思っていることを口にした。

 通常なら不敬も甚だしいとして処罰が下ってもおかしくない場面である。

 しかし。


「ククク……そうか。さては貴様、知っているな?」


 サリーは静かに笑って、ヤドリグを見下ろす。


「な、何のことでしょう……」


 ヤドリグの顔に汗が伝う。

 サリーはそれを見て、愉悦、と笑いながら銀食器を片手で持ち、顔の前に掲げた。


「おいシェルノ!貴様、此奴こやつに何か言ったのであろう。正直に答えよ!」


 突然名を呼ばれたシェルノはその声の威圧感に一瞬震え、遅れてその場から少し前に出る。

 そして膝をつき、答えた。


「…………であると、お伝え───」


「声が小さい!!」


「な、中身は魚の類である可能性が高いと、そうお伝えいたしました!!」


「しぇ、シェルノ殿……!」


「ククク、ふはは、ははははは!!やはり、そのような魂胆であったか!!確かに、異界の好物となれば稀に食える現世の魚など歯牙にも欠けぬわな!!」


「く、ぐぬぬ……!」



 女王の高笑い、老爺の呻き声、跪く小汚い研究員。

 そして掲げられる、異界の魚。



「なにこれ……」


「お魚、好きなんですねぇ」


「……そういう話なの?」



 ピーノとコリンは、広間の端でそんな奇妙な光景を傍観していた。



       ******



「おいこれ、本当に魚か!?こりゃ、肉に匹敵する味っつーか……」


「お魚なのに、とっても濃い味がしますぅ」


「……長生きした甲斐がありましたな」


「この液体の成分は……主成分は塩と水なのはほぼ間違いないだろうが、この確かに感じる甘味と膨大な旨み、それに加えて……いやはや、全く理解できませんな……」


 サリーの目の前に広がるのは、気の置けない者達の楽しそうな表情。

 そして、一切れの魚があった。


「食べないんですか?貰っちゃいますよぉ」


「陛下、ここは私が」


「オレこないだ庭の草刈り一人でやらされたんですけど、その褒美ってことでいいっすよ」


「多くの調味料が混ざっていることには違いないが、複雑すぎるな……厨房の奴らに舐めさせてみるか?その前にもう一度魔法解析を通してケースに魔法を阻害する装置の有無を……」


 それぞれが一度に話し、一気に場が騒がしくなる。


「えぇい、まとめて喋るな!全く、欲張りな奴らよ……」


 そんな騒がしい食卓に着き、ふと思い出す。

 国が落ち着くまでは、こうして落ち着いて食事をとる暇などなかったことを。

 政務に忙殺され、毒殺を恐れ味のしない食事をする毎日。

 幼い頃は入浴時や就寝時、暗殺を恐れて眠れない日も多くあった。

 それを思えば、今こうして命の危険を感じずに食事ができているのは、この上ない幸せなのかもしれない。



 ただ、欲を言えばこの食卓に、父上や母上も───



「……フッ、私もまた欲張りだな」


 

「陛下、何か仰いましたか?」


「ハッ、貴様らにやる分はないと言ったのだ」


「だったら早く食べちゃった方がいいんじゃないですか?」


「草刈りのご褒美……」


 そう急かすでない、とサリーはフォークとナイフを手に取った。


「どれ、異界の味や如何に」


 魚の身をナイフとフォークで綺麗に切り分け、汁に少し浸してそのまま口に運ぶ。


「……ん」


 柔らかな身はしっかりと噛まずともほぐれ、濃い塩っけと甘味が合わさったまろやかな旨みが口いっぱいに広がる。

 ただの塩味ではない。

 コクがあり、複雑で、それでいて素朴な美味しさがある。

 王国の手間暇をかけた味付けとはまた違って素材の味を十全に引き出しつつ、さらに輪をかけてその味をこの汁が引き立てている。

 否、これはもはやどちらも主役としか言いようがなく、しかし二つ揃って初めてこの味が生まれるのだろう。


 思わず笑みがこぼれる美味しさであった。

 


「異界のくせに、随分と優しい味がするものよ」



 サリーは異界の魚をあっという間に完食してしまい、皿に残った汁もスプーンで掬って味わった。

 以前であれば少しはしたないからと避けていたかもしれないが、今日の心持ちでは案外やれてしまうような些細なことなのかもしれない。

 そう思った。


「食事はやはりのんびりと時間を掛けて、賑やかに行われるに限る」


 サリーが小さな声でそう呟くと、隣に座っていたヤドリグが「ほほ」とこれまた小さく微笑んだ。


「なんだ、聞こえたのか。地獄耳だな」


「陛下のお言葉を聞き逃すなど、ただの愚行に過ぎませぬ」

 

「ふん、相変わらず真面目なヤツよのう」


 サリーは少し呆れた顔になって、軽く嘆息する。


 ふと、時計が目に入った。

 この小さな茶会が始まって、既に一刻が経過している。

 目の前の卓に目を戻せば、少し喧しいほどの賑やかさがあった。


「のんびりと、賑やかに、か」


 自分で言った言葉を頭の中で反芻し、再びその意味を考えて、思わず軽く微笑んだ。

 


「いい光景だ」



「…………」



 神妙な面持ちの執事に、女王がいつもと違った様子で話しかける。




「貴方もそう思うでしょう?ねぇヤドリグ」



「…………。姫様───」



「……ふふ、なんだ。惚れたか?」



「……この心、身体、命。あの日のあの瞬間から、全て陛下のものであります。」


 

 ヤドリグが真面目な顔をしたまま、頭を下げてそう言った。

 サリーはやはり少し呆れて、しかし先程は違って微笑みが少し混じった顔でそれを見ていた。



「変わらず、真面目なヤツよのう」



 その後、部屋には豪勢な魚料理が運び込まれ、小さな宴はいつもより少し遅くまで行われたのであった。




       ******



「あのー」


「なんでしょう」


「結局ボクって、なんで呼ばれたんですか?」


「一使用人如きには、陛下の御心を推し量ることは難しいかと」


「はぁ、そうですか……」


 サモンミール城、その城門。

 一人の使用人と赤髪の帯刀した男が、たった今そこに到着したところであった。


「ジーニス様」


「えっ、はい」


「陛下より、褒賞を預かっております」


「……ほうしょう?」


 そう言って使用人が取り出したのは、小さな金属製の箱であった。

 使用人が箱を開くと、その中には。


「えっこれ、えっ」


「どうぞ、お納め下さい」


 黄金に輝く、一枚の金貨が入っていた。


「き、金貨って、これ……」

 

 サモンミール金貨。

 この世界中で最も金の含有量が多く、精巧な造りをした金貨。

 その信頼と価値も当然世界一であり、物価の高いここサモンミール王国でも、一枚あれば一年は余裕で暮らすことができる代物であった。

 

「では、気を付けてお帰りになられて下さい」


「えぇ……ど、どうも」


 訳の分からないまま王城まで連れてこられ、訳のわからないまま目の前の小さな金属の塊を「いい感じに斬れ」と命じられ、結局何もせずに何故か金貨を貰って、今はこうして無事帰路についている。

 何が何だかさっぱりだが、得たものは文字通り計り知れないほどに大きかった。

 

「いくらすんだこれ……ま、いっか」


 これで家族にももっと贅沢をさせられる。

 そう考えると、悪いことなど一つもない。


 そういえば噂によると、今日は隣国から多くの魚介類が入ってきたらしい。

 サモンミールは大国だが、海に面する地域は少ない。

 それ故に魚介類が常に出回っているわけではないので、王国は定期的に魚介類を海側諸国から仕入れている。

 それに加えて今日は先日の交流会の返礼品として、珍しい種類の魚が並んでいるという噂も小耳に挟んだ。



「……美味い魚でも買って帰るかな」



 ジーニスはその軽い足取りで、昼のように明るく賑やかな城下の市場へと向かったのであった。

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女王と異界よりの食卓 やまぴかりゃー @Latias380

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