36.わたしこそが
「わたくしの国ではないわ・・・」
「俺の国でもありません・・・」
外の景色を見たまま呟くオフィーリアに、男も景色から目を逸らさずに答えた。
「一体・・・どういうこと・・・?」
目の前の光景がどうしても理解できない。
意識を無くした後、自分は一体どうなったのだろうか。
(もしかして・・・)
最悪な考えが過る。
「・・・誘拐・・・されたのかしら・・・」
自分は身分のある侯爵令嬢だ。身代金目的に拉致される可能性は十分にある。
眩暈がしたのは疲れやストレスからではなく、まさか薬のせいか?
自分たちが気が付かないうちに賊が部屋に忍び込み、薬を嗅がされたのか? そして気を失っている間に異国まで連れて来られたのか? そんなに長い間眠っていたのか?
仮にそうだとしても一緒にいたマリーは? 彼女はどこだ? 無事なのか? 無用な存在とされたらその場で殺されていてもおかしくない。
そんな考えが浮かんだ途端、膝がガクガク震えだし、窓辺を掴んだままその場に崩れるようにへたり込んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
男は驚いたように隣にしゃがみ込み、オフィーリアの両肩にそっと手を添えた。
ゆっくりと優しくオフィーリアを立たせると、傍のベッドに座らせた。そして自分も隣に腰かけた。
「・・・俺も同じことを考えていました・・・」
男は俯きながらオフィーリアに話しかけた。
「俺は学院の寮にいたのです。朝だったので学院に行く準備をしていたのですが、突然眩暈がしたのです。そして目覚めたらこの場所で・・・拉致するために薬を嗅がされたのかも・・・」
男は不安そうな顔でオフィーリアを見た。オフィーリアも真っ青な顔で彼を見た。
「俺が通っている学院は王族貴族が通う学院で、由緒ある家柄の生徒がほとんどです。身代金が目的なら誰が拉致されてもおかしくないのです。だが、俺だけでなかったら・・・薬を寮にバラまかれたとしたら・・・。拉致目的どころかテロリストだったら・・・最悪だ」
男は両手をギュッと組むとそれを額に当て目を閉じた。オフィーリアはその最悪なシナリオにカタカタと小刻みに震え始めた。
もしかして、自分の学院も寮が襲われたのだろうか? そうだとしたら、マリーは? 友達は? 先生は?
男はゆっくりと目を開けると、思い付いたようにオフィーリアに尋ねた。
「あの、貴女も身分がある方なのですか? 俺はエルドランド王国の者ですが」
その言葉にオフィーリアの震えがピタリと止まった。
目をパチクリと開けて男を見た。男はそんなオフィーリアの変化に構わず続けた。
「すみません。動揺してしまい、自己紹介が遅れてしまいましたね。俺の名前はセオドア・グレイと言います。エルドランド王国出身です。ご存じでしょうか、エルドランド王国のことは?」
男は不安な気持ちを無理やり消すかのように優しくオフィーリアに微笑んだ。
☆彡
「は・・・い・・・? 今、何ておっしゃいまして・・・?」
オフィーリアは目をパチクリと見開いたまま男を見た。
この男は今一体何て言った?
聞き間違いでなかったら、エルドランド王国出身と言った。
エルドランド王国と言ったら他でもない、自分の母国ではないか!
それなのにこの男は飄々と自国をエルドランドと言ってのけた。さらに驚き呆れたことは、自分をセオドア・グレイと名乗ったことだ。
何を隠そう、セオドア・グレイとは自分の婚約者だ。
そして彼の容姿は、白い肌に美しい金髪、そして深い海のような瑠璃色の瞳を持つ。生粋のエルドランド人の特徴を備えているような男だ。
それなのに、目の前の男はどうだ? 黄土色の肌に黒い髪。瞳の色はイカ墨のように黒いではないか。自分の知っているセオドア・グレイとは程遠い姿だ。
何て男なんだ! こともあろうにセオドア・グレイを騙るなんて!
恐怖と不安でカタカタと震えていたオフィーリアの体が、今度は怒りでプルプルという震えに変わってきた。
「ふざけないで下さいませ!」
オフィーリアは声を上げてキッと男を睨んだ。
「は?」
急に怒鳴られて男は驚いたように目を丸めた。オフィーリアはベッドから勢いよく立ち上がると男の前に仁王立ちした。
「エルドランド王国出身ですって!? 貴方はどう見ても異国の方ではないですか! 嘘を付くのも大概になさいませ! それも名門グレイ家の名を騙るなんて不敬極まりない!」
両手を腰に当て、男に睨みを利かす。
「お生憎様! 嘘を付く相手が悪かったですわよ。わたくしこそ、そのエルドランド王国の人間なのですから!」
オフィーリアは目を丸めて唖然としたように見つめる男に向かって、自分の胸をバンっと叩いて、フンっとふんぞり返って見せた。
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