37.わたし達は誰?
男はふんぞり返ったオフィーリアをポカンと見上げている。
自分の嘘がバレて動揺し過ぎたのだろうと思ったオフィーリアは勝気な笑みを浮かべ、男を見下ろした。
しかし、男はそんなオフィーリアと目が合うと、我に返ったのかハッと息を呑み、ブルブルっと頭を振った。そしてキッと顔を上げるとオフィーリアを睨みつけた。
「貴女こそ何を言っているんだ? 貴女がエルドランド人だって? そんなはずはないだろう!」
男の意外な反応にオフィーリアは目を丸めた。てっきり虚言を取り繕おうと慌てると思っていたのに。それどころか認めない上に自分を疑う始末。
オフィーリアはこの男の態度に怒りが倍増した。こちらを睨みつける瞳よりも遥か上を行く凄みで睨み返した。
「ふざけたことを! わたくしは正真正銘のエルドランド人です! それだけではございませんわ。セオドア・グレイ様はわたくしの婚約者ですのよ。残念でしたわね、嘘が通じなくって」
そう言い返すと、フンっと大げさにそっぽを向いて見せた。
「はあ? 婚約者だと? 俺は貴女なんて知らないぞ!」
男はガバッと立ち上がり、オフィーリアを指差した。
「そうでしょうね! わたくしも貴方を存じ上げませんわ。だって貴方はセオドア・グレイ様ではないもの!」
オフィーリアは憤慨する男の態度に臆せず、横目で冷たい視線を送った。
「貴女こそ異国人じゃないか! どこがエルドランド人なんだ!」
「は? なんですって? そんなことをおっしゃるなんて、貴方、もしかして本当はエルドランド人を見たことがないのでは? 嘘を付くならもっと下調べなさってからの方がよろしくてよ? まったく・・・」
呆れ切った顔を見せると、男は顔を真っ赤にしてフルフルと震えている。
「貴女・・・! 俺の婚約者って言ったな? じゃあ、名前は何て言う?」
震えながら自分を睨む男。怒りを必死に押さえているようだ。しかし、オフィーリアにとってはその態度自体も下手な三文芝居を見せられているようで、臆するどころか怒りが増すだけだ。こんな男に自分の名を名乗るのも腹立たしい。
それでもこんな茶番はさっさと終わらせたいと思い、
「本当なら貴方のような人に名乗る名前などを無いですが」
プイっと顔を背けた。
「オフィーリア・ラガンと申します」
「・・・っ!」
ツンと顔を背けていたので、男が息を呑んだことに気が付かなかった。
「な、な、なんだ・・・と・・・?」
男が小さく呟いている声が聞こえる。酷く動揺しているようだ。
やっと自分の嘘が付き通せないと気が付いたのだろうか? セオドア・グレイの婚約者がオフィーリア・ラガンという事までは知っていたのようだ。
(それなりに下調べはしていたのかしら? でも詰めが甘いわね)
まさか目の前の女が当の本人とは思っていなかったのだろう。愚か者め。
ツンとそっぽを向きつつも、心の中で勝ったと思い、ふっと口元が緩む。しかし、次の瞬間、男は大声を上げた。
「そんなわけあるわけないだろうっ!! オフィーリアなわけない! どこがオフィーリアだ!!」
勝利を確信し、少し気の緩んだところに男の罵声を受け、さすがのオフィーリアもビックリして肩が揺れた。
「貴女のどこがオフィーリアなんだ! オフィーリアはもっと・・・。いいや、とにかくっ! 貴女は全然違う人ではないか! 肌も顔形も髪の色もすべて違う!! 嘘を付いているのは貴女の方だ!!」
「何をおっしゃって・・・」
男の勢いにオフィーリアは狼狽え、無意識に誰かに助けを乞うように周りを見渡した。
その時、棚のガラスに映った自分の姿が目に入った。途端に今の恐怖が吹き飛んだ。
「え・・・?」
オフィーリアは片目を擦って、もう一度ガラスを見た。
「???」
今度は両目をグリグリ擦り、もう一回ガラス戸を見る。
もう一回、もう一回・・・。二三回目を擦ってからガラス戸を見直す。
突然不可解な行動を始めたオフィーリアに男は不思議そうに首を傾げた。オフィーリアの目線を追ってみるが、何に驚いているのか分からない。
そのうちに、オフィーリアは何かを探すように部屋中を見渡し始めた。その目はどこか虚ろだ。
目的の物を見つけたのか、フラフラっと歩き出した。見守っていると、彼女は壁に掛けてある鏡の前で立ち止まった。
「ひ・・・・っ!!」
自分の姿を見た途端、悲鳴にならない叫び声を上げて、その場に尻もちを付いてしまった。
男は驚いてオフィーリアのもとに駆け寄った。
助け起こそうと隣にしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。その顔はひどく驚愕している。その時、男もオフィーリアの言葉を思い出した。
『異国の方ではないですか!』
男は立ち上がると、恐る恐る鏡を見た。途端に血の気が引いた。
「誰だ?! これは!」
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