19.宿題
(やばい! 遅刻する!)
椿は学院に向かう道を小走りで急いだ。
マリーに昨日の事を説明しながら支度していたら思いの外時間が経っていたのだ。
いつもなら登校時に出来るだけ人と接しないようにかなり早い時間に寮を出て、校舎の裏庭の花壇の世話をしながら始業ギリギリまで時間を潰す。そこに柳が迎えに来てくれて一緒に教室へ向かっていた。
しかし、今日はすでにギリギリの時間帯。柳はもう教室にいるだろう。
それでも気になって真っ先に校舎裏に向かった。案の定、柳はいない。
その時、始業の鐘が鳴った。
(よかった・・・。待たせた挙句、一緒に遅刻なんて申し訳なさ過ぎるもの)
椿はホッと一息すると、踵を返し急ぎ教室に向かった。
☆彡
教室の後ろの扉をそーっと開ける。
すでに授業は始まっており、教壇に立っている教師が黒板に書く手を止め、椿を見た。
「遅刻ですよ。オフィーリア・ラガン嬢」
その言葉に生徒は一斉に椿の方へ振り向いた。
(ひぃっ!)
大衆の注目を一番苦手とする喪女には厳しすぎる試練。
「ももも、申し訳ございませんっ」
慌てて頭を下げる。
「空いているお席へ」
そう言って教師が差したのは一番前の席。後ろの席も一席空いているのに!
クラス中の生徒の視線を浴びる中、オドオドしながら席に向かう。着席しても背中に視線を感じて落ち着かない。
椿が教科書とノートを広げ終るのを見届けた教師は、
「では、ラガン嬢。昨日の宿題の答えをラガン嬢に回答して頂きましょう」
そうにっこりと微笑んだ。
オフィーリアは優等生で通っている。学校の成績も常に上位。こんな宿題の答えなんて全部正解に決まっているはず。教師はそれを承知の上で、ちょっとした罰として軽い気持ちでそんなことを言ったのだろう。
しかし、今のオフィーリアは椿。いきなりのピンチに真っ青になった。
さらにそれだけではない。
(しゅ、宿題って・・・? そんなのあった?)
真っ青で固まっている椿を不思議に思った教師は首を傾げた。
「宿題ですよ、宿題。数日前に渡したプリントですよ? ほら、それ」
教師が指を差した先は、隣に座っている生徒が気を使って椿に見せるように持っているプリントだ。
(うそ・・・、知らない・・・)
ボーゼンとする椿に教師の顔が曇った。
「まさかラガン嬢、宿題の事を忘れていたのですか?」
優しかった口調が厳しめに変わった。その変化に椿はドキリと心臓が震えた。
「あ、あの・・・。忘れていたわけでは・・・」
「忘れていたわけでないと? では、やっていないのはどういうことですか?」
厳しい口調にビクッと体が震える。
「そ、その・・・そのプリントの存在自体を知らなくって・・・」
それでも震える声で答えた。
「は? 何を言っているのですか? そのプリントはクラス全員に配られたはずですが」
教師は信じられないような目で椿を見た。そして、
「オリビア・ロアン嬢」
大きな声で教室の後ろの席に向かって声を掛けた。
オリビアという言葉に椿はまたまたビクッと肩が震えた。
「はい・・・。先生・・・」
背後でオリビアが答える声がする。椿は恐る恐る後ろを振り向いた。
オリビアは不安そうな表情で立ち上がっている。そしてその隣には心配そうな顔をしているセオドアが座っていた。
☆彡
「ロアン嬢。貴女にプリントの配布をお願いしたと記憶しておりますが、もしかしてラガン嬢だけに渡し忘れましたか?」
「いいえ・・・。そんなことはありません・・・。ちゃんとオフィーリア様にも配りました」
教師の質問にオリビアは今にも泣きそうな表情で答えた。
「でもラガン嬢は知らないと言っていますが?」
「酷いです・・・。私は渡しました。ちゃんと渡しましたのに・・・、先生は私だけを疑うのですね」
悲しそうにそう言うと、大きな瞳からポロポロと涙を溢し始めた。
「い、いいえ・・・、そういうわけでは・・・」
いきなりのヒロインの涙に教師も一瞬怯んだ。そして慌てたように椿に振り向いた。
「ラガン嬢、本当に受け取っていないのですか? 忘れていただけでは?」
「え・・・、い、いえ・・・本当に私・・・」
「酷いです! オフィーリア様! いくら私が嫌いだからって! 私が意地悪したみたいに嘘を付くなんて!」
椿が言い淀んでいるところにオリビアが大きな声で言葉を被せてきたと思ったら、両手で顔を覆ってシクシクと泣きだした。
「ラガン嬢・・・。嘘を付いていたんですか?」
教師の自分を見る目が急に鋭くなってきた。その厳しい視線に椿の心臓がドクドクと波を打ち始めた。
「・・・そう言えば、日頃から貴女はロアン嬢とは折り合いが悪いとか・・・、そんな噂がありましたね・・・」
声まで低くなり一層椿を追いつめる。
(う、うそ・・・。な、なんでこんな状況に・・・)
椿はカタカタ震え始めた。その時、
「はーい! せんせー! ちょっと、いいっすかぁー!」
教室の後ろから大きな声がした。
(や、柳君・・・!)
オリビアの隣に座っているセオドアが、挑発的とも思われるだらしない恰好で手を挙げていた。
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