20.不公平

「な、何ですか? セオドア・グレイ君」


いきなりのセオドアの登場に教師は動揺したようだ。声が裏返っている。

動揺しているのはいきなりの発言だけではない。恐らくセオドアの態度と言葉遣い。

だらしなく頬杖を付いて、挙げた手のひらをヒラヒラと馬鹿にしたように振っている。

紳士とは程遠い不良じみたその態度に目を瞬きさせた。

普段真面目で優等生なセオドア・グレイからは想像できない姿だ。


「なんでオフィーリアを嘘つきって決めつけるんですかぁ? 片方の意見だけを信じるって納得いかないんっすけどぉ」


彼は頬杖を付いたまま凄むように教師を睨みつけた。


「さっきオリビアだって『自分だけを疑うのは酷い』って言ったじゃないっすか。だったらオフィーリアを疑うのは不公平っすよね?」


「そ、それは・・・」


「全然フェアじゃねーと思うんですけど?」


「う・・・」


「そもそも教員ってもっと生徒に寄り添うもんじゃないんですかぁ? いきなり一人を犯人扱いにするって、見ていてめちゃめちゃ胸糞悪いんですが。しかも公衆の面前で」


「な、な・・・」


教師は返す言葉もなく、只真っ赤になって震えている。


「教員としての自覚あるんですかー?」


(や、柳君! ス、ストップ、ストップですっ! もういいです~~!)


椿は心の中で叫んだ。

これ以上はまずい! このままではセオドアの侯爵令息としての品位が爆下がりだ!

いや、もう遅いか?!


「あ、あの! もしかしたら貰っていたかもしれません! すいません! 記憶が曖昧でしてっ!!」


椿はガバッと立ち上った。


「よろしかったら改めて頂けますでしょうか!? 本日中には必ず提出いたします! お時間をください!」


叫ぶ椿に教師は逃げ道を見出したようだ。


「そ、そうですか! やっぱりラガン嬢が忘れていただけですねっ! 最初から素直にそう言えばいいんですよ! まったく!」


教師は必死に平静を装いながら額の汗を拭った。

一息ついて周りの生徒達を見回す。彼らはセオドアの意見に思うところがあったのだろうか? どこか白い目で見られている錯覚に陥った。

それに焦った教師は自分の威厳を地に落とされた怒りをオフィーリアにぶつけた。


「では、ラガン嬢。宿題を忘れた罰として廊下に立っていなさい!」


そう言い放つとフンっとのけ反り黒板に向き直った。

その直後―――。


―――バンっ!!!


大きく机を叩く音が聞こえた。


「ひっ!」


椿だけではなくクラス全員が息を呑んだ。そして皆がその音を発した主を見た。


「じゃあ、俺も廊下に立ってます!」


机に両手をついて立ち上がっているセオドアが鋭い視線で教師を睨みつけている。


「な、な、なんで君まで・・・!」


「だって、俺も宿題忘れてたし」


そう言うと一枚のプリントを手に取りピラピラと振って見せた。確かにそのプリントは見事に白紙。


「意外と他にいるんじゃねーの? やってない奴。だってもう卒業決まってるしさ、どれだけの奴らが真面目にやってんだか」


柳はワザとらしく肩を竦めて見せた。


「実はわたくしも忘れてましたわ。わたくしも一緒に廊下に立ちます」


一人の令嬢が立ち上がった。オフィーリアガールズの一人だ。


「わたくしも」

「申し訳ございません、先生。わたくしもです」


ガールズの二人が続いた。


すると何という事だ。その後続々と生徒が立ち上がった。

椿は目を丸めた。


恐らくオフィーリアを思って立ち上がってくれたのは柳とガールズだけだろう。

他の生徒達は本気で宿題をやってこなかったようだ。柳の言う通り、卒業も決まって気が緩んでいるのだろう。


すいませんでした、先生。

ごめんなさい、先生。


素直に教師に頭を下げながらゾロゾロと退出する真面目な生徒達。

そんな彼らを唖然とした顔で見送る教師。


同じように唖然として立っている椿の傍に柳がやって来た。


「行こうぜ、オフィーリア」


にっこりと笑って椿の手首を取ると引きずるように廊下に出て行った。


こうしてクラスの三分の一の生徒が廊下にずらりと立ち並ぶ異様な光景が出来上がった。

焦った教師は全員を許し、すぐに教室に戻るように促した。

みんな素直に従ったが、オフィーリアとセオドアだけは戻って来なかった。


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