18.お互い様

「静かには分かりますが、気配を消すって・・・」


オフィーリアは呆れたような顔で椿を見た。


「誰とも話すなだなんて、貴女、お友達がいらっしゃらないの?」


「はい・・・。お恥ずかしながら・・・」


鏡の向こうからはあ~と長い溜息が聞こえる。

自分の顔に心底呆れかえったように見られるのはなかなか辛い。


「分かりましたわ。極力静かに、そしてどなたとも関わらないように過ごします。それでは、椿様」


オフィーリアは観念したように頷いた後、改めてキッと椿を見据えた。


「わたくしが椿様として、椿様のように過ごす事をお約束するわけですから、椿様も同じようになさいませ」


「へ・・・?」


「椿様はわたくし、オフィーリアらしく生活してくださいませ。そのように情けない態度はお取りにならないように。わたくしの品位を下げないでくださいませ!」


その言葉に椿はサーっと血の気が引いた。


「誰とも関わらないなんて以ての外! 社交は大切ですわよ」


社交! 絶対無理! 一番苦手!


「入れ替わってしまっている今、相手の人格として過ごして欲しいと願うのであれば当然ですわよね。お互い様です。わたくしだけに椿様を演じることを強いるのは不公平ですわ!」


おっしゃる通り!


何も言い返せずにアワアワしていると、鏡の向こうの自分の顔が歪んだように見えた。途端に映りの悪いテレビ画面の様に鏡の表面が乱れ始めた。


「え? え? オフィーリア様?!」

「椿様? 椿様?!」


お互い必死に呼びかける。しかし、鏡の表面は何も歪んで何も映さない。相手の声だけが微かに聞こえる。それもすぐに聞こえなくなった。聞こえなくなったと同時に鏡の歪みは消えた。

椿は鏡を覗き込んだ。


「消えちゃった・・・」


そこには不安げな顔をしている長い赤毛で美しい顔のオフィーリアが映っていた。



☆彡



えらいこっちゃ!!


その日の夜、興奮して眠れなかった椿は、朝部屋にやって来たマリーを飛び付くように迎え入れた。


「マリーさん!! 大変です!! 大ニュースです!!」


「ど、どうしました!? 山田さん?」


マリーは自分にしがみ付いてきた椿を支えるように両腕を掴んだ。


「とんでもないことが分かりました! もうえらいことになってます! 山田がオフィーリア様になってました!」


「は? えっと、それは分かってますけど・・・?」


マリーは怪訝な顔で椿を見た。


「あ! 違った! 山田がオフィーリア様になっている様に、オフィーリア様は山田になっていたんです!」


「はあ・・・?」


「だから! 山田とオフィーリア様は入れ替わっていたんですよ! オフィーリア様は生きてます! 山田の世界で!」


「えっ!?」


マリー驚きのあまり目を丸めた。


「で、でも、何でそんなこと分かったのですか?」


「この鏡です!」


椿はマリーから離れると、壁にかかっている鏡の前に立った。


「夜の10時くらいだったでしょうか? この鏡を見ていたら私の世界が映って・・・、そこに本当の私こと山田椿と私の部屋が映っていたんです! そして、その山田椿こそがっ」


「オフィーリア様だったと?」


「はいいいっ!」


「なんと・・・」


マリーは絶句した。

暫く言葉に詰まっていたが、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。


「良かった・・・。お嬢様は生きていらしたんですね・・・」


胸に手を当てて安堵した表情をしたが、それも一瞬。


「それは大変喜ばしいことなのですが・・・」


マリーはそう言いながら不安げに椿を見た。


「それで、お二人が元に戻れるのでしょうか?」


「そ、それは・・・」


狼狽えて言葉を濁す椿を見て、マリーは深く溜息を溢した。


「す、すいません・・・」


がっかりするマリーを見て罪悪感に襲われた椿はシュンとうな垂れた。


「こちらこそ、すいません! 山田さんが謝る事ではないです!」


マリーは慌てて首を振った。そして項垂れている椿の両手を取った。


「お互いが入れ替わっていたという事が分かったことでも進歩です! お嬢様も山田さんも生きていたという事が分かったのですから! 大丈夫、きっと元に戻れますよ! 希望を持ちましょう!」


「はい・・・。ありがとうございます、マリーさん」


(うん、きっと戻れるはず! いや、戻らないと!)


椿はマリーの両手を握り返し、力強く頷いた。



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