第25話 俺と世間とギルドと小娘
シホミィにまんまと騙され、ワイバーン戦をがっつり配信されてしまった俺は、その後失意のまま帰宅して眠りについた。
翌日。
どれだけ気持ちが沈もうとも、窓から差し込む朝日が顔に当たると自然と目が覚めてしまう。
「はぁ。ギルドに行かなきゃダメなんだよな」
昨日、ダンジョンから出た俺たちは、細かい話は明日に持ち越すってことで解散した。で、これからその細かい話がギルドハウスで行われる。
俺の気分が優れないのは、その内容がだいたい読めているからだ。
厳重注意を受けたシホミィの配信への映り込み。まず間違いなくこの話だろう。
ミノタウロス戦に続きワイバーン戦もモロに映ってしまったんだ。今回ばかりは厳重注意で済むわけがない。
「ここでグダグダしていても仕方がない。行くか」
このマンションとも、もうお別れかもしれない。
そんな思いで俺は戸締りをした。
コンコン。
今日来るようにと言われていたギルドマスター室のドアをノックする。
「
『はーい。開いてるわよ。入ってきてちょうだい』
以前と変わらないギルドマスター室に入ると、執務机に座って何かの書類と格闘している月詠さんがいた。
「ごめんなさい。この書類をやっつけるまで、そこに座って待っててくれるかしら」
「は、はい」
指し示された応接用のソファに座り、ふーっと息を吐く。少しだけ体が楽になった気がする。
「よし、後は冒険者協会の書類が揃えばオーケーね。全くん、私は少し席を外すけど、ゆっくりくつろいでいてね」
「え? あ、わかりました」
月詠さんはそう言い残すと書類を持って部屋から出ていってしまった。
まだ話は始まらないのか。
俺はソファの背もたれに体を預けて力を抜く。
「さて、どう話したものやら」
話の内容が、昨日のダンジョンの件ということは明白だ。
一つは厳重注意を受けていた映り込みの件だろう。ただ、俺としては言い訳をさせて欲しい。
俺は映り込まないように配慮していたが、シホミィが勝手に撮ってたんだ。なのでそこは大目に見て欲しいなと思っている。
もう一つは
この件で1番の問題は俺が〈ブラックサウルス〉に目をつけられている可能性があるということだ。
ゆくゆくは俺の存在が〈ムーンキャッスル〉に危機をもたらすかもしれない。
それだけ大手のギルドは影響力を持っているんだ。
あとは、シホミィの訓練にもう少し集中するべきだった。スライム討伐訓練だけでなく、他の訓練メニューにも取り掛かってもらうべきだったんだ。
そうすれば彼女だけの力でワイバーンをなんとかできた可能性がある。そういった意味でも、昨日の俺の選択は間違いだったと思う。
考えれば考えるだけ、失敗が浮き彫りになり、俺の存在そのものが迷惑になっている気がしてきた。
いや、実際迷惑になっているんだろう。
はぁ。ため息が出るな。
しばらく自己嫌悪に
月詠さんが戻ってきたようだ。
「お待たせ。これでゆっくり話せるわね」
「は、はい」
しなやかな動きで応接セットの向かい側に腰掛ける月詠さんは、バシッと着こなしたスーツ姿もそうだが、何をやっても絵になるな。
「まずは昨日の件ね。本当にありがとう。全くんのおかげでシホミィが助かったわ」
「いえ、まぁ、あれくらいは……」
ワイバーン相手にちょいちょいとまともな立ち回りをしただけだ。そんなに難しいことはしていない。
「ふぅん……あれくらい、ね。まぁいいわ。それで今後についての話がしたかったの」
「あの、その事なんですが!」
月詠さんが戻ってくるまでの間に考えた結果。俺は〈ムーンキャッスル〉には不要だという結論が出た。
たまたま空いていたカメラマンの枠に滑り込んだが、肝心の配信は失敗ばかりを連発だ。
おまけに前のギルドからの確執が残っていて、余計な爆弾になりかねない。
さらにはダンチューバーのコントロールもままならないとなると、もう良いところが無いどころかマイナスに突入してるわけだ。
なので、これ以上の迷惑をかけないためにも、俺の方から月詠さんに切り出すことにした。
「〈ムーンキャッスル〉への加入は辞退させて下さい」
「えぇ!? ちょっと全くん、どういうこと!?」
「ですから、俺がいると〈ムーンキャッスル〉にとってはマイナスなので、加入するというお話を無しにしてもらえれば」
月詠さんは驚いたように振る舞っていてくれてる。優しい人なんだろうな。
「全くん。うちのギルドが、〈ムーンキャッスル〉が合わなかったのかしら?」
「いえ、違います。むしろ〈ムーンキャッスル〉はものすごく居心地がいいですよ。でも俺がいると迷惑になるので」
「そんな、迷惑になんてなってないわよ、むしろ……」
バタンッ!!!
その瞬間、ギルドマスター室のドアがものすごい音を立てて開いた。
「話は聞かせてもらいましたよ!」
開いたドアの先には、仁王立ちをしてこちらをビシッと指をさすシホミィの姿があった。
「〈ムーンキャッスル〉に加入しないなんて、私が許しませんからね!」
礼節もへったくれもないドアの開け方をしたシホミィは、大音量で宣言したかと思うと、そのまま部屋の中にズカズカとやってきた。
「シ、シホミィちゃん?」
「おいおい、一体なんなんだ?」
怒っているのだろうか、非常に勇ましい顔をしたシホミィが俺の前で再び仁王立ちをする。
「全さん! なんで〈ムーンキャッスル〉の加入を諦めるんですか!?」
「いや、だから迷惑をかけないようにだな……」
「その迷惑って何ですか?」
「厳重注意されてたのに配信に映り込んだだろ?」
シホミィもギルドから言われてるはずだ。俺たち2人に対して注意があったんだからな。知らないはずがない。
だが、俺の答えを聞いたシホミィは納得する様子もなく……。
「そんなことですか! 大体、今回の映り込みは私の仕業なんですよ。怒られるのなら全さんじゃなくて私です!」
「それでも、俺が映ったことでシホミィや〈ムーンキャッスル〉の評判が落ちるんだから、誰かが責任を取らないとダメだろ」
「何を言ってるんですか! 全さんが映ったことで評判が落ちたなんてことはありません! むしろ好評なくらいです!」
「え? そうなのか?」
「そうです!」
おかしいな。これまで男性の姿をあまり映してないって聞いていたんだが……。
「いや、でもだな。また座麻村たちがちょっかいをかけてくるかもしれないし」
「あの人たちなら、もう捕まりましたよ! 今朝のニュースでやってました。当分は豚箱の中ですよ!」
マジか? 俺が1人で凹んでいる間に、あいつら捕まったのかよ。
いや、でもまだ不安要素はある。
「な、なら〈ブラックサウルス〉に俺はよく思われていないから、また同じように因縁をつけられる可能性も……」
「上等ですよ! 私は全てを賭けてエンタメダンチューバーをやってるんです! 他のダンチューバーから何か言われるのなんて、今さらですから!」
ちょっと待て。こいつの意思、硬すぎるぞ。
というか俺が気にしていたことのほとんどが、シホミィによって綺麗に否定されたんだが。
何を言っても言い返してくるシホミィは、可愛らしい顔をしながらも、眉を吊り上げてこちらをじっと見ている。
「まだ何かありますか?」
「いや、えーっと……」
他に何か。うーん。
「ちょっと私からもいいかしら?」
「はい。何でしょうか?」
俺が言葉に詰まっていると、今度は月詠さんが話しかけてきた。
「全くんは気にしているようだけど、ギルドとしては今回の件も含めて何も問題にしてないわよ」
「え!? でも覚悟しておくようにって」
「あぁ、それはね……全くんは自分の人気を自覚していないからよ」
月詠さんがパチンと指を鳴らすと、ギルドマスター室の壁の一部が開いて中から大量のぬいぐるみが出てきた。
動物を模したものや、何かのキャラクターのようなものなど様々なものがあるが、共通しているのは、これらがAI搭載の読み上げぬいぐるみだということだ。
俺が圧倒的なモフモフ率に驚いていると、ぬいぐるみたちは一斉に喋り出した。
『全さん辞退しないでくれよ!』
『嫌だ嫌だ嫌だ!』
『〈ムーンキャッスル〉にいて欲しい!』
『あなたの戦い方は非常に参考になりましたよ』
『俺は映り込んだこと気にしてねぇよ!』
『そうだそうだ。むしろもっと映っていけ!』
『シホミィいらん。全さんだけでいいわ』
『ワイバーン戦痺れました』
『駆け出し冒険者です。貴方はスキルに恵まれなかった僕の希望です』
『カメラアングルすごい良かったですよ!』
『シホミィいらん。全さんだけでいいわ』
「こらぁ! 私いらないって言ったやつ誰だぁ! 2回も言いやがってぇ!」
『やべ、シホミィキレた』
『いらないって言われてキレるシホミィ草』
『全さんシホミィはバカだから、全さんが面倒見てあげて』
『シホミィ切れんなよ、全さんを見習え』
「こ、こいつらぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぬいぐるみからは、いろいろな言葉が発せられてる。その中でも特に多いのが、俺に向けられた言葉だ。
あまりの衝撃に、俺の頭は真っ白になった。
今聞こえてるこの言葉は……〈ムーンキャッスル〉の視聴者さんの声ってことだよな?
「月詠さん……これって」
「ふふふ、ごめんね。全くんには悪いかなと思ったけど、この様子を配信してたのよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
「覚悟しておくようにって言ったのはね、映り込んだ全くんにファンが付くって確信してたからよ」
「なっ!?」
ファンが出来るのを覚悟するようにって意味だったってことか?
俺はてっきり、次やったらクビな、って意味だと思っていたのに。
「そのファンの声を聞かせるために配信をしていたんですか?」
「それもあるけど、本当の理由は……コレよ」
月詠さんが俺の目の前に一枚の書類を差し出してきた。
「……ギルド加入証明書! 俺を正式に加入させてくれたんですか!?」
「そうよ。だから全くんが加入する様子を配信しようってシホミィと話してたのよ」
「そうですよ全さん! せっかくのエモい加入式だったのに、迷惑だからとか何だとか言い出したので焦りましたよ!」
「そ、そうだったのか。知らなかった」
ギルドを追い出されると思っていたのに、まさか加入させてくれただなんて。
「じゃあ、あのマンションを引き払わなくても」
「もちろんよ。なんならずっと居てくれてもいいわよ」
「カメラマンの仕事も続けても」
「いいわよ。またシホミィと楽しいダンジョン配信をしてちょうだい」
「そうですか……」
また職を失うんじゃないかと思っていた。
また住む場所を追われるんじゃないかとも思っていた。
でも、それらが杞憂だったとわかり、俺はソファの上に落ちるように座ると、両手で顔を覆う。
「……良かったぁ。本当に良かったぁ」
〈ブラックサウルス〉の一件から、色々と張り詰めていたものが、一気に崩れていったような感覚だ。
あまり気にしないようにはしていたが、内心では不安を感じていたようだ。
心が落ち付いたところで顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたシホミィがいた。
「ということで全さん、これからもよろしくお願いしますね!」
差し出された女の子らしい手を握り返す。
「あぁ、よろしくなシホミィ」
思えばこの子との出会いが俺の運命を変えたんだ。
人の人生にまで大きな影響を与えるのは、ダンチューバーらしいと言えばらしい。
……そんなシホミィに一つだけ伝えたいことがあった。
「シホミィ、俺はお前に言っておかないといけないことがある」
「な、なんでしょうか!?」
真剣な顔でシホミィを見ると、彼女は顔を赤くしながらオロオロする。
俺は立ち上がってシホミィから距離を取ると、いつでも逃げられるようにドアの前を確保した。
そして告げる。
「今後は、撮れ高のためとかいう暴走は許さないからな!」
何度それで苦労をさせられたか。これは絶対に言っておかねばと思っていたんだ。
「暴走じゃないですよ! あれはダンチューバーとしての責任感です!」
「そんな危険な責任感なんてあるか! しかも結局俺がフォローしてるじゃないか!」
「それも込みの撮れ高なんですぅ!」
全然悪ぶれた様子の無いシホミィ。
それも込みだと? ほほーん。
「わかった。なら今後はもう配信に映るようなことはしないからな!」
まったく。俺を含めて撮れ高とか、何を考えているんだこの小娘は。
俺を見たい視聴者さんなんて一握りだろう。その人たちには悪いが、俺はあくまでもカメラマンなんだ。
俺が思いの丈をぶちまけると、シホミィは驚いた顔で言い返してきた。
「はぁ!? 何言ってるんですか! そんなこと私が許しませんよ!」
やはりそうきたか。ならばここは逃げの一手だ。
「月詠さん! 担当する冒険者の変更をお願いします! では!」
「あらあら」
言うが早いか、俺はギルドマスター室を出て全力で走り出す。
「あーーーーーーーー!!!」
背後からシホミィの特徴的な叫び声が聞こえてきたが、俺は止まるつもりは無い。
「逃しませんよぉーー! 私の撮れ高ーーー!」
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ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
全とシホミィのお話はここで一区切りとさせていただきます。
コメントをくださった方も本当にありがとうございました。返信はしておりませんがしっかりと読ませていただいております。
これからも皆様が楽しんでいただけるものを書きたいと思っておりますので、もしよろしければフォローなどをお願いいたします。
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撮れ高に貪欲な小娘と、理想の配信を目指す俺は、今日もダンジョン配信をします〜追放され散らかした、最強のカメラマンが世間に見つかってしまう話〜 虎とらユッケ丸 @heru7777
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