第23話 信歩の配信チェックその5
「あー! ここで配信が途切れたんだ! ものすごくいいところだったのに!」
真っ暗になった画面を見た
凶暴になったワイバーンと、立ってるのもやっとなシホミィ。
視聴者からしても非常に気になるところだっただろう。
「ふふふ。でも、ここからが最高に面白いところなのよね」
そう言って信歩は笑うと、次の動画を再生し始めた。
『これで配信できてますか?』
画面には上下逆さまになったシホミィが映し出された。
どうやら、カメラを逆に持っているようだ。
『あ、逆でした』
画面がくるりと回転して逆さまの映像が正しい向きに戻る。
映し出されたのはボロボロになったシホミィの姿だ。
先ほどのワイバーン戦で傷ついたシホミィが映っていることから、途切れた映像の続きとわかる。
『私は無事ですよ。みなさん安心してくださいね』
そう言ってシホミィがカメラに向かって微笑む。
『うおおおおおおおお!』
『まさかの続きが配信だと!?』
『うそ! シホミィちゃんまだ生きてるじゃん!』
『配信切れたから、死んだと思ったよ!!!』
『よかった。まだ無事だったのなら、すぐに逃げてくれ』
シホミィの無事を知った視聴者が大量のコメントを送ったようで、読み上げぬいぐるみたちが賑やかになる。
『ま、私の無事は置いといて。今、私の目の前ですごいことが起こっているので、ここからはその様子を配信しますね』
『すごいこと?』
『なになに?』
『シホミィがカメラを持っているってことは……まさか?』
『あ、ちなみにこっそり撮ってるんで、とらにはまだ黙っててもらいますよ。バレるんで』
口元に人差し指を添えて、シーっのポーズをするシホミィ。
その表情は完全にいたずらっ子のものだ。
シホミィから詳しい説明が無いので、視聴者は何が何だかわからない。
だが、次に映し出された映像を見て一瞬で理解した。
『おい! あのカメラマンがワイバーンと戦ってるじゃないか!』
『え? あいつ大丈夫なのか?』
『Aランクパーティのモノマネではワイバーンには勝てないぞ』
「予想通り
全への期待が低いコメントを聞いて信歩はほくそ笑む。
『うお! ワイバーンのタックル、ギリギリで避けたのか』
『あ、当たったかと思った』
『不意打ちのような攻撃なのに、あのカメラマンよく避けたな』
涼しい顔でワイバーンの攻撃を避けた全を見てざわつくぬいぐるみたち。信歩はそんな様子をニマニマと見守っている。
『次に狙うのはこちらに向き直った瞬間だ。そこで頭の位置が下がってくる……こんな感じでなっ』
『は?』
『え?』
『おい、おかしいだろ!』
全が見せた動きに対してコメントが一気に増加した。
『あのカメラマン、頭が来る位置を完璧に見切ってるぞ!』
『ワイバーンめっちゃのけぞってて草』
『しかも、きっちり目を狙って攻撃してやがる』
画面には全に切り付けられて大きくのけぞっているワイバーンと、それを眺めている全の後ろ姿が映っている
『うおぉい! 飛び上がったぞ!?』
『あんなでかいのが飛ぶなんて……』
『あいつは本当にワイバーンを怒らせたみたいだな。空中に移動したワイバーンはやばいぞ』
「そうそう、飛び上がったワイバーンは強いわよ。でもね……」
空中にいるワイバーンは全に向けて急降下攻撃を開始。それを横っ飛びで
『え! はっや!』
『ヒェ!』
『空から高速で襲いかかって獲物を抉り殺すんだ。気をつけろ次が来るぞ!』
コメントの警告通り何度も空中から襲い来るワイバーン。だが、全はその全ての攻撃を避け続けた。
『すげぇ、全部避けてるぞ!』
『でも反撃はできてないよね?』
『いや、あそこは近接職が何かできるタイミングじゃない。むしろあれだけの攻撃を避け続けたのは評価できる』
「ふふん。どう? 全さんはすごいでしょ?」
驚くコメントぬいぐるみと、それを見てドヤ顔をする信歩。
「でもここからがさらに熱いのよ!」
画面の前で拳を握り締め、瞳をキラキラと輝かせた信歩は、食い入るように画面を見つめた。
『おぉ! 全さんチャンスですよ!』
『いや、何か様子が違う』
画面の中のシホミィが全に向かって声を上げているが、全は冷静にワイバーンを観察してる。
『カメラマン! 今だ! いけぇ!』
『なんで攻めないの?』
『何やってるんだ! 様子見をしている場合じゃないぞ!』
みんなが攻め時だと思っている中、1人様子が違う全。彼は警戒した様子を見せている。
全からは仕掛けてこないと感じたのか、ワイバーンが突進を開始。
それを大きく避けるように移動する全。
そして……。
『よし、その突進を見切ってから攻撃だ!』
『進行ルートからは外れてるね。これなら……えぇ!!?』
『やばいぞ! ブレスが当たった!』
ワイバーンのバックジャンプからのブレスを受けた全は、焼かれた左腕を見て渋い顔をする。
『おいおいおいぃぃ!』
『やっぱりAランクパーティの真似事じゃ勝てないんだ!』
『やばいよ、シホミィちゃんは逃げてくれよ!』
『あいつのスキルってノーダメ限定じゃなかったか? やっちまったな』
全がダメージを負ったことで、コメントの不安が一気に上昇。配信画面からはシホミィの心配そうな声までもが聞こえてきた。
『全さん! 腕、腕が焼けちゃってますよ!』
『避けきれなかったな』
『そんな! じゃあパーフェクトスキンのスキルも切れちゃったんじゃないですか!』
『ん? あぁ、あのスキルか……』
シホミィと視聴者は焦った様子だが、画面に映し出された全は、まったく動じていない。
『大丈夫だ。安心しろ』
『で、でも!』
『能力アップするスキル切れちゃってるんでしょ!?』
『ほんとだよ! なにが大丈夫なんだよ!』
『これまではスキルのおかげでなんとかなっていたわけだが、それが無くなるとなると……』
全の言葉だけでは納得しないシホミィと視聴者たち。
答えを知っている信歩はその様子をニヤニヤと眺めていた。
「ぬふふふふ。スキルが使えなくてピンチねぇ」
とても嬉しそうな信歩が、画面にググッと近づく。
そこにはふらふらっと軽い足取りでワイバーンに向かっていく全が映っていた。
『ワイバーンは飛んでるんだぞ! 止まれ! 逃げろ!』
『やばいやばいやばい』
『攻撃が来るぞ! 何をしているんだ! 回避のために構えろ!』
全の気の抜けた行動に対して、ぬいぐるみたちからは怒号が発せられている。
しかし、そんな声も全に届くことはなく、ワイバーンが再び飛来した。
そして……。
──シュパッ。
『なっ!』
『へ?』
『ちょ、ちょっと!』
『いやいやいやいや、え?』
『やばい、意味わからんすぎてやばい!』
『あのカメラマン何したんだ!?』
『おい! ワイバーンの翼が落ちてるぞ!』
『マジかマジかマジか!』
『あいつワイバーンの羽、切りやがったあああああああ!』
「ひゃーーーーーー! すごーーーーーい!」
あまりのコメント量に、読み上げぬいぐるみたちの声が止まらず、信歩は嬉しそうに拍手をしている。
地面にうまく着地できず、盛大に滑り散らかしたワイバーン。
それを見た視聴者からは驚きと困惑のコメントが大量に送られている。
ワイバーンの攻撃を避けて翼を斬った。
全の思わぬ反撃に、配信を見ていたものたち全員の度肝が抜かれた瞬間だ。
ここからどうなるのか。
皆が固唾を飲んで見守る中、ワイバーンが立ち上がる。
『まだワイバーン戦えるのかよ!?』
『片翼だけじゃ足りなかったってこと?』
『飛べなくなったはずだが、ワイバーンにはブレスがあるからな』
コメントの予想通りブレスを吐くための溜めに入ったワイバーン。
『これ以上燃やされるのは、ごめんだからな』
そう言って全が一気に距離を詰めワイバーンの首に一閃。
ワイバーンの首を一撃で切り落としてみせた。
『はああああああああ!?』
『やべぇぇぇぇぇぇ!』
『おいおいおい! 首が落ちたぞ!?』
『え? こいつやばくない!?』
『ワイバーン相手になってないやん!』
『このカメラマン強すぎぃぃ!』
『というか、カメラマンがSランク冒険者って言われても信じるぞ俺』
『ちょっと待ってくれ、ワイバーンの首を斬った冒険者なんて聞いたことないんだが?』
『それを言うならソロ討伐がまずないだろ。あいつ本気でやばい』
全が行ったことの異常さを物語っているかのように、コメントの嵐が続く。
「最高! めちゃくちゃ盛り上がってるじゃない! やっぱり全さんは撮れ高の神ね!」
そんなコメントを見た信歩は鼻息を荒くして画面を見つめている。
映し出されているのは、ワイバーンの死骸が消えて振り向いた全に対して、シホミィが質問をしたところだ。
『なんでスキルが切れちゃったのに勝ってるんですか!?』
『はぁ。あのなぁ、俺があんな不確定なスキルに頼るわけないだろ』
『へ!? どういうことですか!?』
『俺はずっとスキルなんて使わずに戦っているんだ。一時的な能力アップなんかなくても、誰だってこれくらいのことはできる』
なんてことのないように言い放つ全。
その様子は、本当に誰でもできると思っているように見えた。
『え? 何言ってんの?』
『ちょっと理解できない。誰か翻訳して』
『スキル使ってないって言ったように聞こえたが……』
シホミィの爆破魔法のように、冒険者はスキルを使ってなんぼの存在だ。
それを真っ向から否定する全の言葉に対して、視聴者たちは何を言っているのか理解できずポカーンとなってしまった。
皆がこの意味を理解するのに数秒。
そして……。
『え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ありえないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
シホミィの絶叫が響き渡った。
『やばい、こいつ本物のバケモンだ』
『スキル無しってマ?』
『この配信が動かぬ証拠だろう。神配信きたな』
『ちょっと俺、他の冒険者たちに拡散してくるわ』
『前代未聞すぎるだろ! ワイバーンソロ討伐スキル無し縛りとか意味わからんし!』
『とにかく、これで冒険者界隈は騒がしくなるんじゃないか?』
「ふふふふふふ。神配信だって! 注目度も抜群だし完璧よね!」
視聴者からの反応に大満足の信歩は、椅子に腰掛けながら足をぶらぶらと揺らし、全身で喜びを表していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます