第22話 信歩の配信チェックその4
ワイバーンの出現と同時に加速するコメントたち。
『ちょちょちょ!』
『なにあれ!? なにあれ!? なにあれ!?』
『マジか! あんな化け物が湧くなんて!』
『おい、ここに湧くのはミノタウロスだけじゃないのかよ!?』
『は? 意味わからん!』
膨大な数のコメントが流れ、ぬいぐるみたちもバタバタと慌ただしい動きを見せる。
映像の中でも、
「出た出た。出たわねぇ。今日のMVPよ!」
そんな様子を
『おい! あのクズたち今ワイバーンって言ったか!?』
『言ってた! 俺はハッキリ聞いたぞ!』
『ワイバーンは無理だ! シホミィ逃げて!』
荒れ狂うコメントと同じように、座麻村たちの表情も焦ったものになっていく。
状況をよく理解していないシホミィは、小首を傾げて肩のぬいぐるみに話しかけた。
『そんなに危険なモンスターなんでしょか?』
『何やってんだシホミィ! 逃げろ! あれはSランクでも上位のモンスター、ワイバーンだ!』
『え、Sランクぅ!? ど、どうすればいいの!?』
「なんか私だけワンテンポ遅れて焦ってる。……ちょっと恥ずかしい」
やっと事態を把握したシホミィも焦り出すが、そんな彼らの動揺を一喝するかのように、ワイバーンが吠えた。
『ギャオオオオオオオオオオオオン!!!』
『うお! うるさ!』
『逃げて逃げて逃げて逃げて!』
『いや待て、Aランクパーティがいるんだ。うまくやれば全員逃げる事は可能なはずだ』
驚きすくみ上がっているシホミィたち。
その姿をぬいぐるみたちはハラハラした様子で見ている。
『おぉ! ワイバーンがクズパーティの方へ行ったぞ!』
『チャンスじゃない!?』
『ここはランク的にも彼らに任せるのが正解だ』
ワイバーンの攻撃を
『ど、どうしましょう! この隙に逃げれますけども!』
『あんな奴ら放って逃げた方がいいよシホミィ!』
シホミィ自身も逃げるなら今だと勘付いているが、彼女の良心がそれをさせないでいた。
視聴者の逃げてほしいという思いは届いているが、なかなか実現しそうにない。
そこに座麻村から声が届いた。
『おい! そこの魔法使いも手伝ってくれ! ちょっと気を引いてくれるだけでいいんだ!』
『え!? は、はい! わかりました!』
見捨てることに抵抗のあったシホミィは、助力を願われて、あっさりと頷いた。
そんなシホミィの決定を止めようと、リスナーたちが必死にコメントする。
『なにやってんのシホミィ!』
『巻き込まれちゃうよ!』
『Sランクモンスターにシホミィができることなんて無いぞ! 頼むから逃げてくれ!』
視聴者の大半の声が引き止めるものだったので、読み上げぬいぐるみのAIもそんなコメントを選んで発声する。
『ダメだってシホミィ!』
しかしそんな視聴者の思いに、シホミィは応えようとせず……。
『とら、静かにして下さい! マナバースト!』
ぬいぐるみの音声を切って、ワイバーンへと攻撃を仕掛けてしまった。
『あああああああぁぁぁぁぁぁ!』
『やばい俺たちの声切ったんじゃない!?』
『しかもワイバーンの気を引いたみたいだぞ……』
ワイバーンから目をつけられたシホミィ。
彼女はそのまま座麻村に言われるがままに、ワイバーンを引き連れて奥へと走り出した。
爆破魔法を巧みに使って、ワイバーンを引き連れている姿が、シホミィの後を追うカメラで捉えられている。
器用にワイバーンを誘導し、それなりの距離を移動したシホミィが、座麻村たちに向かって叫ぶ。
『よし! ここまで引っ張ればいいでしょう! みなさんお願いします!』
その声と共にカメラがぐるっと反対を向いて、座麻村たちがいた場所を向く。
するとそこには戦闘準備など全くせず、ボス部屋の入り口まで退避した座麻村たちの姿があった。
彼らはまったく戦う気のない言葉をシホミィに向けて放つ。
『へへっ。悪いな。そのまましばらく耐えててくれや』
『そうそう、俺たちがダンジョンから出て戻って来るまでの間な!』
『反撃のために一度帰るだけだ。嘘は言ってねぇよなぁ』
『いつ戻ってくるかは、わかんねぇがな! ギャハハハハハハ!』
あまりの事態に騒然とするコメントぬいぐるみたち。
『おいいいいぃぃぃぃぃ! こいつらなに考えてんだ!!!』
『やばいやばいやばい! ハメられた!』
『そ、そんな……』
『ハァ!? あり得んだろ! 〈ブラックサウルス〉の冒険者はどうなってんだ!!!!』
「ほんっっっっとうにサイテーよね!」
改めて彼らの所業を見た信歩も、怒りを露わにしている。
『えぇぇ!? ちょっと気を引くだけでいいって言ってたじゃないですか!』
『俺らのちょっとと、あんたのちょっとで認識の違いがあったんだろ! じゃあな!』
そう言い残して去っていった座麻村パーティ。
彼らの勝手すぎる行動にコメントは……。
『〈ブラックサウルス〉まじでぶっ潰してやるからなぁ!!!』
『シホミィちゃんを囮にするなんて』
『これはダンジョン内置き去りに該当する立派な犯罪だ。すぐに通報すべき』
『あいつら許せねええええええええええ!!』
『おい! 拡散急げ! あいつらの所業を世間に晒してやれ!』
座麻村たちに対しての怒りをぶちまけていた。
しかし、どれだけコメント欄が怒ろうとも取り残されたシホミィの状況が変わるわけはなく。
『シホミィ! 俺たちもなんとかしてワイバーンから逃げるんだ!』
『で、でも! そうしたらこのワイバーンはどうなりますか!?』
『知らん! 協会の連中が何とかするだろ!』
『む、むむぅ』
『カメラマンの言う通りだ!』
『なんでも良いから逃げて!』
『この状況なら逃げても罰されることはない。だから早く離れるんだ』
「みんなも心配してくれてたんだよね。でも、ごめんね」
信歩だけはこの時のシホミィが何を考えていたのか手に取るように理解できた。
全の言葉やコメントの内容も全て理解した上で、信歩はニコリ笑って呟く。
「危険なモンスターを野放しにして逃げるなんてできないの。だって私ダンチューバーだもん」
画面の中のシホミィが、やる気に満ちた表情をして言った。
『なら、ワイバーンを私が殺ってやりますよ! そうすれば解決です!』
『うぉい! やめろって!』
全の必死に止める声が聞こえるが、そんなのはお構いなしにシホミィがビシッとワイバーンを指さした。
『あぁぁぁぁぁぁ! このパターンは!!!』
『うわぁぁぁぁぁん。シホミィちゃんの持病がぁぁぁぁ!』
『ダメだ。この子はもう手遅れだ』
そしてニヒルに笑ってワイバーンに宣言した。
『おい、トカゲ野郎! 今からボコボコにしてやるからなぁ! 覚悟しやがれぇ!』
「さすが私! 神配信すぎるわ!」
シホミィの
シホミィとワイバーンの戦いが開始された。
画面の中では盛大にワイバーンに喧嘩を売ったのにも関わらず、チマチマと魔法を当てながら移動を繰り返しているシホミィが映っている。
『おい、以外とワイバーンと戦えてないか?』
『ナイスボンバー!』
『魔法でいい感じに牽制できているのがでかいな。無理に攻めていないのもポイントが高い』
じわじわと距離が縮まっていく両者。
突進ばかりをしていたワイバーンも、距離が近づいたことで別の動作を見せた。
その瞬間、全からシホミィにアドバイスが飛ぶ。
『シホミィ退がれ! 尻尾がくるぞ』
『は、はい!』
全に言われて動いたシホミィがギリギリで尻尾を避ける。
『うおおおおおおおおお!』
『あ、当たったかと思った』
『あのカメラマン、よく見てるな。いいサポートだ』
「うんうん、全さんに言われてなかったら当たってた自信ある」
一瞬の攻防にコメントも信歩も目が釘付けになっている。
続くワイバーンの攻撃もシホミィはギリギリで回避し、コメントたちを沸かせていた。
さらにシホミィは自身の力だけで尻尾の攻撃を避けて見せる。
『ふっふっふー。その攻撃はもう見切りましたよ? 残念ですね!』
『すげええええ! めっちゃ見切ってるやん!』
『つおい』
『一度避けたことで何か掴んだのか?』
「まぁね。私くらいになればこれくらいはね」
ワイバーンの相手にドヤ顔で胸を張っているシホミィとその活躍を褒めまくるコメントたち。
さらには全から攻撃のアドバイスまで飛び出し、戦いはより一層激しくなっていった。
『目に魔法当てるとかむずくね!?』
『なんか今スライムに当てるようにって聞こえた』
『ワイバーンとスライムって全然違う……あ、当てた!?』
『マジか!?』
『ナイスボンバー!』
「うんうん、ここまでは良かったのよ」
シホミィの魔法がワイバーンの目に命中し、勢い付くコメントたち。
魔法を当てた本人も嬉しそうに喜んでいる。
しかし……。
『やば! 避けないと……くぁっ!』
『シホミィが攻撃をもらった!?』
『そんな、勝てるかもって思ったのに』
『ギリギリで避け損ねた感じか。このダメージが響かないといいが』
油断して攻撃を避け損ねたシホミィが足を負傷。おまけに自身を爆破しての緊急回避まで使用した。
まさに一瞬の気の緩みが招いたピンチだ。
『横に飛べ! ブレスだ!』
『女は度胸! うらぁぁぁぁ!』
「あいたたたた。我がことながら痛々しいわね」
ボロボロになりながらも、特大の炎を避ける避けるシホミィ。
しかし彼女の状態はもうすでに満身創痍だ。
様子を見守っていたコメントもどんどん悲観的なものになっていった。
『なんだよあれ……反則じゃないか』
『どうしたらいいの? ねぇ!?』
『これがSランクのモンスター……』
『もう十分だってシホミィ!』
『お願いだから逃げて!』
リスナーのコメントと同じように、すぐそばでカメラを回していた全も同じ思いを抱いたのか、シホミィに対して声を上げた。
『シホミィもう逃げるんだ! 怒ったワイバーンの相手は無理だ!』
『い、嫌です! 私は戦いますよ!』
『撮れ高のためか!? そんなのはいいから逃げるんだ!』
『違いますよ! このまま私が逃げたら、他の誰かがワイバーンの犠牲になる可能性があるんです! こいつを始末するまでは安心して逃げれません!』
『でも、だからと言って!』
シホミィの信念が垣間見え、全は言葉に詰まってしまう。
そしてそれは、コメント欄も同様だった。
『シホミィちゃん……』
『うわぁぁぁぁぁん』
『あぁ、そうだった。彼女はこういう優しい子だったな』
画面の中のシホミィは傷ついた足を震わせながら立ち上がる。
『ま、まだやれますよ………』
ワイバーンを見据えながら、まだ戦う姿勢を見せたシホミィ。
プツン──
そして、ここで映像が途絶えた。
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