第21話 信歩の配信チェックその3

 池袋ダンジョン前で、ギルドメンバーに迎えられ無事を喜びあった信歩しほたちは、一旦解散となった。


 ダンジョン探索からの激しいワイバーン戦を繰り広げた信歩は、帰宅してすぐシャワーに直行。


 汚れや汗を綺麗さっぱりと落とし、生乾きの髪の毛をタオルで拭いながら、パソコンの前に腰掛けた。



「ふぅ。さっぱりした」



 やっと一息つけたことで、完全にオフモードとなった信歩。彼女はパソコンを起動しながら笑みをこぼす。



「ぷふふふふ! それにしてもぜんさんの反応は最高だったなぁ」



 彼女が思い起こしたのは、最後に全が見せた悶絶の様子だ。


 ミノタウロス戦のラストのように驚かせたいと思っていた信歩にとって、全のリアクションはまさに求めていたものだった。



「ドッキリの成功企画みたいにして、あのシーンだけショートであげてもいいかも。ぷふふふふ。ホント、全さん最高すぎ」



 信歩にとって今日の配信も大収穫と呼べるものだったのだろう。非常にご機嫌だ。


 そんな気分がいい彼女は軽快にパソコンを操作し、自身の今日の配信動画を開く。



「明日は朝から用事があるから、今日の撮れ高シーンだけチェックしようかな。とら、かめ、ふくろー」



 彼女の呼びかけに応えて読み上げぬいぐるみたちが動き出す。


 いつものように、モニター前に集まったぬいぐるみたちを見て信歩は微笑む。



「虚無スライムの部分は飛ばしてっと。ここね」



 画面に映し出されたのは、座麻村ざまむらパーティが現れたシーンだ。




『えっと、誰でしょうか?』



 座麻村たちについて知らないシホミィが、おずおずと肩に乗った虎のぬいぐるみに話しかける。



『シホミィ知らないのか!? あれは〈ブラックサウルス〉の座麻村パーティだ! 全員Aランクだぞ!』


『えぇ! そんなすごいパーティがなんで!?』



 画面の中で驚いた様子を見せるシホミィ。


 視聴者の中にも、このコメントで座麻村たちを知った者も多かったようで、彼らに関するコメントが加速していく。

 


『なんだこいつら?』

『ガラ悪そう、シホミィちゃん大丈夫?』

『あまり評判のいい冒険者じゃないよ』



 そんなコメントを見た信歩は言う。



「やっぱり、みんなからの評判もすごい悪いのね」



 座麻村たちへの印象が自分とそう変わらない様子を知って安堵する信歩。


 自分の直感は間違ってなかったと、胸を撫で下ろした。



 映像の中の座麻村たちはシホミィを無視して、全へと話しかける。



『だっっっっせぇ真似してるなぁって思ってよぉ!』


『ぷはははははは! 落ちこぼれカメラマンにはお似合いだぜぇ?』



 その嫌味ったらしい顔から放たれるのは、全をバカにする言葉と下品な笑い声ばかり。


 カメラを持つ全に話しかけている様子が、まるで画面に向かって話しているように見えるので、コメントたちの反応も刺々しいものが多い。



『こいつら感じ悪いな』

『この人たちシホミィのことも見下してる?」

『上位の冒険者は闘争心が強い者が多い。だから喧嘩っ早くて攻撃的な奴が多いんだ。こいつたちもその類じゃないかな』

『品が無さすぎる0点』

『Aランクだかなんだか知らないが、人として終わってるわ』



 リスナーたちによる大ブーイングの嵐。

 それくらい、座間村たちは彼らのヘイトを買う言動をしていたわけだ。


 荒くなってきたコメントに合わせるように、ぬいぐるみたちの動きも荒々しい。



「ほんと、血の気が多い代わりに、デリカシーと思いやりが無い人たちね」



 座麻村たちにいい印象を持っていない信歩も、彼らに対しては厳しい言葉を向けるていた。



 ところが、座間村が全についての話を始めると、コメントの様子が一気に変わった。



『俺たちから戦い方を学んだ完塚かんづかが戦えるのは当たり前なんだよ!』


『元Aランクパーティのカメラマンだと!?』

『それで、あんなに強かったってコト?』

『なるほど。この新しいカメラマンはAランクパーティの戦い方を真似ただけってことか』



 座間村たちが告げた全についての話を鵜呑うのみにしていくリスナーたち。



『ってことは俺たちはまんまと騙された?』

『何者だすげーって言ったやつ出てこい』

『俺は最初から、このカメラマン胡散臭うさんくさそうだなって思ってたがな』


「あらら、リスナーさんたちが相手の言い分をまんまと信じちゃってるじゃない。まぁでも、ここだけ見たらそう思うかもね」



 この時点で8割のリスナーが座間村たちを信じているようだ。


 ぽっと出の全に対して、視聴者の中でも評価が分かれていたのだろう。

 座麻村の言葉をきっかけに全への批判が増していた。


 一方、画面の中ではシホミィが座麻村へと詰め寄っていった。どうやらあまりにも全を馬鹿にしたことで怒っているようだ。

 

 しかしそんなシホミィに対しても座間村たちの口撃は止むことがなく。



『エンタメ系ダンジョン配信って何だ? 作りもんって事だろ?』


『そ、それは見る人が楽しめるようにとですね……』


『かぁーっ。そういうの困るんだよなぁ。俺たちみたいにガチで攻略してるモンからしたらホント迷惑』



 明らかに喧嘩を売っているとわかるような態度の座間村たち。

 それを見たリスナーたちの反応は……。



『はい、こいつらライン越えたわ』

『攻略勢の自分たちは上って意識、マジでキモすぎ』

『〈ブラックサウルス〉通報しました』


「そりゃみんな怒るよね。私ももっと上手く言い返せたらよかったんだけど……」



 全が矢面に立っていた頃とは打って変わり、コメントは完全にシホミィを擁護している。


 好き勝手言ってくる座間村たちと、同じくらいの熱量のコメントたち、そしてしどろもどろのシホミィ。


 そこに全の言葉が響き渡る。



『さっきから聞いていれば、好き勝手言ってるな』


『あぁん? なんだ完塚ぁ?』


『お?』

『へ?』

『新しいカメラマンどした?』



 座麻村もコメントたちも、急に喋り出した全の声に反応をする。



『ちゃんとダンジョンの情報を発信しようとしているのはどっちも同じだろ。それを馬鹿にするのは違うんじゃないか?』


『おぉ!』

『へぇ、ここで動いたのはポイント高い』

『さっきまで黙っていたのに、やっと声を上げたな』



 まるで視聴者たちの声を代弁をするような全の発言に、コメントから喜びと期待が見え始める。


 言われた本人である座間村は再びカメラ目線になると、嫌味ったらしく声を上げた。



『ハァ? ここは生きるか死ぬか、勝つか負けるかの戦場だっての。完塚ぁ、お前勘違いしすぎだぜ?』



 エンタメ系配信を完全否定する座麻村。

 そこを全がきっちり反論する。



『勘違いはお前たちだ。ダンジョンで勝手に生き死にをして、勝手に勝ち負けをやってるだけじゃないか。ただ博打を打ってるだけだろ。それを押し付けんなよ』


『こんの野郎ぉぉぉぉぉ!』



 全が見事に座間村を言い負かした瞬間。



『おい、このカメラマンいいぞ! もっと言ってやれ!』

『カメラマンさん草。相手顔真っ赤ですやん』

『プギャー! 勘違いクズが言い負かされてるの最高なんだけど』

『それを押し付けんなよおじさん「それを押し付けんなよ」』

『おい、なんか卑猥だからおじさんやめろ』



 大量のコメントが寄せられたようで、ぬいぐるみたちは非常に騒がしい。

 そんな中、信歩は全の気遣いに改めて気付いた。



「今まで極力喋らないようにしていたのに、これって私を助けるため……だよね」



 いいように言われていたシホミィだったが、全が出てきたことで、座間村のターゲットは完全に全に向いた。

 まるで全が座間村のヘイトをあえて持って行ったかのように。



「こんなところでも、助けられてたんだ……」





 その後も、全と座間村の舌戦は続いたが、座間村たちが口論を避けて誹謗中傷のような事を言い出した。



『ダンジョンに寄生しているだけの雑魚ギルドと冒険者に寄生するだけの完塚。案外お似合いだと思ってなぁ!』


『ギャハハハハハハハハ! ザマちんそれな!』

『ふし穴寄生指示厨と寄生ギルド爆誕! ぷははははははは!』



 しつこく全たちに口撃を続ける座間村たち。対してコメントぬいぐるみたちは呆れ気味の様子を見せた。



『だめだこのクズパーティ、考えが腐ってやがる』

『言ってることただの悪口じゃん。カメラマンも〈ムーンキャッスル〉も完全にバカにしてるんだけど』

『要するに自分たちの戦い方を真似たから寄生って言ってるわけだ。その論理ならすべての冒険者が誰かの寄生になるんだが』



 なかなか荒れた内容の配信ではあるが、こういった他の冒険者たちとの揉め事は、ダンチューバーあるあるだったりする。


 和解するケースもあれば、そのまま暴力沙汰になるケースもあり、結果はまちまちだ。


 そんな冒険者同士のぶつかり合いだが、今回は思わぬ形で終息を迎えた。




 ワイバーンの登場だ。


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