第20話 またやりやがった

 シホミィが絶叫している間にカメラの回収を済ませようと辺りを見渡す。



「あれ? たしかこの辺に置いたはずなんだが……」



 おかしいな、どこにもないぞ。


 すると俺がキョロキョロしている様子に気づいたのかシホミィが話しかけてきた。



「どうしましたか?」


「いや、俺のカメラが無いんだ」


「あー、それなら拾っておきましたよ! はい、どうぞ!」


「お、おう」



 ちょっとまて、こいつまた俺の姿を撮ったりしていないだろうな?


 シホミィからカメラを受け取った俺は、素早くカメラの状況をチェックする。


 うーん、問題はなさそうだ。ちゃんと電源も落ちている。

 流石にギルドに怒られれば、同じことをするわけがないか。


 疑った俺の心の小ささが少し恥ずかしい。



「それよりもぜんさん! 腕は大丈夫なんですか!?」


「あぁ、さっきポーションを飲んでおいたからな。これくらいの傷ならすぐ治るはずだ」


「よかったぁ」



 そう言って心底安心したように微笑むシホミィ。

 ここだけ見たら心優しい女の子なんだけどな。



「イレギュラーの騒動もあったことだし、今日はもう戻るか」


「そうですね! そうしましょう!」






 無事にダンジョンの1階まで到達した俺たちは、普段よりも人が多くて騒がしくなっていた入り口を抜けて外に出る。


 その瞬間、最近聞いたばかりの声が聞こえてきた。



「あー! シホっちたちが出てきたよ!」

「あら、どこかしら?」

「……あそこ」



 声の聞こえた方向を見ると、そこにはゆみまると、月詠つくよみさん、そして時雨しぐれさんまでもがいた。



「あれ? みなさんどうしたんですか!?」


「どうしたじゃないよシホっち! イレギュラーに遭遇したって聞いて、慌てて飛んできたんだから!」


「ギルド中が大慌てだったのよ」


「あー! そういうことですか!」



 おそらくだが、ギルドの誰かが配信をチェックしていたのだろう。そこでシホミィのピンチを知って動いてくれたわけだ。



「ううう、でもシホっちが無事でよがっだー!」


「ふふん。あの程度でくたばるほど、やわではありませんよ!」


「ほんと無事でよかったわ」


「……私はあまり心配してなかったけど」



 シホミィの無事を知って泣き出したゆみまると、ドヤ顔で胸を張っているシホミィ。目頭を手で拭いながら微笑んでいる月詠さんと、無表情の時雨さん。


 なんともカオスな状況だ。



「でもシホミィちゃん。これだけは言っておくわよ」


「え? は、はい! なんでしょう!」


「いくら他の冒険者の危機だからって、自分にできることとできないことを見極めないとダメでしょ」


「う、うう、はい」



 普段は優しい月詠さんだが、言うときは言うんだな。


 流石のシホミィも月詠さんに言われたら、素直に頷いている。



「本当にそれ! いくらなんでもワイバーンを相手にするなんて、シホっちは無謀すぎるよ!」


「……私でもワイバーンの相手はしんどい」


「いや、まぁ、それはそうなんですが……たはは」



 みんなの言葉は俺の耳にも痛いものだ。

 俺がしっかりシホミィを止めていれば、ここまで心配させる事はなかった。


 もっと突っ込んだことをいうなら、俺と座麻村ざまむらの関係性が、シホミィを巻き込んだようなものだ。



「みんな申し訳ない。元はと言えば俺が悪いんだ。座麻村たちが俺に突っかかってこなければ、こんな事態にはならなかった」


「何言ってるのよ、ぜんくんはまったく悪くないじゃない」


「そうだよ! アイツらが勝手に絡んできただけでしょ! 全っちはむしろ被害者だよ!」


「ここに〈ブラックサウルス〉の肩を持つ人はいないわ。安心して」



 俺自身は前のギルドの問題を持ち込んでしまった気持ちで一杯だったが、みんなの温かい言葉を聞いて胸が熱くなる。



「それに私の前のカメラマンもいましたからね。全さんだけを狙ったわけじゃないと思いますよ!」


「あぁ、そういえば後ろにいたな」



 たしかに、あのカメラマンはシホミィに対して割と辛辣しんらつなことを言っていた。そこにも何かしらの因縁があったということか。



「それよりも全くんがいてくれて助かったわ」


「ホントそれ! 今回もシホっちの事を助けてくれてありがとう!」


「……私からもお礼を言わせほしい」


「え? 俺が助けた事をみんな知っている? なんで?」



 ワイバーンとの戦いは配信していない。なのに彼女たちの間では俺がなんとかしたことになっている。

 その情報はどこで手に入れたんだろうか。



「へ? 全っちはわかっててやってたんじゃ? あれあれ?」


「シホミィちゃん。全くんに何か言わないといけないことがあるんじゃない?」


「うっ……いや! これには深いわけがあってですね!」


「……ワイバーン戦、すごく参考になった。次は私も首を切ってみる」



 みんなの様子がおかしい。時雨さんにいたっては、まるでワイバーン戦を見ていたかのようだ。



「配信は止めたはずなんだが……まさか!」



 俺はすぐにシホミィの方を向いた。


 すると彼女はバツが悪そうに、上目遣いで答えた。



「たはは……えっと、その。は、配信しちゃいました」


「ワイバーン戦をか!?」


「そうです。全さんの勇姿を、その、最後まで……」


「マジかあああああぁぁぁ!!!」



 なんてことだ。あれだけ注意されたのにも関わらず、またまた配信に俺の姿が映ってしまった。しかも最後までって事は結構な時間だ。


 月詠さんには、これ以上映るなら覚悟するようにって言われていたんだぞ!


 覚悟、すなわちギルド加入キャンセルだ。

 俺みたいな大人なら、そんな言葉の裏ぐらい簡単にわかる。


 せっかく、職も住む場所も見つかったと思ったのにぃぃぃ。


 頭を抱えて悶絶する俺。


 そんな俺の肩にポンと触れた手があった。


 誰かと思って見てみると、そこには満面の笑みを浮かべたシホミィが……。



「ちなみに、今もこの様子を配信してますよ!」


「はぁあ!?」



 辺りを見回すと、時雨さんの手にカメラがあることに気づいた。


 時雨さんは無表情でこちらに軽く手を振っていたりする。


 改めてシホミィを見ると、彼女は瞳をキラキラと輝かせて、俺にグッと近づいてきた。



「ふふふふふ。最っっっ高の撮れ高になりました! さすがは全さんですね!」

 


 そう言ってシホミィは、人によっては見惚れるような、俺にとっては悪魔のような笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る