第19話 全 VS ワイバーン

ぜんさん!?」


「いいから下がってろ。ここからは俺がやる」


「は、はいっ!」



 配信は止めた。なので遠慮なく戦うことができる。


 俺は突進してきたワイバーンの頭を避けて懐に飛び込むと、そのままワイバーンの足を蹴り上げた。


 俺に足をすくわれたワイバーンは頭から落ちて地面を滑る。



「こいつは完璧に立ち回れば問題ない相手だ。よく見ておけ」



 シホミィの最初の立ち回りは良かった。ワイバーンの目を狙えたのも高評価だ。

 だが、怒ったワイバーンの相手はまだまだだった。



「わかりました! 端の方に下がっておきますね!」



 足を引きずりながら移動を始めたシホミィを見てうなずく。


 よし、ワイバーンもそろそろ立ち上がる頃だろう。

 しっかりと攻撃を見極めていかないとな。


 ワイバーンに関しては残念ながら戦闘経験は無い。

 だが知識は持っている。


 それに所詮はダンジョンのモンスターだ。弱点だってある。

 立ち回りさえ失敗しなければ問題ないはずだ。



 起き上がったワイバーンが俺の方を向くと巨大な咆哮ほうこうを上げる。



「あ、こんなところにカメラが……」


 ギャオオオオオオオオオオン!!!



 今シホミィが何か喋っていたような気がするが、ワイバーンの咆哮でかき消されてしまった。


 しかし、今は聞き返す余裕はない。


 大きく首をのけぞらせたワイバーンを見て、俺は素早く斜め前へと移動する。


 この攻撃動作はブレスだ。攻撃範囲はもう見切った。


 俺の真横をワイバーンが放った高熱の炎が通り過ぎていく。


 ここで少し隙が生まれた。


 素早く前にステップをすると目の前には無防備なワイバーンの頭。



「ブレスを吐くために頭を下げたのが失敗だったな」



 弱点の目が剣士でも届く範囲に降りてきている。こんなチャンスを無駄にするわけがない。


 俺はシホミィが傷つけた左目へと素早く切りかかった。



 グギャアアァァァァァ!!!



「うおおおおおお! ナイスヒットです!」



 負傷した目に攻撃が入り、鳴き声を上げるワイバーン。まるで俺の剣から逃れるように、頭を大きく横に振った。



「さすがにこのまま斬らせてはくれないか。それにっ!」



 ダメージを負って頭の位置を変えたワイバーンは、俺に側面を向けるような立ち位置になっている。


 その体が不自然に沈んだ様子を見せた。

 今までに見せたことのない動き。


 俺は素早くバックステップをした。


 ワイバーンから距離を取った瞬間。目の前にワイバーンの胴体が迫る。


 巨体を使った横方向へのタックルだ。


 顔をこちらに向けずに放ってくるので、うっかり巻き込まれることが多い攻撃でもある。


 あの巨体から放たれるタックルだ。当たれば相当な威力になるが、俺の読み通り目の前で止まってくれた。



「あわわわわ! ヒヤヒヤしますね!」


「今のは足を屈めた動作が前兆だ。そこを見逃さなければ、避けるのは難しくない」



 背後にいるであろうシホミィに説明をしながらも、俺はワイバーンから目を離さない。


 ワイバーンが体勢を立て直している間は頭の位置が高いので少し様子を見る。



「次に狙うのはこちらに向き直った瞬間だ。そこで頭の位置が下がってくる……こんな感じでなっ」



 お手本をみせるようにワイバーンの左目を切りつける。


 ギャァっ!!!


 再び弱点を攻められたワイバーンはたまらずといった感じで、頭を大きく上にのけぞらせると、そのまま羽ばたいて空中へと飛び上がった。



「ひゃあっ! 飛びましたよ!」


「あーそうか。こいつ飛べるのか」



 翼をはためかせ、ホバリング状態でこちらを見下ろしているワイバーン。


 こうなると剣士にできることは限られてくるんだが。



「空に飛ばれた場合の対処はいくつかあるが、基本は待ちだ。こちらから何かをしようとしても、大体うまくいかない」



 空中は相手の土俵だからな。まずは相手の攻撃を避けることに専念だ。


 一定のリズムを刻むワイバーンの翼が、急にはためく速度を上げた。これは来るぞ。


 俺は大きく横に飛んで転がる。


 すると先ほどまで俺がいた場所にワイバーンが急降下。大きく地面を抉って再び飛び上がっていった。



「ヤ、ヤバー! なんですかあの速さ!」


「大丈夫だ。見切れない速さじゃない」



 シホミィが驚くのも無理はない。地上よりも空中の方がワイバーンの動きのキレが違う。


 今もまた、俺に狙いを定めて翼をはためかせたぞっと。


 またしても地面を転がって、ワイバーンの攻撃を避ける。

 来るのがわかっていても、あの速さと威力だ。緊張感が違うな。


 何度かワイバーンの空襲を避けていると、諦めたようにワイバーンが降りてきた。



「おぉ! 全さんチャンスですよ!」


「いや、何か様子が違う」



 地上に降り立ったワイバーンは、翼を上下に揺らしながら足踏みをしている。先ほどまでこんな動作は見せていなかったはずだ。


 身構えている俺を見て軽く吠えたワイバーンは、これまでの突進と同じように走って突っ込んできた。


 口からは小さく炎が漏れているし、上体も少し上がり気味だ。普通の突進じゃない。ただ、どんな攻撃なのかは読めない。


 仕方がない、ここは完全に出たとこ勝負だ。


 突進を避けるために、大きく横に移動する。これで突進のルートからは完全に外れた。


 ワイバーンは、俺が元いた場所目掛けて走り込み、そのまま通り過ぎるかのように思われた、その瞬間。



「マジか! 失敗した!」



 器用にバックジャンプをして空中に飛び上がり、弧を描くように炎のブレスを吐いてきた。



「熱っ!」


「ぜ、全さん!」



 慌てて飛び退いたが、回避が間に合わず左腕の一部が焼けてしまった。


 やられたな。完璧に立ち回るつもりだったのに。

 突進キャンセルの空中ブレスはさすがに読めなかった。


 対するワイバーンは俺に攻撃が当たって余裕ができたのか、ホバリング状態でこちらをのんびり見ている。


 ちくしょう。なめやがって。



「全さん! 腕、腕が焼けちゃってますよ!」


「避けきれなかったな」


「そんな! じゃあパーフェクトスキンのスキルも切れちゃったんじゃないですか!」


「ん? あぁ、あのスキルか……」



 ノーダメージ状態なら能力アップするっていう、不安定すぎるスキルの事を言ってるんだよな。



「ヤバいじゃないですか! 能力が落ちたらいくら全さんでも!」



 なるほど。それでシホミィは妙に焦っているのか。


 まったく。俺があんなスキルに頼るわけがないだろう。

 完璧な立ち回りに、不安定なスキルはいらないんだ。



「大丈夫だ。安心しろ」


「で、でも!」



 不安げな声を上げるシホミィの片手を上げて応える。


 手本になるようにと思って戦っていたが、腕を焼かれて気が変わった。

 ここからは手加減抜きでいこう。


 ホバリング状態のワイバーンの翼の速度が上がる。空襲してくる前の動作だ。

 だが今回は大きく避ける必要はない。


 急降下してきたワイバーンの動きをじっと見据える。


 空中から降ってきたワイバーンは、その強靭な足で獲物を抉ってくる。


 それを最小限の動きで避け、剣を一振り。



 ギャアァァァァァァァァァァ!!!



 強襲してきたはずのワイバーンがバランスを崩して落下。盛大に地面を滑って転がった。


 そしてすぐそばには、先ほどまでワイバーンに生えていた翼が落ちている。



「えええ!? うそぉ!?」



 シホミィの魔法に合わせて、あえて目にこだわった立ち回りをしたが、剣で戦うならそんな面倒な事をしなくてもいい。


 片翼が無くなったことで、うまくバランスが取れないワイバーンだったが、それでもなんとか立ち上がった。


 飛ぶことができなくなったワイバーンは、大きく首をのけぞらせる。

 ブレスの前兆だ。


 まぁ、それぐらいしか攻撃方法がないよな。


 俺は素早く前に飛び出すと、そのままワイバーンの首元に向かう。



「これ以上燃やされるのは、ごめんだからな」



 隙だらけの首に一閃。


 ブレスを吐くために伸び上がった首はスッパリと切れて地面に落ちた。


 頭部を失った本体も時間差で倒れ込み、首と翼と本体の全てが霧になって消えていく。



「ええぇぇぇ!?」



 振り向くと、状況が理解できず挙動不審になっているシホミィがいた。



「なんで、スキルが切れちゃったのに勝ってるんですか!?」


「はぁ。あのなぁ、俺があんな不確定なスキルに頼るわけないだろ」


「へ!? どういうことですか!?」


「俺はずっとスキルなんて使わずに戦っているんだ。一時的な能力アップなんかなくても、誰だってこれくらいのことはできる」



 ワイバーンの首も翼も切るタイミングさえ見切れば、特別な力なんてなくても可能だ。


 俺のそんな当たり前の思いとは裏腹に、シホミィの顔はどんどんと驚愕したものになっていき……。



「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ありえないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 いつか聞いた、懐かしい絶叫を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る