第15話 ダンジョンは思い通りにはいかない


 池袋ダンジョンの38階。

 Cランク冒険者の領域で、シホミィの声が響き渡る。



「995! 996! 997! 998!」


『どう もう終わった?』


「……あとちょっとです! もうちょっとで達成しますよ!」


『まだやってるんだ草生える』


「誰だ今、草生やしたやつはぁ! シホミィだってやりたくてやってるんじゃないんですよ!」



 スライムを見つけては、爆破魔法で魔核を撃ち抜いていくシホミィ。


 スライムの体内にはスライムの心臓ともいうべき魔核が存在している。

 魔核を潰されたらやられてしまうスライムは、体内にある魔核の位置を移動させて倒されないように身を守るんだ。


 まぁ、体の35パーセントを吹き飛ばせば魔核とか関係なく倒せるがな。



 今回のシホミィには、この動き回る魔核を正確に撃ち抜いてもらう訓練をしてもらっているわけだ。



「999! 1000! よっしゃあ!」


『おーお疲れシホミィ』


「ハァハァ。これはかなり厳しい挑戦状でした。ですがやり遂げましたよ!」



 仁王立ちをしてビシっと俺を指さすシホミィ。


 配信中なので声は出せないが、指については止めるようにとジェスチャーをする。



「ぁ、えと。さぁ挑戦状は達成です! ものすごく配信が盛り上がらないという魔の挑戦でしたが、やっと終わりました!」


『シホミィも面白くないってわかってて草』


「そりゃそうですよ! 延々とスライムを倒してるだけじゃないですか! さぁ次のお題は何ですか!?」



 かなり不満気なシホミィ。

 何でもドーンと来いって言ってたんだがなぁ。


 面白くないかもしれないが、大事な立ち回りの練習ではあるんだ。


 俺はシホミィに近づき、次のお題が書かれた紙を渡す。



「じゃあ気を取り直して次のお題を読みますね……ふぁ!?」


『なになに? 次は何をするの?』


「レ、レッドスライムの魔核撃ち抜き、1000回チャレンジです……」


『う、うわぁ……』


『シホっち耐久配信頑張ってね。……おやすみ』


『プギャー。ゆみまるも見捨ててるじゃん!』



 内容を知ったシホミィが、やりたくない、やりたくないとカメラに向かって訴えかけるが、俺はゆっくり首を振った。


 このチャレンジがどれだけ大事なのか、全くわかってないな。


 まずスライムの魔核1000回撃ち抜きは、一番早くスライムを倒す方法をマスターするためだ。


 そしてスライムは青色でレッドスライムは赤色。

 色が変わればこちらの認識速度も認識能力も変化する。

 どちらの色でも確実に倒せるようにする為には、両方練習するのが大事なんだ。


 俺が配信続行の合図を送る。



「じ、じゃあ……次はレッドスライムを……」


『まだやるんか草』



 渋々といった様子のシホミィだったが、次の瞬間その表情が一変した。



「レッドスライムを探すフリをして、モンスターの群に突っ込もうと思います!」



 いたずらっ子のような顔になったシホミィがダンジョンの奥へと突っ走っていった。


 出たぞ、シホミィの暴走だ。


 俺は、撮れ高ーと叫びながら走り去ったシホミィを追いかけた。



「あ、あれ? なんでスライムとレッドスライムしか湧いていないんですか!?」



 あまり人通りのない場所は、モンスターが溜まっていて危険な場所になっていることがある。誰も狩りに来ないのでモンスターがあふれてしまっているんだ。


 そんな場所へと突っ込んで行ったシホミィだったが、彼女の予想通りとはいかなかった。



「仕方がないので、レッドスライムを殺っちゃいますが、これはどうしたものでしょうか……」


『掃除屋が狩ったにしては、スライムとレッドスライムだけ残っているのはおかしいよね』


「そうなんですよ。運が悪かっただけですかね。ここを処理したら次に行きたいと思います! マナバースト!」



 これも実は俺の想定していた出来事だったりする。

 シホミィの暴走の可能性を考えて、この階層の危険な場所は全て事前に潰しておいた。



「ここも2種のスライムしかいません!」


『またハズレか』


「ここにも!」


『シホミィ引き弱過ぎじゃない?』


「……ここもです」


『……さすがに可哀想になってきた』



 なので行く先々でシホミィの予想はことごとく外れる。



「こうなったら、意地でも他のモンスターと戦ってやりますよ! 見ていてください!」



 そう言うと、シホミィはモンスターの溜り場ではない方向へと足を向けた。



「ふふふふふ。これです! このトラップを起動すればいいんですよ!」



 シホミィのすぐそばには、モンスターを召喚するダンジョントラップがある。


 ダンジョン内がある程度解明されている階層は、トラップ情報もほとんどが出揃っている。なので、この召喚トラップも割とメジャーなものだ。


 ちなみにこのトラップは、モンスターを瞬時に呼び寄せるものなので、危険度は高い。



「じゃあ行きますよ! こい! スライム以外のモンスター!」



 楽しそうにトラップを起動させるシホミィ。


 しかし現れたのは……。



「な、な、なんでスライムばかりなんですか!!!」


『大草原不可避なんだが。ほらチャレンジが待ってるぞ』


「ううぅ、なぜですか! ひどいじゃないですか! こんなスライムばかりの虚無配信したくないんですけど!」


『終わったら起こしてください。おやすみなさい』


「あぁ、リスナーの方たちが離れていく……」



 うなだれているシホミィを見て少し可哀想だとは思ったが、これも事故を防ぐための処置だ。


 この召喚のトラップ、実は周囲に生息しているモンスターを呼び寄せるだけのものだ。

 なので、この周りのモンスターをスライム系だけにすれば、簡単に内容をコントロールできる。



「……こうなったら最後の手段に出ます」



 召喚したスライムを片付け終わったシホミィが意を決したような顔をする。


 俺はその様子をじっと眺め、何が始まっても良いようにと身構えた。



「もう一度ボス部屋に特攻してやりますよ!」


『マジか! りてないのか!?』


りてますよ! でも早く撮れ高を用意しないと致命傷になるので!」


『いや、これはこれで面白いが』



 まったく、どれだけ撮れ高が大事なんだろうか。ここまで必死だと逆に尊敬してしまう。


 だが、悪いなシホミィ。

 それも想定済みだ。


 ボス部屋に到着したシホミィが声高々に、ミノタウロスに宣言する。



「さぁ! ミノタウロス・ザ・リベンジですよ!」


『シホミィそれ意味逆』


「うるさいですよ! 集中しているん……ですか……ら…………えぇぇぇぇぇぇ!」



 そっとカメラを置いた俺は、シホミィが視聴者さんとたわむれている間に、ミノタウロスに接近。


 こんなこともあろうかと、前回の配信からミノタウロスの弱点は徹底的に調べておいた。


 ミノタウロスの背後に回って首の裏を手早く切り裂く。

 するとたった一撃でミノタウロスはダウンし、そのまま霧となって消えていった。


 それを見たシホミィが絶叫をあげる。



「私の撮れ高があああああああああ!」


『え? ミノタウロスもう死んでるじゃん』


「やられました! そうか! そういうことだったんですね!」



 何かに気づいた様子のシホミィが、カメラを持ち上げた俺に視線を向ける。



ぜんさんがミノタウロスを片づけたのを見ましたよ! 道中にスライムしかいないのも。罠を踏んでもスライムしか出ないのも全てあなたの仕業だったんですね!」


『なになに? 全さんって誰?』


「あぁすみません。カメラマンさんのことです。皆さん、これまでの異常なダンジョンの様子は、このカメラマンさんが仕組んだことだったんですよ!」


『ナ、ナンダッテー』



 思いっきりドヤ顔をしているシホミィに向けて、俺はカンペを掲げる。



「おや、カンペですか。『ふふふ。バレてしまったようだな。そう、あれもこれも、全て俺の手の内だったのだ。それがわかったのなら早くスライム退治に戻りなさい』……や、やっぱりそうだったんですね!」


『カメラマンさんのスライムへの執着やばくて草』


「くっ、このまま私に虚無配信を続けろと言うのですか!」



 こくこくとカメラを頷かせて意思表示をする。



「むきーーーーーー! 断固拒否します! もう1000回もやったので十分でしょう!」


『スライム逃げて! このカメラマンさん、たぶん親友をスライムに殺されてる!』


「え? そうなんですか?」



 んなわけあるかい。特訓のためだっての。


 俺はカメラを横に振って、違うという意思を表明する。



「あ、よかった。……じゃなかった、ならもうスライムはいいじゃないですか!」


『ちょっと安心したシホミィ。素が出てるぞ』


「うるさいですよ! 素とか言わない!」



 俺まで巻き込まれてなんともにぎやかな様子になった。主にシホミィが叫んでいるだけではあるが。



 だがそこに、予想外の声が響いた。





「ザマちん! あそこにいたぞ!」


「お、ホントだ。でかしたぞ」



 聞き覚えのある声に、反射的にカメラを向けてしまう。


 ボス部屋前。


 そこに現れたのは俺が以前所属していた座麻村ざまむらパーティだ。


 彼らは俺とシホミィを見つけると、喜色を浮かべて言った。



「よぉ。久しぶりだな。完塚かんづかぁ」


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