第13話 信歩の配信チェックその3と座麻村たち
ミノタウロス戦を終えた
そこで〈ムーンキャッスル〉からの呼び出しを受けて、ギルドハウスへと向かった。
なぜ呼び出されたのか。それはシホミィの配信に思いっきり全が映り込んでしまったからだ。
ギルド的には、今回の配信は審議が必要となったらしい。
で、いろいろなお小言を言われたりもしたが、後の判断は勝手にやってくれと丸投げし、信歩は先に帰宅した。
翌日。
「動画はそのまま残してオッケー。今後は気をつけるようにってワケね」
ギルドからの連絡をスマホで確認し、信歩はパソコンへと向かう。
問題無しとなったのなら、彼女がやることは一つ。
配信のチェックだ。
寝起きのだらしない格好で、青と白の2色を使ったゲーミングチェアに座ると、椅子の上であぐらをかいた。
年頃の娘がやる格好ではないが、それだけ彼女がリラックスしている証でもある。
「とら、かめ、ふくろー。コメント読み上げお願い」
彼女が声をかけると3匹のぬいぐるみが起動。まるで生きているかのように、モニターの前まで移動した。
ぬいぐるみたちの準備が整ったのを確認した信歩は、軽快な動作で昨日の配信の再生ボタンを押す。
『みんなおはよう〜!』
『シホミィちゃん、おはよう!』
『おはよう。配信大丈夫?』
『楽しみにしていました。おはようございます』
画面に映るシホミィに向かって挨拶を返すぬいぐるみたち。
その様子を微笑ましく見守りながら、信歩の配信チェックが始まった。
『ナイスボンバー!』
『ナイスボンバーたすかる』
『シホミィちゃんの爆発は見ていて元気が出ます』
シホミィがモンスターを爆発させるたびに、コメントからは歓声が
『うおぉぉぉ! 爆散したい奴だけ前に出ろぉ! マナヴァストォ!」
『シホミィちゃんノってるねぇ』
『モンスター相手だけ口悪いのなんなの?』
『お口ワルワルシホミィ定期』
「ぁぅぁぅ。ちょっとテンションが上がってるだけなのに」
画面の向こうで高笑いをしながら、モンスターを爆発させるシホミィ。
絶妙なカメラアングルで撮られたその映像は、まるで弱者を痛ぶる悪役のようにも見える。
その様子を見てまたまた盛り上がるコメントぬいぐるみたち。
「しかも全さんのアングルハマりすぎちゃってるし……まぁ盛り上がってるならいっか。ふふっ」
ぬいぐるみたちの様子と、大量に流れているコメント欄を見て、信歩は細かいことを気にするのをやめた。
ここまでは爆死しているモンスター以外は比較的平和な配信だ。
ところが、シホミィがボスに関して言及したところから、コメントの状況が変わった。
『ふふふふふ! 気づいた人もいるみたいですね! そうです、これから40階のボスに挑戦します!』
『ソロボスとかもっと格上がやる事だぞ!』
『やめて、本当に見てられないから』
『ミノタウロス相手に、今のシホミィが勝てるとは思えませんよ』
ほぼ全てのコメントが反対意見をみせたが、画面の中のシホミィはなんだかんだと理由をつけて奥へと進んでいく。
「まぁみんなの気持ちはわかるけどね。これだけ注目してもらえるんだから、やらないわけにはいかないでしょ」
普段以上に増えたコメントを見て、信歩はうんうんと
そしてついにシホミィはボス部屋へと入り、ミノタウロスと対峙。
開幕の攻防が行われ、その様子を見たコメントも加速する。
『ミノタウロス、マジで大きいな!』
『今からでも間に合うから、救援を呼んでよシホミィ!』
『魔法があまり効いていない。これは厳しいぞ』
彼女の戦いぶりに対して、あまり乗り気でないコメントばかりだったが、配信のある地点からそのコメントが激変した。
ミノタウロスの攻撃をモロに受けたシホミィが、画面外へと飛んでいったところからだ。
『ヤバい! シホミィがやられたぞ!』
『どうすんの!? これ放送事故だよ!?』
『遠距離職がミノタウロスの攻撃を受けたらもう無理だ。最悪即死している可能性がある』
『そ、そんな!!!』
何が起こったのか。視聴者の見たい気持ちとは裏腹に、カメラは地面を映しているだけだ。
異常事態を察したリスナーたちは、あーでもないこーでもないと、推測を繰り広げ始める。
楽観的なものから悲観的なもの、応援を要請するものなど、さまざまなコメントが寄せられていた。
「みんな心配してくれてありがとう」
自分のことをこんなにも思ってくれている人がいると実感し、信歩の心が暖かくなる。
「でも、この事態も実は想定していたんだよね。だって撮れ高の神がいるんだもん」
信歩がそう言った瞬間、カメラのアングルがぐるりと変わり、土埃を付けたシホミィの姿が映った。
『シホミィ!』
『生きてた! おい、生きてたぞ!』
『よかった。今ならまだ間に合う。すぐに救援を要請するんだ!』
ボス部屋は出ることはできないが、新たに入ることは可能だ。視聴者はその仕様を利用して助けを呼べと言っている。
しかし、カメラに映るシホミィにその声は届いていない。それどころか、いたずらっ子のような顔を見せた。
『みんなに言ってなかったことがあります。実は新しいカメラマンさんなんですが……以前イレギュラーから私を助けてくれた方なんです』
『は?』
『え?』
『どういうこと?』
困惑するコメントが流れていき、画面には全の姿が映し出された。
『お、おい! あれってサンダーエレメンタルの!』
『マジか。あの強者がカメラマンってこと?』
『これシホミィの生還ルートあるぞ!』
「んふふ、みんなびっくりしてくれてるみたい」
コメントの反応は驚き半分期待半分といったところだろうか。それをぬいぐるみたちは器用な動きで表現している。
『なのでここからは、カメラマンVSミノタウロスをお届けしようと思います! うちのカメラマンの強さ、存分にお楽しみくださいね!』
『マジかマジかマジか!』
『あいつ1人でどうにかなるのか?』
『シホミィちゃんの期待を考えると、案外いけるのか?』
『カメラマン、責任重大だぞ』
「そうそう、ここからが最高に面白いところ! 撮れ高ポイントよ!」
盛り上がるコメントに対して、得意げな表情で喜ぶ信歩は、そのままモニターに釘付けになった。
シホミィのカメラワークは、お世辞にも上手いとは言えない。だが、全とミノタウロスとの戦闘の要所はしっかりと捉えている。
「ひゃー! すごい!」
『え? 今何したん?』
『ミノタウロスの攻撃を前に飛んで避けた!? バカじゃねぇの!?』
『普通タンクに受けさせるか、後ろに下がるだろ!』
全のありえない立ち回りに、ざわつくコメントぬいぐるみたち。
『避けすぎじゃね? ミノタウロスさん涙目なんだが』
『1発も当たらん』
『特段動きが早いってわけじゃないな。なんだか当たらない位置に先に動いているように見える』
全がミノタウロスを手玉に取るように動くと、それに合わせてコメントも加速する。
『マジでのこの人強くないか?』
『あのでかいミノタウロスが転がされてる……』
『ありえん。全部の攻撃を最適解で
手も足も出ないミノタウロスの様子を、感心したように見つめるぬいぐるみたち。
『え? ミノタウロスってこんなに弱かったっけ?』
『いや、この人が異常なんだとおもう』
『解析班の者です。サンダーエレメンタル戦を徹底分析した結果、彼は攻撃を完全に見切っているとの結論になりました。おそらくですが、このミノタウロスの攻撃も全て見切っているものと思われます』
『解析ニキキター!』
「そうそう、そうなの! すごいでしょ! 全さんホントすごいんだから!」
コメントの騒ぎようが楽しくて仕方がない信歩。ニヤニヤが治らないので、非常にだらしのない顔になっている。
やがて全がミノタウロスを倒すシーンが映し出されると、コメントはさらに盛り上がりを見せた。
『うおあああああああ! ホントに倒しやがったああああああ!』
『【朗報】シホミィ助かる』
『これだけ完璧にミノタウロスを倒した映像って初めてじゃないか!?』
『シホミィの配信なのに、とんでもないものが映って草』
『全ミノタウロスが泣いた』
『これは、ミノタウロス戦の新しい教材になるかもしれませんね』
最高潮に盛り上がるコメント。それをドヤ顔で見ていた信歩は、カメラが全に近づくのを見て、さらにニヤつく。
「ふふふっ。ここの全さんの反応も最高なのよね」
何かに気づいた全がカメラに向かって恐る恐る
『ちなみに聞きたいんだが、そのカメラで何をしている?』
『撮ってるんですが?』
『何を?』
『
その言葉を聞いて固まった全。彼は数秒の時間を要してやっと声を出した。
『配信してる?』
『もちろん!』
画面外のシホミィが元気よく答えると、全は頭を抱えてのけぞり……。
『なにいいいいいいいいいいい!』
盛大な叫び声をあげた。
「アハハハハハハハハハ!」
期待以上のリアクションを見せてくれた全を見て、モニターの前にいた信歩は手を叩いて大爆笑をする。
「や、やばい。全さんの反応最高すぎるんだけど。アハハハハハハ!」
数分を要してやっと笑いが止まったシホミィ。
彼女は配信動画を見終えてぐっと伸びをすると言った。
「あー面白かったぁ。いやぁ、控えめに言って神よね!」
──────
ギルド〈ブラックサウルス〉の一室にて。
「ザマちん、これ見てくれよ!」
「んあ? なんだぁ?」
そこに映し出されたのは、ミノタウロスと対峙した全の姿だ。
「おい、これって
「そうなんだよ。どうも他のダンチューバーのカメラマンをやってるみたいなんだけど、そのダンチューバーがピンチになったら出てきやがったんだ」
「しかも相手はミノタウロスぅ? あんな雑魚相手にイキってんのかよ!」
映っているのは全がミノタウロスを圧倒するシーンと、それを称賛している無数のコメントたち。
「おいおいおいおい、ふざけんじゃねぇぞ! 完塚がミノタウロスの攻撃を見切れるなんて当たり前じゃねぇか!」
「ホントそれ。俺たちが倒したところを何回も撮ってたもんな」
「ってことは俺たちのおかげってことじゃね?」
座麻村たちはAランクの冒険者パーティだ。
これまでにミノタウロス戦は何百戦としている。
Cランクボスのミノタウロスなんて、彼らからしたら通常のモンスター程度の雑魚でしかない。
「俺たちがAランクのエリアで苦戦してるってのに、あいつは雑魚の領域で俺TUEEEってか?」
「それでチヤホヤされてるとか、俺……許せねぇよ」
「しかも、自分の力じゃなくて、俺たちの力でな」
思うように探索が進んでいない座麻村たちと、パーティを抜けてからチヤホヤされている全。
フラストレーションを溜めた彼らのヘイトは当然のように全へと向く。
「こいつは一度、立場ってものをわからせてやらないとだめだな」
「ザマちん。そんな事どうやってやるんだ?」
「任せろ。俺に考えがある」
そう言って、座麻村は不敵に笑った。
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