第12話 新人カメラマン VS ミノタウロス

 対ミノタウロス戦。


 倒れたシホミィの代わりにこいつを倒してダンジョンから帰る。

 それが今の俺のやるべきことだ。


 ミノタウロスの動きは〈ブラックサウルス〉時代に何度も見ている。

 特に問題なく戦えるだろう。


 シホミィへと追撃をしようとするミノタウロスにまず一発。


 振り上げた斧に力が加わる前。そこを小突いてやれば、簡単に体勢を崩すことができる。こんな感じでな。


 ブオオオオオォォォォォ!


 攻撃を妨害したことでミノタウロスのヘイトを獲得。

 尻餅をついたミノタウロスから怒りの視線を感じる。



「よしよし、こっちだ。俺が相手になってやる」



 シホミィから引き離すように移動した俺は、鼻息を荒くしてこちらへと近づいてくるミノタウロスを見た。


 斧を下げたままの接近。ということは横に大きく薙ぎ払ってくる攻撃だ。


 この攻撃は後ろに避けると風にあおられ、受け止めると大きく弾かれてしまう。

 なので正解は……寸前で前に飛び上がることだ。


 ブォンと鈍い風切り音と共に、ミノタウロスの斧が俺の足元を通過していく。


 すると目の前には斧の遠心力に引っ張られ伸びきってしまったミノタウロスの体が現れた。

 そこをすかさず剣で切りつける。


 ブモオオオオオオオオ!


 ダメージを負ったミノタウロスが暴れ出したので素早く後ろに引く。

 これ以上の長居は反撃を受ける可能性がある。



 さて、次は何をしてくる?


 ドスンドスンドスン!



「地団駄からのダッシュね。オーケーオーケー」



 これは踏みつけ、斧の叩きつけ、踏みつけのコンボだ。

 まともに受ける必要もないので最小限の動きで避ける。……よし問題ない。


 ここで反撃をしたいところだがここは我慢をして観察だ。この動作は次の行動に移るのが早い。


 ミノタウロスがぐぐっと膝を曲げるのが見えたので、俺は猛ダッシュでミノタウロスから遠ざかる。


 力を溜めたミノタウロスが大きくジャンプ。

 3メートルある巨体が、身長以上に飛び上がった姿はなかなかに迫力がある。


 俺を狙って飛び上がったミノタウロスだったが、その場を大きく離れた俺はもう安全圏まで避難済みだ。


 地面が激しく揺れるほどの着地を決めたミノタウロス。だが攻撃はハズレ。



「ここが隙だらけなんだよなっと」



 着地後の硬直中を狙ってミノタウロスに攻撃を入れる。


 ブモオォォ!


 

「はいはい、甘い甘い。慌ててジタバタしたところで、俺はもう後ろに下がっているぞ」



 正直なところ、ミノタウロスの動きは完璧に把握しているので、何をやってこようが全く怖くない。どの攻撃も封殺する自信がある。


 斧投げは余裕を持ってかわし、突進は出鼻をくじいて地面に転がす。

 パンチはカウンターで切りつけてやり返し、蹴りは重心の乗った軸足を叩いてダウンに変える。


 図体がでかいので数回斬った程度では倒せないが、確実にダメージを蓄積させていく。


 こういうとき魔法使いは火力が出て便利なんだよなぁ。うらやましい。

 何か弱点でもあればいいんだが。



 それからしばらくはミノタウロス相手に、ヒットアンドアウェイを繰り広げていたが、結局一度も被弾することは無かった。


 ブ、ブモォォォォ……。


 ミノタウロスが倒れ伏し霧となって消え去る。



「ふぅ、まぁこんなもんか」



 シホミィの獲物を奪ってしまったが、あの事態なら仕方がないだろう。


 配信もめちゃくちゃになってしまった。


 シホミィが吹き飛んだところで配信が途切れたので、視聴者さん的には気が気でないだろう。


 後でスタッフ対応が入って無事だったという情報をシホミィに発信してもらわないとな。


 そんな事を考えてシホミィの方を振り返ると、彼女は少し離れた位置で俺のカメラを持って待っていた。見たところ大きな怪我もなさそうだ。



「まだミノタウロスは早かっただろ? 俺も視聴者さんも止めていたのに、なんで突っ走ったんだ?」


「それはもちろん、撮れ高のためですよ!」


「撮れ高が大事なのはわかるが命も大事だろ。もうこんな無茶はするんじゃないぞ」


「それは出来ない相談ですね! リスナーさん達をドキドキワクワクさせるのがシホミィの使命なので!」



 はぁ、どうしてこいつはこうなんだろうか。命よりも撮れ高のほうが大事ってことか?



「まぁこの話は一旦置いておいて、体の方は大丈夫か?」


「全さんが戦っている間にポーションで回復しておきました。もう全然へっちゃらです」


「そうか、無事ならそれでいいんだが」



 一応、何かあった時に動くのもカメラマンの仕事だからな。緊急対応ってやつだ。


 今回の件は配信内容が途中で変化したことが最大の問題だろう。あのまま散策雑談配信ならこうはならなかったはずだ。


 そんなふうに、今回の反省点を考えていると、この場ではありえないはずの声が聞こえてきた。



『シホミィめっちゃ怒られてるやん』


「え?」


『ってかカメラマンさんヤバすぎ』


「え? え?」



 なぜ、シホミィのコメント読み上げぬいぐるみが喋っているんだ?

 いや待てよ。……なぜ、シホミィはカメラを構えているんだ?


「ちなみに聞きたいんだが、そのカメラで何をしている?」


「撮ってるんですが?」


「何を?」


ぜんさんに決まってるじゃないですか!」



 ……。


 ちょっ……これってまさか。



「配信してる?」


「もちろん!」


「なにいいいいいいいいいいい!」


『カメラマンさんリアクションよくて草』



 よくて草じゃねぇ!

 マジか、配信に映り込むなんて痛恨のミスじゃないか!


 女性ばかりの〈ムーンキャッスル〉の配信に、ガッツリおっさんが映り込むなんて、問題以外の何ものでもないぞ!



『めっちゃ頭抱えてて草』


「ぷぷっ。本当ですね!」



 自分のチャンネルの事なのに、シホミィは気にした様子もなく、視聴者さんとの会話を楽しんでいる。


 いや、待てよ。戦闘終了からここまで、短時間の映り込みならギリギリ大丈夫では?


 サンダーエレメンタル戦の時も俺が映っていたらしいが、時間も短くて緊急だったことから許されたはずだ。



「ちなみに、いつから撮ってたんだ?」


「え? ミノタウロス戦の最初からですよ?」


『こんなに長い時間男が映ったのって、〈ムーンキャッスル〉初じゃない?』


「ぐはぁぁぁ!」



 全然ダメじゃないか!

 

 結構な時間ミノタウロスと戦っていたぞ。


 どうしよう。どうすればいいんだ。


 俺が頭を抱えていると、シホミィが嬉しそうに話しかけてきた。



「全さん全さん!」


「……なんだ?」


「今日はいい絵が撮れました! これで撮れ高はバッチリです!」



 そう言ってとてもいい笑顔を見せてくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る