第10話 シホミィ襲来

 〈ムーンキャッスル〉に所属することが決まり、ギルドが保有しているマンションにまで住まわせてもらえることになった。


 それから数日。


 引っ越し作業も無事に終わり、晴れてあのボロアパートともおさらばできたってわけだ。


 大家さんに鍵を返した時。やっぱり半年分の家賃でいいとか、わけわからない事を言われたが、キッパリと断っておいた。


 というのも、あの大家さんに不信感を感じたからだ。


 月詠つくよみさんに教えてもらったが、俺の実家が一方的に保証人を辞めることはできないんだそうだ。保証人を降りるなら、そもそも大家さんとの合意が必要らしい。


 あの大家さんは被害者ぶって家賃を請求してきたが、それがもう異常なわけだ。


 ということで、あんな怪しいアパートは真っ平ごめんとなった。


 もし、大家さんからまだ何か要求されるようなことがあれば、今度は〈ムーンキャッスル〉に知らせれくれとも言われている。



 そんなわけで俺は今、綺麗なマンションの一室で荷解きの真っ最中である。


 持ってきた荷物に対して部屋が広いので、必要な物を並べてもスカスカ感が拭えない。贅沢な悩みだが。


 どこに何を置くのかとレイアウトに頭を悩ませながらも、新生活のワクワク感を堪能していると、突然来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。



 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン……。



 誰だ? こんな品の無いピンポンをするやつは?

 まさかこの物件ハズレだったか?



「はーい! 今開けます!」



 ガチャ。



ぜんさん! ダンジョン行きますよ! ダンジョン!」


「は?」



 そこには、冒険者装備に身を固めたシホミィがいた。








「何も聞いてないんだが……」


「さっき決めましたから!」



 シホミィの勢いに飲まれ。あれよあれよという間に池袋ダンジョンの入り口に到着した。


 配信を撮影するためのカメラなどは、すぐに用意できたものの、俺はこの事態にいまだについていけてなかった。



「大丈夫ですよ。ちゃんとギルドに配信の許可はとってあります」


「俺の許可は?」


「え? 大丈夫ですよね?」


「いや大丈夫だけども! 相談くらいしてくれよ!」



 〈ムーンキャッスル〉ってこんなギルドなのか?

 まさかカメラマンにプライベートは無いとか考えているんじゃ……。



「あー。全さん。ダンジョン行きたいですよね?」


「今さら!? もうこれだけ準備が整った状態で聞くかそれ!?」



 その言葉はドアを開けて対面した時に聞きたかった。



「文句が多いですね。相談して欲しいって言うからしたのに」


「もっと早く言って欲しかったんだ!」


「ダンジョンイキタイデスヨネ!?」


「その早くじゃない!」



 ダメだ。こいつをまともに相手していたら時間がもったいない。


 シホミィの奔放ほんぽうな様子に呆れてため息をつく。

 すると、彼女が突然態度を変えた。



「……ごめんなさい。その……全さんとダンジョンに行けると思ったら嬉しくて……つい」



 しおらしくなったシホミィが、困ったように眉根を寄せてこちらを見上げてくる。


 まったく、そんな態度をされたらこれ以上文句が言えないじゃないか。



「まぁ、俺はいつでもダンジョンに入れる用意はしていたからな。驚いただけで、怒ってるわけじゃない」



 俺よりもはるかに年下の女の子に、文句ばっかり言うのも大人気ないよな。


 そう思ってしょぼくれたシホミィの様子を見ると、彼女は仁王立ちからドーンと俺を指さしてきた。



「なーんだ! じゃあいいじゃないですか! 申し訳なさそうなフリして損しましたよ!」


「こいつ、さっきのは演技だったのか!? ってか人を指さしちゃいかん」


「ぁぅ、ごめんなさい」



 まったく。まだダンジョンに入ってもいないのに、どっと疲れた気がするな。





 池袋ダンジョンの入り口にて、慣れた手つきで配信用の準備を整えた俺は、同じように用意をしていたシホミィの方を向いた。


 ちょうど彼女も準備が整ったところのようだ。



「じゃ、全さん配信始めちゃっても大丈夫です!」


「わかった、じゃあ合図をしたら開始するぞ」



 カメラのフレーム内にシホミィを捉える。


 彼女は今、冒険者用の装備に身を包み、肩には虎のぬいぐるみを乗せていた。

 白と青でコーディネートされた装備は、彼女の長い青髪にマッチしていてとても似合っている。


 現在のシホミィのチャンネル登録者数は10万人だ。有名ダンチューバーのウン百万登録に比べたら微々たるものだろう。


 だが、彼女は今、新進気鋭のダンチューバーなんだそうだ。若手の注目株といったところらしい。


 確かにこの容姿と、あの明るい性格なら人気が出るのも納得だ。


 ちなみに〈ムーンキャッスル〉のトップはやっぱり時雨しぐれさんで、登録者数は100万人だ。実力でも登録者数でも彼女は逸材だな。


 閑話休題。



 俺が配信開始の合図を出すと、シホミィがカメラに向かって笑顔を振りまく。



「みんなおはよう〜!」


『シホミィちゃん、おはよう!』



 シホミィが元気よく挨拶をすると、肩の虎が即座にコメントを読み上げる。


 おぉ、あのぬいぐるみを使っているところを初めてまともに見たが、うまく反応するものなんだな。



『この前の配信は大丈夫だったの?』


「あー、はい。助けてもらって無事に帰れましたよ! イレギュラー戦、痺れましたね! 色々な意味で!」


『色々な意味、ウケる』



 視聴者の声を代弁するぬいぐるみは、読み上げるだけでなく、動きまでつけてくれている。

 今も、シホミィのなんとも言えないギャグに対して、手を叩いて喜んでいた。



『あの助けてくれた人は何者だったの?』


「何者なんでしょうね! 私も突然現れてびっくりしましたよ!」


『有志がどこの冒険者か調べたらしいけど、まだわかっていないみたい』


「あー、謎の人物ってやつですか。それはそれでワクワクしますね!」



 俺の事だと思うが、シホミィは全部話さずに上手くさばいている。さすがはダンチューバーだ。

 言ってもらっても構わないんだが、彼女はこの方がいいと考えたのだろう。


 ちょっとした会話でも楽しそうにする様子は見ていて微笑ましい。



『逃げたカメラマンは?』


「うーん、まぁ、その、あれですよ。えっと、他の方に変わりました」


『新人? 大丈夫なの? シホミィちゃんについていけるの?』


「その辺は大丈夫だと思いますよ。〈ムーンキャッスル〉が自信を持ってつけてくれたカメラマンですから!」



 そう言ってシホミィは俺に向かって手を振ってくれたので、こちらも軽く手を上げて答えておく。


 今日の配信内容は、Cランク冒険者の活動する領域で、ぼちぼちモンスターを狩りながら雑談をするらしい。


 彼女の配信の要領がわからない俺は、撮りながら学ぶつもりだ。


 一応、事前に月詠さんから注意点は聞いてある。


 〈ムーンキャッスル〉は女性ばかりのダンチューバーギルドなので、配信に男が映るのはあまり良くないらしい。


 怒る視聴者さんが一定数いるんだとか。


 そこに配慮すれば、後は割となんでも受け入れてもらえる土壌らしい。


 それくらいなら、カメラマンである俺が注意をしていれば、まず問題はないだろう。



「さぁ! ということで今日もダンジョンで暴れていきますよー!」


『おー! 楽しみー!』

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