第9話 信歩たちの動画チェックと座麻村たちのその後
〈ムーンキャッスル〉のビルの一室にて。
「全さんはもう帰りましたか?」
「えぇ。うちのギルドで借り上げているマンションに引っ越しをするために、荷物をまとめて来るって言って帰っていったわ」
「おー。全っちもあそこに住むんだ!」
「……じゃあ私たちとご近所さんになるのね」
圧倒的な女性比率を誇る〈ムーンキャッスル〉のマンション。
そこに男である全が入るわけだが、彼女らは特に気にしていないようだ。
「ふふふ。近くに住んでくれるなら、さらに好都合ですね!」
「ごめんシホっち。何で好都合なの?」
「あんなすごい人が近くにいたら、何か面白そうなことが起こりそうじゃないですか!」
「おー! それはあるかも!」
むしろ近くに住まうことを喜んでいる節すらある。
「面白いかどうかは別として、すごいのは確かね。シホミィちゃん、さっきのは撮れたの?」
「ふふふふふ! バッチリですよ!」
「え? さっきの模擬戦。動画撮ってたの?」
「はい!
シホミィが自慢げにカメラを掲げて見せる。
「「「おおおおー」」」
パチパチパチという軽い拍手と共に、感嘆の声を上げる3人。
「私から見ても見応えのある戦いだったけど、時子ちゃんはどうだったの?」
「あの人、本当に強い。カメラマンにしておくのが勿体無いくらい」
「ヤバ! 現役Sランクのトッキー先輩がそこまで言うなんて!」
「そうでしょう、そうでしょう。私の見立ては間違っていなかったですね」
時雨時子。〈ムーンキャッスル〉立ち上げ当初から所属している冒険者であり、ギルド内で最強の存在でもある。
そんな彼女が全のことを褒めたので、シホミィは得意げに胸を張った。
「てか全っちって何者? あれだけ強いならSランクの冒険者なのかな?」
「全さんですか? あの人は撮れ高の神なので!」
「ふふふっ。神かどうかはともかく、全くんはFランクよ。本当にただのカメラマンなの」
「ええぇぇぇ!? あんな強いFランクとか、ランク詐欺じゃん!」
「……上には上がいるのね」
ゆみまるも時子も程度は違えど、全のランクについて驚いているようだ。
そんな様子もシホミィは嬉しいようで、笑みを深くしていた。
「さて、すごい動画が手に入ったので、ついでにここで編集作業をしようと思うんですが」
「それで編集部に来たわけね。いいわよ、好きに使って」
「わーい!
「え、いいな! ゆみまるももう一回見たい!」
「じゃあ、みんなでもう一回見返しましょうか」
そう言ってかしましい女性陣が1つのパソコンに集まると、先ほどの模擬戦が再生された。
『はいはい。終了。2人ともそこまで!』
優子が発した試合終了の声を最後に、映像が終了する。
食い入るように戦闘動画を見ていた彼女たちは、それまで呼吸を忘れていたかのように、大きく息を吐いた。
「はへー。やっぱり全っち凄すぎん?」
「私も映像で見て改めて思った。こんなに見切られていたなんて……」
「ちょっと時子先輩には辛い内容だったかもですね」
映像で見ると余計に全の優位がわかり、時子を心配するシホミィ。
「ふふ。時子ちゃんはそんなの気にしないわよ」
「これが
「じゃあ時子先輩。教えて欲しいんですが、ここのシーン、これって時間魔法使ってます?」
シホミィがカチカチっと操作して、時子の剣速が急に上がったシーンを映し出した。
「もちろん使った。結果は見ての通りだけどね」
「えぇ!? じゃあ、こことか、ここもですか?」
「そこから先は全部使ってる。対人戦というのはあるけど、私の本気よ、それ」
「「「ええええぇぇぇぇぇぇ!」」」
時子の持つスキルは時間魔法。自分の周囲の時間を任意に捻じ曲げることができる。問答無用の強スキルだ。彼女がSランクになれたのもこの魔法のおかげと言っても過言ではない。
そんな冒険者の本気。それが完封されていた事を知って3人は驚きの声を上げた。
「この映像は、封印しちゃった方がいいですかね……」
「別に隠すものでもないから。シホミィの好きに使って」
「あ、あ、ありがとうござます! 撮れ高だったので助かります!」
時子があまり勝ち負けにこだわらない性格もあるが、これは後輩に対して甘いという面が顔を出したところでもある。
それを察した優子が微笑ましそうに言う。
「ふふふ。全くんに模擬戦を仕掛けたのも後輩の為なんでしょ。時子ちゃんはホント後輩思いよね」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
顔を赤らめて否定する時子。こういう褒められ慣れていないところも時子の魅力だったりする。
「時子ちゃんはいいみたいだけど、その映像、全くんの許可も必要よね?」
「そうです。なので許可が取れたら、バーンと世間に公表しようかと思います!」
「ふふふ、それはそれで面白そうね」
それからも彼女たちは、模擬戦の映像を見ながら、あーだこーだと言い合っていた。
──────
渋谷ダンジョン55階。
Aランク冒険者の活動領域にて、1つの冒険者パーティがモンスターに追い回されていた。
「ちくしょう! あんなに大量のモンスターがいたなんて、ツイてないぜ!」
「ザマちん! あっちに細道がある! そこでやり過ごそう!」
「でかした!」
追われていたのは
彼らは細い隙間に入って身を小さくし、モンスターたちをやり過ごす。
「ちょ、ちょっと! 貴方達がAランクは楽勝だって言ってたから、ここまでついてきたのに。こんな見苦しいところは見せられないから、配信は切ったわよ!」
「うるせぇなぁ。いつもなら楽勝だったんだっつーの」
「ホントそれな。今日はモンスター運がものすごく悪いだけだって」
座麻村たちに文句を言っていたのは、元シホミィのカメラマンだ。
何の因果か、彼女は座麻村たちのカメラマンになっていた。
「はぁーあ。ガチ攻略系の配信なら、ただついて行って撮ってるだけでいいって聞きたのになぁ」
「モンスターが落ち着いたらすぐに配信を再開させてやるよ! それまで待っとけ!」
座麻村たちも上手く行ってないダンジョン探索に対してピリピリとしている。
新しいカメラマンが決まり、意気揚々とやってきたAランク帯。
カメラマンが女性なため、座麻村たちは良い所を見せようと、限界ギリギリの階層を選んでしまった。
その結果が配信すらままならず、ただ逃げ回っているだけである。
「あーしろ、こーしろ言ってくるうるさいのが消えたと思ったらこれだ。ついてねーな」
「ここに
「ギャハハハハハハハ!
うまくいかないダンジョン探索の腹いせなのか、彼らは全のことを蒸し返して笑う。
「俺、アイツがギルドから追放されたって聞いて笑っちまったもんな」
「ザマちんがいいパス投げて、
「追放された瞬間の
「それやべぇ! ギャハハハハハハハ!」
少しでも精神的に優位に立っていたい。そんな座麻村たちは下品な会話を繰り広げ、元シホミィのカメラマンは彼らの低俗なノリにため息をついた。
座麻村たちはAランクである。このエリアにいるモンスターは十分に勝てる相手だ。渋谷ダンジョンの55階にも何度も足を運んでいる。
今日、モンスターから追い回されて逃げ惑っているのには理由があった。
全の存在だ。
彼は配信の邪魔になるモンスターは事前に処理をしていた。
それどころか、どの階のどの場所でどのモンスターを狩る配信をするのか。
そこまで考えて準備をしていた。
彼のサポートが無くなり、本来の渋谷ダンジョン55階に戻っただけだが、座麻村たちはその事実に気付かない。
そんな彼らは、その後もまともな配信をする事もできずにダンジョンから帰ったのだった。
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