第8話 新人カメラマン VS 先輩ダンチューバー
訓練用の剣を手に取り、
「
「はい。〈ブラックサウルス〉にも同じような設備がありましたから」
冒険者が鍛錬をしたり、稽古をしたりするための訓練場。
頑丈に造られているので多少暴れても問題ない場所だ。
おまけに訓練用の武器は、殺傷能力がなく、冒険者が思いっきり使っても怪我の心配がない。
「うちの訓練用武器は実戦重視だから、当たると結構痛い電気が走るわ。それ以外は普通よ」
「わかりました。できれば当たりたくないですね」
待ち構えていた時雨さんの元に辿り着く。
やはり彼女の装備は腰に差した刀のようだ。
他にどんな手札を持っているのかは不明。
彼女の配信を見ていれば、戦い方もわかっただろうが、これまで他のダンチューバーをまともに見た事がない。
なので出たとこ勝負になるだろう。
「安心して。ボコボコにはするけど、本気は出さないから」
「全然安心できない……」
この時雨さんという子。大人しそうな顔してすごい物騒な事を言うんだが。
「全さん! 全さんだけに善戦して下さいね! なんちって〜」
「全っちの得物は剣かぁ。やっぱり見た事ある気がするなぁ」
そしてフリーダムな外野たち。
もう少し俺の心配とか無いのだろうか。
シホミィに至っては面白くないギャグまで言ってるんだが。あいつは人としてダメかもしれん。
「それじゃあ始めるわね。決着がついたと思ったら私が止めに入るから」
「はい」「わかりました」
「行くわよ……模擬戦開始!」
合図と同時に素早くバックステップをする。
刀を使ってくると思うがまずは観察だ。
「!! 早いっ!」
様子見で退がったはずなのに、すぐ目の前に刀が迫っている。
キンッ
慌てて刀を弾く。
「これを止めた。なかなかやる」
「いやいや、いきなり斬りかかって来るなんて攻撃的すぎないか?」
「なら、これはどうかしら」
聞いちゃいねぇ。このお姉さんまったく聞く気がないんだが。
再び時雨さんが突っ込んできた。
さて、さっきの攻撃は横薙ぎの一閃だった。お次は……。
袈裟斬り、突き、横薙ぎ。
うんうん。最初の突撃には驚いたが、彼女の速度がわかってしまえばこっちのものだ。
剣で弾きながら、彼女の様子を見る余裕すらある。
「意外とやるじゃない」
「そりゃどうも」
時雨さんが繰り出す攻撃を、少しづつ下がりながら
なるほど、なるほど。大体の攻撃は読めたな。
人間相手。それも常に戦いの中に身を置いている冒険者との戦闘という事で警戒したが、なんのこっちゃない。
モンスターでも人型で武器を使う奴らはいる。
ゴブリンから始まり、オークにオーガ、それにリザードマン。スケルトンやデュラハンなんかもそうだな。
そいつらの攻撃をたくさん見ている俺にとって、人間の繰り出す攻撃なんて見知ったものばかりだった。
右足に重心。刀は左下か。なら切り上げからの派生だな。
剣で受けるのも面倒なので、体をひねって
「えっ!?」
さて、ここから何に繋ぐんだ?
……切先が少し開いている。ということは横薙ぎのフェイントから突きだな。
「なぜ!?」
ギリギリで突きを避けた俺を見て、時雨さんの表情が変わった。
なぜって言われてもなぁ。見えてるからとしか言いようがない。
縦、横、突き、突き、足払いからくるっと回って切り上げ。
はいはい、見えてますよっと。
次々と繰り出される攻撃を避けて避けて避けまくる。
俺があまりにも避け続けるものだから、時雨さんの表情がどんどん苦いものになっていく。
「くっ! ならば、これで!」
何かをしそうな気配を感じたが、彼女は変わらず刀を振るう。だが……。
「あぶなっ!」
カンッ!
時雨さんが振り下ろした刀が急加速した。
目測を誤った俺は思わず剣で受け止めてしまう。
なんだ? 何が起こった?
彼女の速度が上がったように見えたが……。
もう一度よく見てみよう。
「うおう!」
普通の突きだと思っていたら、恐ろしいほど加速した。
キンッ!
警戒していたから弾けたが、なんだあの加速は。
と思ったら、戻りも早い!
こちらが体勢を立て直す前に、次の攻撃動作に入ってる!
ギィン!
不格好になったがなんとか止めた。危ない危ない。
しかし、これでなんとなくわかったぞ。
彼女は加速してるんだ。それも体の動かし方でどうこうできない次元の加速。
おそらくは魔法だ。
「そう。まだ足りないのね」
「え、ちょちょちょ!」
やばい、この子さらに加速したぞ。
連続して繰り出される斬撃。
さらにこちらのタイミングを狂わせるように早くなったり遅くなったりしやがる。
これ結構な初見殺しじゃなかろうか。
彼女の太刀筋を早々に見ておいて正解だった。
おかげでなんとか
とはいえだ。対応が後手になってはいるが、情報は集まっている。
要は彼女が魔法で速度を変えるタイミングも掴めばいいわけだ。そうすれば完璧に
「……ここだ」
「え!?」
スカッ
何度か見たらそりゃ見切れますよってなもんで、再び彼女の刀を避けてみた。
「次はここだな」
「ええ!?」
スカッ スカッ
よしよし、いかに緩急をつけた攻撃といえど、読めてたら怖くはない。
彼女の猛攻は続いているが、安定して避けれるようになった俺に当たるはずもなく。
「な、なんで当たらない!?」
「いや、ちゃんと見て立ち回ればこうなるんだが」
「くっ!」
時雨さんは表情を歪めているが、猛攻は止む気配がない。
これは俺の事を試す模擬戦だったはず。それなりに戦えるところは見せたつもりだが、まだ終わらないのか?
あーそうか。こちらから攻撃をしていなかった。やっぱり攻撃能力も見せないとだめだよな。
彼女の動きが早いのでこっちから攻めるとなると、それはそれで苦労しそうだが、隙がないわけじゃない。
袈裟斬りの後、刀を引いて次の攻撃に転じるところに大きな隙がある。
そこを狙って……。
「ひゃ!?」
よしよし、完璧に虚を付けたんじゃないか?
俺が攻撃するとは思っていなかったのか、時雨さんは驚いた表情をしている。
そのガラ空きの体目掛けて、俺の剣が振り下ろされた。
だが……。
「くっ、なんだこれ!?」
あと数十センチで剣先が届くというところで、剣の速度が一気に落ちた。
まるで水中で水の抵抗を受けながら剣を振っているかのようだ。
振りが遅くなったために、時雨さんの防御が間に合ってしまった。
やられたな。これもまた魔法か?
弾かれて戻ってきた剣をマジマジと見てみる。
ふむふむ、今は普通だな。特段重いとか鈍いとかは感じない。
ということは、彼女の謎加速と同じ要領で、こちらを遅くしているのかもな。
剣を遅くしてくるなら対処は簡単だ……それを踏まえて当たる速度で振ればいい。
「ここだ!」
「ま、また!?」
再び彼女が見せた隙を狙って剣を振り下ろす。
予想通り剣速が鈍る現象が発生。
だが、先ほどよりも早さを重視した俺の剣は、その程度の抵抗などお構いなしに進む。
「ダメ、早すぎる!」
今度こそ彼女に剣が当たるかと思われたその時。
月詠さんがパンパンと手をたたきながら声を上げる。
「はいはい。終了。2人ともそこまで!」
俺の剣は時雨さんの眼前でピタリと止まった。
「どうかしら時子ちゃん、全くんの実力はわかったかしら?」
「……しょうがない。加入は認める」
「ど、どうも」
認めてもらったのは嬉しいが、時雨さんの気落ちしたような様子を見ると、そこまで俺を加入させたくなかったのだろうかと不安になる。
そこにシホミィが飛び跳ねながらやってきた。
「やったー! 全さん! 認めてもらえたんですね! 私はやってくれると思ってましたよ!」
「いやまぁ、そうなんだが」
「だいたい、サンダーエレメンタルを真っ二つにした時点で、実力は申し分ないと思っていたんですよね! ふふふ!」
すごく喜んでいる様子のシホミィ。
いやちょっとまて。こいつさっき時雨さんに不安なんですぅとか言ってなかったか? 手のひらくるっくるなんだが。
「あーーーーー! そっか! 全っちってイレギュラーからシホっちを助けた人じゃん!」
「そうですよ。やっとわかりましたか!」
「あら、バレちゃったわね」
「え? うそ……」
そうだよなぁ、シホミィのやつあえて隠してたっぽいもんな。
ゆみまるの綺麗なリアクションを見てすごいご機嫌になってるぞ。
シホミィとゆみまるが何やらわちゃわちゃやってる間に、時雨さんがこちらへと近づいてきた。
「あの、ちょっといいかしら」
「んん? なんだ?」
なんだか時雨さんの顔がしょぼんとしているな。
「その、ごめんなさい。シホミィを助けてくれた恩人って私知らなくて……」
「あー、そんなの気にしてないから大丈夫だ。というかシホミィが説明しなかったのが悪いんじゃないか?」
「ふふ。それはそうかも。でもあなたの実力は認めるわ。これからよろしく」
「あぁ、よろしく」
俺は差し出された手を握って握手をした。
「ところであなた、冒険者にはならないのかしら?」
「あれはやむを得ずやっていただけで俺の本業はカメラマンだ」
「そう……もったいないわね」
そう言って時雨さんはシホミィたちの元に行ってしまった。
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