第7話 ギルド〈ムーンキャッスル〉

 俺がギルドへの加入を承諾すると、シホミィが飛び上がって喜び出した。



「やったー! 撮れ高の神が手に入りましたー!」


「撮れ高の神ってなんだ?」


「あ! それはこっちに話なのでお気になさらず!」



 なんだかよくわからないが、シホミィ的にはいい事なんだろう。



「一応、仮加入って事になるわよ。ギルド変更規制が解除され次第加入って感じね」


「俺の変更規制はあと3週間ほどあるんです。その間にやっぱり加入がダメって言われたりは……」


「えぇぇぇぇ! ダメになる事なんてあるんですか!?」


「うふふ、それはよっぽどの事をやらかさない限り大丈夫よ。犯罪だったり、ギルドに特大の迷惑をかけたりしなければね」


「よかった。それなら大丈夫そうです」


 月詠つくよみさんが言うような事を、俺はこれまで一度もしたことがない。


 なので加入までは問題ないだろうと、俺は胸を撫で下ろした。


 俺と同じようにシホミィも安心したような顔をしていたが……あぁそうか新しいカメラマンが必要だもんな。



「ついでに〈ムーンキャッスル〉についても詳しく説明しておくわね」


「はい、お願いします」



 細かい話を聞かないまま加入を決めてしまっていたが、冒険者ギルドには長く居た身だ。同業なので大きく変わらないだろうと考えていた。


 ところが、話を聞いていると自分が考えていたギルドとは結構な差があることが判明する。



「え? ほとんどが女性なんですか!?」


「そうよ。ダンチューバーとして配信に出ている子に至っては、全員が女の子よ」


「裏方さんで何人か男の人はいますが、ほぼ女性ですよ!」


「な、なんとまぁ……」



 そういえば、逃げ出したシホミィのカメラマンも女性だったな。


 これはかなりのアウェイなんじゃないだろうか。



「それから、〈ムーンキャッスル〉は魔石による収入よりも配信がメインなの。それもエンタメ系に寄った配信ね」


「ということは、ガチ攻略系のダンジョン配信ではなく……」


「どちらかといえば、視聴者と一緒にダンジョンを楽しむ感じね」


「リスナーさんとおしゃべりしながらダンジョンを進むんです! みんなすごい喜んでくれるんですよ!」



 これもまた畑違いだ。


 〈ブラックサウルス〉はダンジョンをガンガン攻略する様子を配信していたし、魔石集めも強化週間を作ってまでやっていた。


 あそこのギルドマスターは、金になる事はなんでもやれって人だったからな。



「基本的にはダンチューバーの子がソロでダンジョンに潜る様子を配信する事になるわ。たまにコラボでパーティを組む事はあるけどね」


「ダンジョン外の配信もありますよ! このビルにも配信用スタジオがあるんです!」


「みんなで集まって企画をしたりトークをしたりっていう……」


「正解です! あとはお家で雑談配信をやったりもします!」


「なのでカメラマンの仕事もお願いするんだけど。マネジャー的な事もしてもらうと思うわ」



 〈ブラックサウルス〉とは全然違うじゃないか。これは聞いておいてよかった。



「な、なるほど。前のギルドとはまた結構違ってくるので、色々と覚えないといけないですね」


「ゆっくり慣れていってくれたらいいわよ」


「私もまだデビューして半年くらいなんです。なので一緒に覚えていきましょう!」



 シホミィが手を差し出してきたので、その手を握り返して握手をする。

 


「わかった。これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしくです!」


「うんうん。2人とも仲良くね。それじゃあ次はギルドの中を案内しましょうか」





 それからしばらくは、月詠さんとシホミィに連れられてギルド内を見て回った。


 配信チェックをするブースや動画を編集するブースなど配信関係の部署もあれば、ギルド運営に携わる経理や総務などの部署もある。


 幸いなことに裏方の部分は〈ブラックサウルス〉とそんなに変わらない構成なので簡単に理解できた。


 設備的なところで言えば、さっきシホミィが言っていたスタジオの他にも、仮眠室、談話室といった部屋もあるが、スタジオ以外は普通の会社にもあるものばかりだろう。


 冒険者ギルドらしい設備といえば……。



「デデーン! ここが訓練所です!」



 ビルの地下に用意された大きな空間。


 普通なら地下駐車場になるような場所が、ギルドでは訓練場になっていたりする。


 面積はビルと同じくらいだが、高さが4、5メートルはあるだろうか。体を動かすには十分な広さだ。


 地下という事で薄暗い場所をイメージをしがちだが、ここは天井の窓から光が注ぎ、ところどころに植物が植えられていて見た目もいい。


 なるほど。女性ばかりの職場だけあって、こういったところにも気配りが感じられる。


 訓練所で鍛えつつも、優雅に過ごしたいという気持ちが伝わってきた。


 何人かが訓練をしている様子も見えるが……。



「あれ? シホっちじゃん! 何してるの!?」


「あ! ゆみまる〜!」



 訓練をしていた1人の女の子がこちらに気づいてやってきた。



「あれあれ? 優子ゆうこさんもいる? それにこっちには男の人も……」



 そう言って俺のことを興味深そうに見てくる女の子。


 茶色の髪を後ろで結い上げ、動きやすそうな服装に身を包んだ少女。

 小柄な体格に勝気な顔つき、そして物怖じしなさそうな雰囲気。これらが合わさって、スポーツ少女のような印象を受けた。 



「特別にゆみまるに紹介してあげますよ。この人は完塚全かんづか ぜんさん! 私の新しいカメラマンです!」


「ど、どうも」


「どうも! ゆみまるです! てかシホっちの新しいカメラマン、男の人なんだ?」


「そうです。さっき決まりました」


「ほえぇ。めずらしいね〜」



 うーん。この無邪気な視線が、なんともこそばゆい。



「シホミィちゃん、ゆみまるちゃんの事も紹介してあげて」


「あー! そうでした。全さん。このちっこいのはゆみまるです。同じギルドに所属しているダンチューバーで、私の同期になります」


「同期でーす! ゆみまるチャンネルをよろしくー!」


「同じダンチューバーの子だったのか。なるほど」



 シホミィよりも幼く見えるが、こんな子でも配信活動をしているものなんだな。

 確かに配信向きの明るい性格をしているように思う。


 ちらりと彼女の手元をみると、今まで訓練をしていたのか弓が握られていた。



「あ、これ? ゆみまるは弓使いなんだよね! ちなみにランクはC。シホっちと一緒だよ」


「ですです。なので私と一緒にパーティを組んでダンジョンにいくことも多いんです」


「じゃあ、俺がカメラマンとして一緒に行動することもあるわけだな」


「だね! よろしく、全っち!」


「お、おう」



 なかなか人懐っこい感じの子だ。シホミィも割とグイグイくるタイプだったし、エンタメ寄りのダンチューバーってのはみんなこうなのだろうか。



「じー」



 ゆみまるが俺の事をじっと見てくる。



「俺に何か付いているか?」


「うーん、なんか全っちってどこかで見た気がするんだけど、ゆみまると会ったことあった?」


「いや、無いと思う」



 こんな活発な子なら、どこかで会っても覚えていると思うんだが……。


 そんな風に頭をひねっていると、いたずらっ子のような顔をしたシホミィがおかしそうに言う。



「あーわかりませんかぁ。ふふふ、そうですか、そうですか」


「え、なになにシホっち。どういうこと?」


「これ以上は言えませんねー。ふふふ。そうですか」



 何か企んでいるのか、シホミィが悪い顔をしている気がする。

 ただ、当人はこれ以上何も言う気がないのか、ゆみまるの追求をのらりくらりとかわしていた。


 そんな様子を見た優子さんは「あらあら」と微笑んでいるだけだし、害はないものとして放っておくべきか。



 ゆみまるが根負けしてシホミィから詳細を聞き出すことに諦めた頃、訓練所に妙に聞き取りやすいはかなげな声が響いた。



「……みんな、そんなところで何をしているの?」



 声のした方向を見ると、そこには黒い着物を着た女性がいた。


 大和撫子を彷彿させる、黒髪ロングの和装美人。

 年齢は若そうだ。20代前半ってところか。

 物騒なことに腰に刀を差している。ということは彼女もダンチューバーかもしれない。



時子ときこ先輩! 今ちょうど新人を案内していたところなんです!」


「新人? ……この男の人?」


「そうなんです! 完塚全さん。私のカメラマンになりました!」


「そう、シホミィのカメラマンに……」



 時子先輩と呼ばれた女性は、ゆみまるとは違った刺すような視線を飛ばしてくる。



「全さん、こちらの方は時雨しぐれ 時子ときこ先輩です。〈ムーンキャッスル〉最初期からいる偉大な先輩なんですよ!」


「ど、どうも」


「ここは圧倒的に女性比率が高いギルドなの。あなたに務まるかしら?」


「いやぁ、そこはまぁなんとか……ははは」



 すごい圧を感じる。冷たくて刺々した圧を。


 助けを求めてシホミィの方を見てみると、彼女は何やら悪そうな顔をしていた。



「時子先輩もそう思いますかぁ。実はシホミィもぉちょっと不安なんですよねぇ」


「お、おい! さっきまでの話と違うじゃないか! 全然大丈夫って言ってただろ!?」



 ちょちょちょい! シホミィのやつ、突然手のひらを返してきたんだが!

 しかも妙な猫撫で声になっているぞ!



「……シホミィのカメラマンは過酷で、何人かは辞めているの。この間も肝心の場面で逃げ出した」


「うんうん、そうですよね時子先輩。あーあの時は怖かったなー。すごく怖かったなー」



 棒読みのセリフを口にしながら、シホミィはいそいそと訓練所の端にあったカメラを持ってきた。


 そんなシホミィの様子などお構いなしに、時子先輩は俺をじっと見据えて言う。



「……なので、あなたの事を試させてもらいます」


「へ?」


「ここは訓練所ですから。模擬戦をしましょう。大丈夫です。ちゃんと加減はします。ただ……」


「ただ?」


「私が認めるに足る能力がないなら、このギルドから出ていってもらいます」


「え、えぇぇぇぇぇ!?」



 まさかの模擬戦。

 いやでも、ギルドから出ていくってマジか。



「ごめんなさいね、全くん。私も時子ちゃんの反対があったらあなたを加入させられないかも」


「月詠さん、それは本当ですか?」


「本当よ」


「そ、そんな」


 なんだか微妙に笑っている気がするが、それどころじゃない。


 折角、職が決まりそうだったのに、ここで無しになるとか辛いんだが。



「全さん頑張ってください! 大丈夫です。先輩に勝てなくても、認めて貰えばいいだけですから!」


「シホミィ……おまえやったな? これやっただろ?」


「エ? ナンノコトデスカー」



 こいつ、絶対こうなるように立ち回ってただろ。悪い顔してたもんな。


 とはいえここで、じゃあ辞めますと引き下がるわけにもいかないだろう。



「わかりました。俺にカメラマンが務まるかどうか、見定めてください」

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