第6話 シホミィ再び
イレギュラーのサンダーエレメンタルを倒した俺は、騒がしいダンチューバーを置いてダンジョンを後にした。
彼女の安全は確保できている。それに彼女はまだ配信の途中だ。
彼女と視聴者の間に割って入るような野暮な事はしたくない。
カメラマンとして
「魔石の買取をお願いします」
池袋の冒険者協会窓口で集めた魔石を取り出す。
それなりの量を集めてきたので、いい金額になるだろう。これで1年分の家賃の目処も立つはずだ。
そう思ってワクワクしていたが、受付嬢の反応は予想外のものだった。
「この魔石は買い取れません」
「え!? どうしてですか!?」
「あなたは今、無所属のFランクですよね? 以前は〈ブラックサウルス〉の納品として買取をしていましたが、無所属の方はご自身のランクに準じた買取になります」
そ、そうだった。魔石には買取規制があるんだった。
「な、なら。ランクアップをしたいんですが! そうすれば買い取ってもらえますよね?」
俺の言葉を聞いた受付嬢は大きなため息をつく。
その態度から、事務的な作業なのにも関わらず、面倒だという空気が漂っている。
「はぁ……。まずEランクになるには、半月に1回の試験で合格しなければいけません。その後、6ヶ月の実務経験と試験を経てDランクに。そこからさらに1年の実務経験と試験を突破して初めてCランクとなります。最短でも2年弱はかかりますね」
「そんな! じゃあ、他のギルドに所属すれば買い取ってもらえるのですか?」
「そうですね。現状ではそれが最短でしょう。ですが、ギルドを抜けてから1ヶ月は他のギルドに加入できません。なので早くても1ヶ月後となります。……はい次の方どうぞー」
もう話すことはないといった雰囲気を出した受付嬢は、次の冒険者の相手を始めてしまった。
いや、そんなことはどうでもいい。それよりも問題は……。
「最短で1ヶ月……やばい、これはやばいぞ」
手元にあるどうにもならない魔石を握り締め、俺は失意のまま帰宅した。
あれから1週間。
俺はFランクの魔石を集めてコツコツとお金に変えてみた。
しかし結果は全くダメ。
Fランクでは、良くても1日のアルバイト代程度にしかならないんだ。
こんな収入では1年分の家賃など夢のまた夢。
打つ手なしとなった俺は、潔く荷物の整理を始めた。
「このボロアパートともお別れかと思うと、ちょっとセンチになるな」
一人暮らしとはいえ、長く住んでいれば愛着のある物が増えていくものだ。
それらを懐かしみながら箱に詰めていると、玄関から声が聞こえてきた。
「あの〜すみませ〜ん」
来客? 俺に来客なんて珍しい。
それにこの特徴的な声。最近聞いた気がするが……。
「はーい。今開けまーす……え?」
玄関のドアを開けると、そこには私服姿のシホミィがいた。
「やった! 見つけた! 見つけましたよ!」
彼女は俺の姿を見るなり、飛び上がって喜び出した。
「えっと、俺に何か用ですか?」
若い子が玄関先で騒いでいると、流石に困惑するんだが。
俺が尋ねると、シホミィは胸を張ってビシっと俺を指さしてきた。
「あなたにお礼をしにきたんです!」
「こらこら、人を指さしちゃいかん」
「あぅ。ごめんなさい」
この子の癖なんだろうか。
思えばサンダーエレメンタルにもやっていた気がする。
俺が注意したことで決まりが悪くなったのか、シホミィはゴホンと咳払いをした。
「と、とにかく! あなたにお礼をしに来たんです!」
「あーそういうことね。オーケーオーケー。じゃあ、お礼は受け取ったって事で」
ダンジョン内の助け合いは当然のことだ。ましてや命の危機ならなおのこと。
こうしてわざわざお礼を言いに来る方が珍しいんじゃないだろうか。
ただ、これ以上若い子と話す話題もない。
話は終わったという事にしてさっさとドアを閉めよう。
「ちょちょちょ! ちょっと待ってください!」
ドアをガシッと掴んで止めるシホミィ。
「まだ何か?」
「何かじゃないですよ! まだ全然お礼ができてないじゃないですか!」
「いや大丈夫大丈夫。もう受け取った」
「大丈夫じゃないです! お礼はこれからなんですよ!」
なんだこの子、すごい必死なんだが。
というかちょっと怖い。
「私のギルドのマスターがお礼をしたいって言ってるんです! うちのギルドに来てくださいよ!」
「そんな大層な事しなくていいって。助け合いは冒険者なら当たり前だろ」
「むむむむ。今忙しいんですか?」
「いや、そんな事はないけど」
そんな事はないけど、あまり行きたくはない。
「じゃあいいじゃないですか! うちのギルドに来てくださいよ! ねぇねぇねぇ!」
「いやー、でもなぁ」
「……わかりました。なら来てくれるまでここを動きませんから!」
そもそも、なんでこの子はこんなに必死なんだ。
テコでも動かなさそうな彼女を見て俺はため息をつく。
……仕方がない、この面倒を片付けるには、行くしかなさそうだ。
「わかった。あんたのギルドに行ってマスターに会おう」
「え、ホントですか!? やったー! ちゃんとお礼の招待ができましたー!」
そう言うとシホミィは両手を叩きながら飛び跳ねて喜んだ。
というか、招待じゃなくて脅迫だと思うんだが。
シホミィに連れられて到着したのは、ギルド〈ムーンキャッスル〉と書かれた表札が出ているビルだった。
一見すると普通の会社のように見えるが、ギルドというのは冒険者が所属している会社のようなものだ。
冒険者が注目されがちだが、裏方として働いている人も多数いる。かくいう俺もカメラマンという立場だったからな。
そんな普通のビルを我が物顔のシホミィがずんずんと進んでいく。
「こっちです! ここがギルドマスター室です!」
「今更だが、緊張してきたな」
「何言ってるんですか、お礼なんですから気にせずドーンといて下さいよ!」
重厚な扉を前にすると尻込みしてしまうのはなぜだろうか。
この先には〈ムーンキャッスル〉のギルドマスターがいる。
一般的な会社で言えば社長である。緊張しない方がおかしい。
ノックをして確認を取ったシホミィが扉を開く。
やはり、ギルドマスター室だけあって、高そうな応接セットや執務机がどどーんと置かれている。
部屋の中央には女性が1人。
20代、いや30代だろうか。黒い髪を後ろでまとめて流し、メガネをかけた美人さんだ。
スーツをバシッと着こなし、いかにも仕事ができますといった雰囲気が漂っている。やり手のキャリアウーマンとでも言えば伝わるだろうか。
その反面、目元が優しげで刺々しさを感じさせないあたりはポイントが高い。
「待ってたわよ、あなたが
「は、はい。そうです」
「私は〈ムーンキャッスル〉のギルドマスター
年齢がわからないってのもあってか、月詠さんからは貫禄のようなものを感じる。ギルドマスターのオーラだろうか。
「いえいえ、ちょうど手が空いていましたので」
本当にところは、引越し作業を中断させられて、シホミィに半強制的に連れてこられたんだが、いい大人はそんなこといちいち言わないのだ。
「シホミィから聞いているとは思うけれど、今回のイレギュラーの件。ギルドマスターとして直接お礼が言いたかったのよ。本当にありがとうございました」
そう言って、月詠さんはぺこりと頭を下げた。
「たまたま近くにいたので加勢しただけですよ。ダンジョンの中では持ちつ持たれつですから」
「そう言ってもらえると助かるわ。シホミィちゃんが無茶をしなければ良かったんだけど……」
「あー! 優子さんひどいです! あそこはダンチューバーなら行くべきでしたよ!」
「……こんな子だから、本当に助かったわ」
そういえば、撮れ高がどうとか言ってサンダーエレメンタルに攻撃してたもんな。なかなか苦労の絶えない子なのかもしれない。
「それから、ちょっと聞きたいことがあったんだけどいいかしら?」
「大丈夫ですよ。なんでしょうか?」
「シホミィちゃんが名前を聞きそびれたから、こうしてお礼をするために全くんの情報を集めていたんだけれどね」
名乗るほどのことでもなかったからな。
だがこれで、シホミィが俺の家までやってこれた理由がわかった。
「今はどこのギルドにも所属してないんですってね。次のギルドは決まってるのかしら?」
あーその事か。隠すことでもないので、俺の事情は一通り話してもいいか。
「いえ、特には。実は俺の本業はダンチューバーカメラマンだったんですよ」
「えぇ!?」「あら、そうなの?」
「これまでは〈ブラックサウルス〉というギルドで……」
彼女たちに俺のここ最近の環境の変化をかいつまんで話した。
「なんなんですかその人たちは! 私がとっちめてやりましょうか!」
「シホミィちゃんそれは無理よ。あっちのギルドの方が規模が大きいもの。腹立たしいのはわかるけどね」
2人とも人が良いのか、俺の事情を聞いて怒ってくれている。
だけどまぁ、俺は〈ブラックサウルス〉をどうこうするってよりも、これからの住む場所の方が問題なんだが。
「でもこれは好都合かもしれないわね? シホミィちゃん」
「そうですね! ぶっちゃけラッキーです!」
「何がですか?」
2人だけに通じる何かで頷き合っているんだが。
一体なんなんだろうか。
俺が疑問符を浮かべていると、月詠さんが目の前までやってきて俺の肩をガシッと掴んだ。
「全くん、シホミィちゃんのカメラマンやってみない?」
「え?」
「全くんも見ていたんじゃないかしら、前のカメラマンの子が逃げ出したところ」
言われてみれば、イレギュラー戦の前にカメラを捨てていった女性がいたな。
「だからちょうどカメラマンが欲しかったのよね。もちろん、全くんの住む場所も手配するわ。どうかしら?」
こんな偶然ってあるか?
ちょっとダンジョンで助けただけなのに、職も住む場所も用意してもらえるって。
「え……いや、ありがたいですが、本当に俺なんかでいいんですか?」
「もちろんよ。むしろ全くんじゃなきゃシホミィちゃんは任せられないかも」
「うんうん、そうですよ! 是非、私のカメラマンになって下さい!」
熱烈な歓迎ムードの2人を見て俺は決心した。
「わかりました。未熟者ですがどうかよろしくお願いします」
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