第2話 イレギュラー出現
部屋に戻った俺は、ウンウンと考えを巡らせる。
手っ取り早くお金を稼ぐにはどうすればいいか。
俺にあるもの。俺ができること……。
撮影用のカメラが視界に入ったが、俺は首を振る。
すぐにカメラマンとして雇ってもらうのは難しいだろう。
ダンジョン内での活動は命に関わる事もある。
そのため、ある程度の信用を得て初めてダンジョン内カメラマンになれるんだ。
このわずかな期間では難しい。
ならば配信はどうだろうかと考える。が、こちらも甘い考えと言わざるを得ない。
配信をして収入を得るなんて簡単な事じゃない。
ましてや俺のようなダサイ男の配信なんて誰が見るのかと。それくらいの自己分析はできる。
となると、俺にできそうなのは……ダンジョンで活動する冒険者くらいしかないか。
俺が生まれるもっと前、正確には48年前からダンジョンは存在している。
ダンジョンが現れる前後で、日本を取り巻く環境がガラッと変わったらしいが、それを説明すると長くなるので割愛。
大事なのは、俺が今月末までに家賃の1年分を稼げるかどうかだ。
ダンジョン内に現れるモンスターを倒すことで、重要なエネルギー源になる魔石を手に入れることができる。
この魔石を大量に獲得し、冒険者協会で買い取ってもらえば、大きな収入になるんじゃないかと俺は考えた。
「フシャーーーーーー!」
対峙したカマリキ型のモンスターを見据えて、ゆっくりと剣を構える。
慌てずここは落ち着いて観察だ。
カマキリ型のモンスターが右足を少し後ろに下げた。この動作から始まるのは回転攻撃だ。
となると、攻撃終了後は右側に急所が来る。
俺はスススッとカマキリ型の攻撃範囲から離れて移動をする。
グルン!
カマキリ型が勢いよく回転するが、当然当たることはない。
それどころか……
「ピッタリ、目の前に弱点が来てるぞ。ほいっと」
無防備な急所を剣でひと突き。
カマキリ型が霧のように消え去り、地面に魔石が転がった。
「これなら多少頑張れば、家賃分の魔石は手に入りそうだな」
俺は今、池袋ダンジョンの35階、いわゆる中層にいる。
Cランクの冒険者が活動しているエリアだ。
Cランク冒険者ともなれば、ダンジョンで得られる魔石だけでかなりの収入になる。
そこに目をつけた俺は、家賃を稼ぐためにこの階までやってきたというわけだ。
これでも
モンスターのとの戦いをカメラで追い続けたおかげで、対応の方法はそれとなく理解できる。
どんな凶暴なモンスターでも、完璧に立ち回れば勝てない道理はないからな。
俺は襲ってくるモンスターたちを
36階、37階、38階と順調に探索を続けていき、集まった魔石もかなりの数になる。
このまま40階のボス部屋手前まで進んで今日は終わりにしよう。
そう思ったところで急に声が聞こえてきた。
「早く! 早く逃げて下さい! イレギュラーです! イレギュラーが現れました!」
慌てた女性の声に呼応するように、焦った表情の冒険者たちがダンジョンの奥から走ってくる。
「おいアンタ! アンタも早く逃げるんだ! Bランクのサンダーエレメンタルが湧きやがった!」
「この奥か?」
「そうだ! 俺たちはもう行くから、アンタも早く逃げろよ!」
そう言い切って、冒険者たちは去っていく。
本来ならこの階には出現しないBランクモンスター。経験のないCランクの冒険者が太刀打ちできる相手ではない。
彼らが一目散に逃げたのは当然の判断だ。
だが、俺は彼らと同じように逃げることはせず、ダンジョンの奥を見据えた。
俺はささっと自分の持ち物を点検すると、ダンジョンの奥へと走り出した。
緑色に発光する巨大な綿を発見。
サンダーエレメンタルだ。
バチバチと雷を帯びて浮かぶ様子が雷の精霊を彷彿させることから、この名がついたと言われている。
攻撃体勢になると雷の音がバチバチとうるさくなるのだが……まだ大丈夫なようだ。
あいつの警戒範囲に入らなければ、襲われることはないだろう。
サンダーエレメンタルの近くには1人の女性が……いや違うな。
1人の女性と、その姿を撮影をしているカメラマンがいた。
この構図には既視感がある。
ダンジョン配信だ。
ちなみに、ダンジョン配信をする者はダンチューバーと呼ばれている。
「見てください! やべーやつが湧きましたよ! 冒険者の人は早く逃げて!」
女性がカメラとサンダーエレメンタルの間で視線を何度も往復させながら叫んでいる。
そうか、さっき聞こえてきたイレギュラーの知らせは彼女が発していたのか。
非常に通りのいい特徴的な声だ。
彼女は青くて長い髪をなびかせて周囲に避難を呼びかけている。年齢は20代前後といったところだろうか。整った顔立ちは、どちらかといえば可愛らしい方だ。
服装は一般的なCランク冒険者のものよりも少しいいものを身につけていて、肩には虎のぬいぐるみを乗せている。
虎のぬいぐるみ以外は動きやすさ重視の後衛装備って感じだ。
スタイルも良く、メリハリのある体つきが人目を惹くであろうことは簡単に想像できる。
総じて、配信者として非常に恵まれた見た目をしていると言えるだろう。
「もうみんな逃げましたかー!? 大丈夫そうですかー!?」
俺の姿に気付かないまま周囲へと呼びかけている彼女。
その表情はどこか楽しげで……。
「もう周りに誰もいなさそうですね……ふふっ」
何やら不穏な気配を放つ彼女。
そんな彼女に対して、彼女の肩に乗った虎のぬいぐるみから電子的な声が響く。
『シホミィ、ヤバいって。早く逃げろ』
あの虎はAIを使って視聴者のコメントを的確に抜き出し、喋ってくれるぬいぐるみだ。
ダンチューバーは戦闘中だとゆっくりコメントを読む暇がないからな。視聴者との対話を大切にする配信者はよく愛用しているらしい。
「逃げませんよ! イレギュラーとの戦闘なんて、撮れ高満載じゃないですか!」
『ウガー! シホミィの悪い癖がでたぁぁぁぁ!』
シホミィと呼ばれた女性はキラキラとした目でサンダーエレメンタルを見つめていた。逆に虎のぬいぐるみは頭を抱えるような動作をしている。よくできたAIだ。
虎の言動から察するに、視聴者的には反対ってことなんだろうな。
その様子を撮っていたカメラマンも、焦ったように声を上げた。
「何を言ってるのよ! 私たちも早く逃げるの! もう十分避難に貢献できたでしょ!」
「カメラマンさん。ここからが配信の美味しいところなんですよ! さぁバッチリ撮ってくださいね!」
「ふ、ふざけないで! こんなところで死にたくないのよ私は! 死にたいなら貴女だけで勝手に死んでちょうだい!」
おいおい。あのカメラマン、カメラを投げ捨てて逃げていったぞ。
「あー。そうですか。そうなりますか」
『あのカメラマン逃げやがったぁぁぁ!』
シホミィはカメラを拾って近くの岩場に乗せると、レンズに向かってウインクをした。
「残念ながら固定カメラになってしまいましたが、私の戦いを見ててくださいね!」
『やめろってシホミィ! Cランクの冒険者が勝てる相手じゃないぞ!』
「そこは立ち回りでなんとかしますよ!」
カメラに向かって力こぶを作る動作をしたシホミィ。
彼女はそのままサンダーエレメンタルへと向かっていった。
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