撮れ高に貪欲な小娘と、理想の配信を目指す俺は、今日もダンジョン配信をします〜追放され散らかした、最強のカメラマンが世間に見つかってしまう話〜

虎とらユッケ丸

第1話 追放

「うぜぇんだよ! 完塚かんづかぁ! オメェみたいな糞カメラマンはいらねぇから!」



 池袋ダンジョンの中で、パーティリーダーを務める座麻村ざまむらが俺に向かって怒鳴り散らしてきた。


 それに合わせるように、他のパーティーメンバーたちからも暴言が飛んでくる。



「そーだそーだ! 指示厨キメェェェェ!」

「配信中にあーだこーだウゼェんだよ! ならテメェがやれよなぁ!」

「もう限界だぜ? こんなやつの言うことなんか聞いてらんねー!」



 彼らは俺のパーティメンバーだ。

 パーティ構成は冒険者4人とカメラマンの俺が1人。

 先ほどまでダンジョン内配信を行なっていたが、それが終わった途端に騒ぎが始まった。


 まだ20代前半の彼らには、少々考えが足りないところがある。

 そこを年長者である俺がサポートしていたんだが……。



「あの場面では、俺の指示した内容が最適な動きだ。一番無駄なくモンスターを倒せる」


「はあぁぁ!? あんな無茶苦茶な位置取りできるわけねぇだろ!」


「いや、無茶は言ってない。ちゃんとやればできるはずだ」


「じゃあ俺がちゃんとやってねぇってことかぁ!?」



 座麻村ざまむらが顔を真っ赤にして吠えると、それに合わせて仲間たちが騒ぎ出す。



「ザマちんは最前線で命張ってんだぞ!」

「俺たちの姿を撮ってるだけの奴に何がわかるんだぁ!?」

「オメェのそういうところがウゼーんだっての!」


「いや……だから、しっかりやればだな」



 彼らの立ち回りには甘い部分がある。もっと完璧な戦い方に近づくようにと思って、俺は声をかけていたわけだが……。



「しっかり戦ってるじゃねぇか。なんの問題も無くモンスターも倒してる。お前の目は節穴ふしあななんじゃねーの?」


「ギャハハハハハ! ザマちん、節穴ふしあなはウケる!」

節穴ふしあな指示厨とか、害悪以外の何者でもないんですけどぉ! ぷははははは!」



 ひとしきり俺を見て笑った座麻村ざまむらたち。

 こういう若い連中のノリにはついていけないな。なにが面白いんだか。


 笑い終わって落ち着いたかと思えば、今度は座麻村ざまむらが俺の方へと近づいてきた。



節穴ふしあなにこんなカメラはもったいねぇよなぁ!? ほらよ!」



 そう言って座麻村ざまむらが俺のカメラを取り上げると、そのまま遠くへと投げ捨てた。


 自前の大事なカメラがダンジョンの奥へと転がっていく。



「ちょ! なんて事をしてくれたんだ!」



 あまりの仕打ちに俺は座麻村ざまむらに詰め寄る。

 すると突然、ドンと両肩を押された。



 「うぉっととと」



 バランスを崩した俺はそのままダンジョンの床に尻餅しりもちをついてしまう。


 何をするんだと思い視線を向けると、そこには気持ちの悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろす座麻村ざまむらがいた。


 

「オメェは俺たちのカメラマンから追放だ! この節穴ふしあな野郎ぉ!」



 こうして俺は追放された。





 俺、完塚かんづか ぜんは、座麻村ざまむらパーティのカメラマンだ。いや、だった。

 年齢は35歳。座麻村ざまむらたちが20代前半なので、彼らからみれば結構なおっさんだ。


 所属先は冒険者ギルド〈ブラックサウルス〉

 大学卒業後からずっと所属しているので、ギルド内でも結構な年長者である。


 長く所属しているとはいえ、冒険者ギルドの花形は冒険者だ。歳を食っていてもカメラマンの扱いというのは程度が知れている。


 同じギルドの仲間として座麻村ざまむらたちとはパーティを組み、これまでダンジョン配信をやっていた。


 最年長ということもあって、彼らのダンジョン配信が良くなるようにと色々アドバイスしていたつもりだった。結果は見ての通りだ。

 

 おまけに座麻村ざまむらたちは、カメラを拾いにいった俺をダンジョン内に置き去りにして帰ってしまっていた。


 なのでこの件はギルド〈ブラックサウルス〉に持ち帰って報告をしようと思う。






「というわけで、自分は座麻村ざまむらたちにカメラマンの追放と、ダンジョン内置き去りをされたんです」



 〈ブラックサウルス〉ギルドハウス内のサブマスター執務室。


 目の前に座るサブマスターの腹黒はらぐろは〈ブラックサウルス〉のギルドマスターの息子だ。冒険者とは正反対の不健康な体つきをしている。ちなみに俺よりも年下である。



「そうは言ってもねぇ。完塚かんづかさん。ここは大人な完塚かんづかさんが折れてあげるべきでは?」


「いやいや、急なカメラマンの変更も困りますが、ダンジョン内での置き去りは明らかに違法ですよ。それを見逃せと言うのですか?」



 今の日本の法律では、ダンジョン内で故意に仲間を置き去りにした場合、かなり大きな罪になる。

 配信外の出来事とはいえ、これは立派な犯罪だ。



「彼らの認識ではちょっと別行動をしただけらしいですよ? カメラマンを外されて腹が立つのは分かりますが、大袈裟おおげさに伝えて犯罪行為だと言われてもねぇ」


「誰がどう見ても、あれは置き去りですよ! 厳しく指導するべきです!」


「やれやれ、完塚かんづかさんにも困ったものですね」



 相手にするのが面倒といった雰囲気で、サブマスターの腹黒はらぐろが首を振る。



「……完塚かんづかさんのそういう感性の違いが、彼らとのみぞを作っているんじゃないですか?」


みぞ?」


「そうです。うちのギルドは比較的若いメンバーが多いでしょう? 完塚かんづかさんが色々と口出しするのを煙たがる子もいるんですよ。もう少し振る舞いを考えられてはどうですか?」


「でも俺は、彼らのダンジョン配信がうまくいくようにと……」



 多少厳しいことは言ってるかもしれないが、ひとえに彼らのダンジョン配信がもっと良くなるようにと思ってのことだ。


 特に若い子らは楽観的で見積みつもりが甘いところがある。


 配信をして大勢の人に見てもらうなら、完璧なダンジョン攻略のほうがいいはずだ。



「はぁ……。これだけ優しく言ってもわかってもらえませんか……仕方がないですね」



 ため息をついた腹黒はらぐろが、大きく表情を歪ませてこちらを見る。



「聞き分けのないアンタみたいなダメな大人はもう要りません。特に僕の言うことも聞けないバカはね」


「なっ! それはどういう……」


「わからないんですか? 除名ってやつですよ。うちのギルドから出て行って下さい。あなたの代わりなんていくらでもいるのでね」




 こうして、俺は所属ギルドからも追放された。







 翌日。



 ぐっすりと寝ていた俺を叩き起こすように、スマホの着信コールが鳴り響いた。



「……ふぁい。もしもし」


『はぁ。ずいぶんのんびりとしていらっしゃるのね』


「お、お義母様かあさま……」



 電話の相手は父の再婚相手の嫌江いやえさんだ。


 俺は布団から飛び起きると背筋を伸ばした。



ぜんさん。あなた〈ブラックサウルス〉を除名されたんですって?』


「そう……ですね。昨日。はい」


『……はあぁぁぁ』



 盛大なため息がスピーカーから聞こえてくる。



『あなたみたいな落ちこぼれを〈ブラックサウルス〉に入れるために、どれだけわたくしたちが苦労したと思ってるんです?』


「いや、それはまぁ、はい」


『地元のいい会社に入れなかったあなたを、なんとか頼み込んで、本当に最低の最低限のところにお願いしたのに』


「……すみません」



 恩着せがましく言っているが、実際は嫌江いやえさんが裏で手を回して地元の会社に入れないようにしていたのを俺は知っている。


 だが、ここでその話をしても嫌江いやえさんを怒らせるだけだ。



『わたくしは完塚かんづか家として恥ずかしいですよ。他の子たちは優秀なのに、あなただけは本当に……』



 ネチネチと嫌味ったらしく話をする嫌江いやえさん相手に、俺は相槌をうってなんとかやり過ごす。



『ともかく、今回の件はあなたのお父様も大変お怒りです。なので今後、完塚かんづか家からの支援は一切ないものと思ってください』


「は、はぁ」


『なんですかその生返事は。完塚かんづか家に泥を塗っておいて、よくそんな態度でいれますね』



 いやいや、生返事になるのも仕方がないじゃないか。

 支援? そんなものこれまで受けてきた記憶が無いんだが。


 俺が頭を捻っていると、今度は玄関をドンドンと叩く音が聞こえてきた。



「すみません、お義母様かあさま。来客のようなのでそろそろ……」


『ふん。せいぜい苦労しなさい。この出来損ないが』



 ガチャンという大きな音と共に電話が切られた。


 ドンドンドンドン。ドンドンドンドン。



「はいはい、すぐに出ますよっと」



 俺はいそいそとボロアパートの扉を開ける。


 玄関先にはこのアパートの大家をしている小さいお婆さんが立っていた。


 大家さんがギロリと俺を睨みつけると、そのままぐいっと中に入ってくる。



完塚かんづかさん。アンタねぇ困るんだけどねぇ」


「どうしたんですか?」


「今朝、アンタのアパート契約の保証人から連絡があってねぇ。保証人を降りるって言われたんじゃよ」


「ええ!?」



 保証人……確か親父になってもらってたはずだ。

 だが親父が俺になんの連絡もなく、こんな事をするとは思えない。


 ……そうか、嫌江いやえさんの仕業か。



「アンタ他に保証人のアテはあるんかい?」


「残念ながら、パッと思いつく範囲ではいないです」



 地元を離れて〈ブラックサウルス〉一本でやってきた俺に、ろくな交友関係なんて無い。


 唯一頼れそうなのは〈ブラックサウルス〉だったが、それも今となっては無理だろう。



「なら、月末までに1年分の家賃を払っておくれ。それができないなら出ていってもらうよ!」


「ええ!? そんな急に言われても!」


「それはこっちのセリフじゃよ! 急に保証人がいなくなるなんて!」


「そ、そうですよね。すみません」


「今月末に1年分。これ以上はビタ一文まからんないよ!」



 大家さんはそう言い残すと、扉を力強く閉めて去っていった。


 困ったな。貯金なんて全然無い。

 1年分の家賃なんてもってのほかだ。


 どこかから借りるにしても、今の俺は無職。

 月末までは……あと2週間しかない。


 職をなくしたどころか、このままじゃ住む場所すら失ってしまう。

 


 どうすれば……。

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