第37話 クラス対抗リレー模擬戦
対面式が終わって、生徒たちが散っていく中で二人の教師だけはその場に留まっていた。
「おい、友春」
「なんだ、清……太郎」
「清鷹だ。忘れたとは言わせねえぞ、クソ野郎」
「で、何の用だ。俺はこれから残った時間でアニメを一話見る。だから忙しいんだ、すごく」
「ふざけるな」
「俺はいつだって大真面目だ」
「昔の話だろ。今のお前に真面目なんて言葉は似合わねえ」
「昨日から昔、昔って……お前は昔話の語り手か。ってか、いつまで昔に執着してるんだよ」
「それはお前の方だろ。お前が今やってることは、決してお前のためにはならねえ。失った時間は戻らねえ、それくらいお前も分かってるはずだろ?」
互いを威嚇し合う二人の姿は仲の悪さが全面に出ているが、会話のキャッチボールだけ見ればまるで仲良しだった。
「今回の体育祭、俺たちが勝つ。お前が率いる六組に俺たち五組は勝つぞ」
これはまさに宣戦布告だ。生徒だけでなく、この二人の教師にとっても負けられない戦い。僕は二人の過去は知らないけれど、きっと各々プライドがあるのだろう。子どもの知らない大人の世界。
「ああ、そうか。俺は別にお前に勝とうが負けようがどうでもいい。俺は、人生楽しむって決めたんだ」
「チッ、そうかよ」
ただ一言そう言い残し、彼は隣の教室に戻っていった。彼の最後の表情はそれまでとは違って、ほんの少し弱々しく見えた。
「……最初から、俺のためなんかじゃねえよ」
僕は最古先生がぼそっと呟いたその言葉の意味が分からなかった。ただ、二人の表情がどこか似ていることだけは確かだった。
▷ ▷ ▷
放課後になり、五組と六組の生徒がぞろぞろとグラウンドに集まった。クラス対抗リレーの模擬戦のためだけに、リレーが終わるまで貸切にする教師陣の本気っぷりには驚いたが、何より本気なのは生徒の方だった。
「よっしゃ、燃えてきたぜぇえ! 模擬戦、勝つぞ!」
「志賀は相変わらず熱いな。俺も自然と元気が出るよ」
「おうよ、優太!」
志賀くんはいつにも増して元気いっぱいで、駿河くんも目に闘志が宿っていた。
「優太! 五組がそろそろ始めようぜって言ってるぜ」
「伝言ありがとう、瀬名。さぁ、模擬戦を始めようか」
駿河くんのその一言が駿河くんの周りの集団を活気づける。一方で、少し外れて固まっている集団にはその声は届いているものの、熱気は伝わっていないようだった。心底面倒臭そうにとぼとぼと歩いている。
今日はいきなりの模擬戦ということで、出席番号順で走ろうということになった。その時は気づいていなかったのだが、志賀くんに言われて僕は衝撃の事実を知る。
「おー春樹! 第一走目、頼んだぞ! 出だしが肝心だからな!」
そういえば僕の苗字は“あおしま“だった。本当にとことん運が悪い。
とはいえここで文句を言って迷惑を掛ける訳にはいかないので、僕は渋々スタートラインに立った。
「な、なぁ……ゆっくり、走ろうな……」
誰か分からないけれど五組の彼は怯えながら僕に言った。
──よかった、仲間がいた!
心強い仲間の存在に勇気づけられながら、僕はなんとかスタートの形をつくる。
「位置について、よーい……ドン!」
開始の合図と共に僕らは勢いよく走り出した。とりあえずスタートダッシュ失敗しなくてよかった。
スタートから少し経ってもなお、依然として僕と隣の彼はほぼ同じペースで走っている。まるで二人三脚のようだと走りながら思った。
やがて僕らは次の走者にバトンを渡した。走り終えて、僕らは自然と握手をして互いを讃え合った。
──約束を守ってくれてありがとう、と。
僕らが繋いだバトンは次の走者へ、そのまた次の走者へて順々に繋がれていく。今のところ両クラス互角の戦いを繰り広げている。
「よーし、俺の番だ! いくぜ、この一走に魂を込めて!」
そう言って走り出した志賀くんはそれまで互角だった五組に数メートルの差をつけ、次の走者の駿河くんにバトンを渡した。
「どうだ! これが俺の実力だー!」
──志賀くん、すげぇ。
すっかりムードメーカーになった志賀くんが火付け役となり、その後も順調にリードをつけていった。
『これは勝てる!』
誰もがそう思った瞬間、六組のバトンはすとんと地に落ちた。その一瞬の出来事に、誰もが目を見張った。
よく見てみるとバトンは一人の女子生徒の足元に落ちていた。クラスメイトとはいえ始業から一ヶ月ほどしか経っていないので名前は正直覚えていない。
慌てふためく彼女をよそに、五組の走者は彼女を追い越しトップを奪還した。どんどんと差がついていく。
一人の男子生徒──駿河くんがバトンを手渡し、彼女はなんとか走り始めた。
しかし、一度できた大きな差は決死の努力で埋まることはなく僕たちは五組から大幅な遅れをとって大敗した。
あのバトンミスが今回の遅れの要因の一つとはいえ、誰も彼女を責めはしなかった。実のところ別に彼女は悪くはない。練習もせずに突然リレーの模擬戦なんてすれば、あれくらいのミスはあって当然なのだ。
喜び合う五組と慰め合う六組。負けたとはいえ、良い走りだったと互いを褒め合っていた。
ただ、僕はこの場における何よりも大きな問題に気づく。いや、気づいてしまう。
──バトンを落としてしまった女子生徒は、誰に声をかけられることもなく、ただ一人で泣き続けていた。
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