第34話 突然の来訪者
円陣を組んで気合の入ったスタートを切った体育祭共同運営計画は、佐野さんの発言で早速始まる。
「まずは今年度の体育祭予定日ですが、例年通り熱中症対策を兼ねて六月の中旬頃に執り行います。つまりはあと一ヶ月と少しという短い期間になるので主に仕事は分担していきたいと考えています」
その通りだ。一ヶ月弱という期間内に全ての準備を終えなければいけないのだから役割分担は当然のことで、物事を効率的に進めるためには必須といえる。
「主に書類作成や日程調整及び予備日設定といった事務的な仕事は私たち生徒会が引き受けます。月ヶ瀬さんたちにお願いしたいのは各クラスへの資料配布やアンケート用紙の配布と回収といった仕事をお任せしたいです。あと、どちらかというとこちらの方が重要なのですが、今月末にある生徒会結団式にて体育祭に向けてのスピーチもお願いしたいと考えています」
生徒会決断式……あのよく分からない退屈な時間のことか。生徒会長と副生徒会長のご挨拶と今後の方針、目標などを全校生徒の前で発表する式だが、僕からすればただひたすらに退屈に感じてしまう。
「スピーチっていうのは?」
「体育祭に向けて生徒たちを活気づける声かけのようなもので結構です。月ヶ瀬さん、そういうの得意そうだなと思いましたのでご提案させて頂きました」
「いやー私、日本語苦手だよ? 大丈夫?」
──致命的すぎる。
生徒会決断式という貴重な式で全校生徒の前に立ちスピーチをするのはかなりの大役だと思う。日本語が苦手だと自覚している彼女をその役に起用するのは少々リスクがありすぎるのではなかろうか。
とはいっても僕は断じてその役を背負いたくないので、いざとなったら彼女に押し付けようと思う。我ながら最低最悪の考えだ。
「最悪の場合、こちらで原稿を用意するというのもアリかなと……」
──それもう佐野さんが喋った方が早いのでは?
まぁ、佐野さんは他の仕事で忙しそうだしそういう訳にもいかないのだろう。それに、せっかく共同運営という形で携わっているのだから全任せというのも面目が立たない。
「とにかく、まだ計画の全貌が見えていない以上はあまり細かい点までお話しすることが出来ません。ですので、私の方で本番までの大まかなスケジュールと作業内容をまとめておきます」
「ありがとう、佐野さん!」
「いえいえ、これが私の仕事ですので。ところで一つ確認したいのですが、体育祭の共同運営の拠点はこの場所という認識でよろしいですか?」
「うん! 大丈夫だよ! どうせ私たちここで何にもしてないから気とか遣わなくていいからね!」
「おい月ヶ瀬、仮に事実だとしてもそんな言い方はするな。こういう時は真面目にやってる感じを醸し出した上手な嘘をつけ」
なんて酷いアドバイスだ。最古先生が顧問な以上、この組織が学校から公認されることはなさそうだ。
結局この日は特に何も決まることなく、なんとなく解散の雰囲気になった。
いつの間にか会話の高速ラリーを再開していた生徒会長と副生徒会長を引っ張るように佐野さんたちはこの場を後にし、部室には僕と彼女と最古先生だけが残った。
「いやー、賑やかで楽しそうな生徒会だね!」
「俺たちはあんな風になることはなさそうだな。どこかの誰かさんがちっとも喋らないからな。な?」
最古先生はこちらを横目に見ながら言った。これは余計なお世話というやつだ。放っておいてくれ。
「まぁでも、間違いなくあれは悪い手本だ。生徒たちの代表的存在であるはずの生徒会が彼女一人の手でなんとか保たれている現状はどうにかせねばならない」
「でもなんか先生はあんま人のこと偉そうに言える感じじゃない気がしまーす」
「なっ……。そんなことないぞ。俺はこれでも一応なんとかギリギリ教師だ。生徒の間違いを正すのが教師の役割だからな」
彼女が言った通り、それを最古先生が言ったところで説得力に欠ける気もするが、他に言う人がいない以上は仕方がないことなのかもしれない。こればかりは佐野さんが可哀想だが。
「とにかく、俺は──」
そこまで言いかけた最古先生は突然黙り込み、扉の方を凝視している。
僕は一体何が起こったのか確認しようと、最古先生の視線の先に目をやる。
そこには、一人の男が立っていた。
その男の視線は僕と彼女を無視して最古先生にだけ向けられていて、最古先生も睨むようにその男に視線を向けていた。
そして、その男はニヤッと笑いながらこう言った。
「よお、久しぶりだな……友春」
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