第29話 ファイナルラウンド

 分からない。分からない。分からない。分からない。


 以前は忘れてしまっていた“何か“が僕の中をぐるぐると渦巻いていて、その得体の知れない何かはたしかに僕の人生を狂わせてきた。

 ついには青い星サークルの部長になってしまうほどに、取り返しのつかないことになってきていた。


「本当にありがとう、青島。よろしく頼む」


 何がともあれこうなってしまったからには仕方ない。どうせ引き返せないのならとっとと終わらせてしまえばいい。

 僕の真の目的は『青い星サークルを脱退し、この歪な関係を終わらせること』にある。僕の中の何かが形を成す前に、全てを終わらせよう。


「よろしくね! 青島部長!」


 彼女はなぜか敬礼のポーズをつくって満面の笑みを浮かべている。

 それでは僕は部長ではなく隊長になってしまう。それはそれで嫌だ。


「春樹、部長なんてかっけぇじゃん!」

「青島くん、困ったら僕にじゃんじゃん相談してねー」


 志賀くんと食田くんもそう言って笑っている。


「ありがとう」


 どういう感情で言えばいいのか僕には分からない。三人は笑顔で応援してくれているけど、僕は笑えない。なぜならやりたくないからだ。


「じゃあ、先生! 締めのコールするー?」


 彼女は閃いた! とでも言わんばかりに手を打つ。


「いや、まだこの作戦は終わっちゃいない」


 ──まだ終わっていない?


 部屋の改修だけがこの作戦の目的ではないということなのか? だとしたら真の目的はなんだ?


「まあ、ひとまず今日のところは解散する。今日は協力してくれてありがとうな」


 想定外だった。てっきり真の目的を果たすべく残された任務を遂行させられるかと思いきや、最古先生からは解散命令が出された。一体どうなっているのだろう。


「えーっと、解散? え、でも終わってないって……」

「その通りだ、月ヶ瀬。この作戦はまだ完全には終わっていない。だが、お前たちがすることはこれで以上だ。あとは明日、俺が“トドメ“を刺す」

「はあ……」


 彼女は全く理解できていないらしく、納得のいかない表情を浮かべ首を傾げている。

 結局、この作戦は終わっていないという発言の真意は分からずに終わってしまった。

 果たして、最古先生の言う“トドメ“とは何を意味しているのだろうか。何をするつもりなのだろうか。


 ──何事もなく終わりますように。


 すっかり暗くなってきた外の景色を眺めながらそう思った。



          ▷ ▷ ▷



 朝、目が覚めた瞬間から何か嫌な予感を微かに感じていた。それはきっと間違いなく最古先生の“トドメを刺す“という意味深発言が原因だ。


 そんな風に半ば怯えながらも学校へ登校したが、朝の時点では何の異変もみられなかった。

 授業中も休み時間もそのことばかり考えていたが、あまりに何も起こらないのできっと最古先生は諦めたのだと思い始めていた。


 やがて、いつもと何ら変わりなく時は過ぎゆき、昼休みに突入した。

 様子を伺うために弁当を食べることを戸惑ったが、どれだけ待っても何も起きそうにないので僕は大人しく昼食をとることにする。


 彼女も志賀くんも食田くんも僕と考えは同じなのか、何食わぬ顔で弁当を食べている。

 僕も持参した弁当を食べようと箸を持った途端、教室前方のスピーカーから愉快な音楽が流れ始めた。

 


『さて、今年も始まりました! お昼の幸せお裾分け“いずっ箱!“のお時間です!』


『いやー今年度初のいずっ箱ということで、少し緊張しますねー』


『いやほんとだよ! 放送前にトイレ行きすぎだろ!』


『すみませんね。トイレと放送室をシャトルランしちゃって、ウォーミングアップはバッチリですよ』


『それではね、早速最初のコーナー行ってみましょ!』



 このよく分からないやり取りを昼休みに聞かされるのがこの学校の恒例行事みたいなものだ。

 毎年、新学期になってしばらくすると“いずっ箱“とかいうふざけたタイトルの放送が始まる。放送部による愉快な掛け合いや生徒や教師らをゲストとして招きトークを繰り広げる王道なコーナーが人気を博し、この学校では昼の楽しみと化しているのだ。


 ちなみに僕には面白さが理解できない。だからしっかり聴いたことはない。これを聴くくらいならどこか人のいないところで読書をする方がよっぽど有意義だと僕は思っている。

 そうして今日も放送を聞き流していると、それまで流暢に話していた彼らの声がぶちっと途切れた。


 突然の事態にクラスメイトたちは騒然としている。今までこんなことがなかっただけに少し不安そうな表情を浮かべている人も中にはいる。

 何かあったのだろうかと聴衆が心配する中、スピーカーから再び音が聞こえ始めた。ごそごそという物音が聞こえた後、スピーカーの向こうにいる誰かがふんっと笑った。



『はいどーもーこんにちは! みんなご飯は食べ終わったかな? 私の名前は、最古友春だ! お前ら! 楽しんでいこうぜ!!』



 ご丁寧に自己紹介して頂いた通り、その声は最古先生に違いなかった。

 一体、何が起こっているのか。僕には一切の見当もつかず、ただ呆然とそれを聞くしかなかった。



『突然だがお前ら、青い星サークルって知ってるか? 俺がこの春立ち上げた組織で、行動目的はただ一つ。人が人を助ける理由の答えを探すことだ。そこでだ、俺たちはお前らからの依頼を何でも引き受ける。恋の悩み? 将来の悩み? 家の悩み? 趣味の悩み? 人間関係? 何でも来い、俺たちが解決のサポートをしよう』



 なるほど。今ので何となく狙いは分かった。要するに最古先生は食田くんや志賀くんのような“依頼者“が欲しいのだ。

 僕たちが“人が人を助ける理由の答え“を探し出すために、その材料を欲している。


 とはいえまさかこんな手段に出るとは思ってもみなかった。代々受け継がれてきた大人気の昼の放送を乗っ取って宣伝をするなんてどう考えても普通じゃない。

 しかし彼はこんなことでも平然とやってのけてしまう。この放送こそ最古先生が言った“トドメを刺す“の真意だったのだ。


 青い星サークル本格始動作戦とは、目的を達成するにあたっての準備に過ぎなかったということだ。

 全てが判明した今、ものの見事に彼の掌の中で踊らされていたことに気がつく。こんなの、抗いようがない。



『青い星サークルは、今日から本格始動となる!!』



 こうして彼はトドメを刺し終え、ついに青い星サークルは本格始動することとなった。

 そして今、僕は確信する。


 ──きっとここから、僕らは何かに巻き込まれていく。

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