第28話 第二ラウンド・リフォーム編
最古先生の運転する車は学校へと到着した。
この地獄のようなドライブを乗り越えたことをとても嬉しく思う。僕は意外と忍耐力があるのかもしれない。
僕はホームセンターで買ってきた商品を手に取り、階段へと向かう。四階まで上らなければならないという事実に打ちのめされそうになりつつも重い一歩を踏み出す。
「おーい、なにしてんだ?」
そんな僕の姿を見て最古先生は言う。
「ここにエレベーターがあるんだからこれでいいだろ」
そうか、最古先生は今年からこの学校に赴任してきたからエレベーターの利用に関する校則を知らないのだ。それなら僕が親切に教えてあげよう。
「エレベーターは原則、利用禁止で……」
「知ってるぞ?」
「え?」
その校則を知っていながら僕にエレベーターに乗ることを勧めてきたというのか?
「校則なんてまともに全部守ってるやついねえだろ。それに、たくさんの荷物を運ぶためならルールの一つくらい破んねえとどうしようもないだろ?」
僕はあまりの酷さに絶句する。間違いなく教師の発言ではなかった。
「……待て、俺って本当に教師なのか?」
「さあ……」
流石に教師として道を踏み外しかけてる自覚はあるらしい。それならまだ救いようがあるのではないだろうか。
「よし、青島くん。階段で四階まで上がろうではないか」
最古先生はそう言うと、僕が持っていた袋を一つ手に取り階段を上り始めた。まるで人が変わったようだった。
あまりの変わりように困惑しつつ、僕もその後を追うように階段を上る。
「あー重い。超重い。エレベーター欲しい。あー重い」
僕はそのうるさい独り言を完全スルーし、ある程度の距離を保ちながら四階を目指す。
そんな調子で四階に辿り着いた頃には、最古先生は床に座り込んでいた。まるでそれなりの高さの山を登頂したかのようだった。
「先生、大丈夫ですか? 僕、持ちますよ」
瀕死の最古先生にそう声をかけたのは食田くんだった。
「食田……。今度、絶対からあげ買ってやるからな」
最古先生は食田くんの肩をぽんっと叩きながら、ひょいっと軽々しく立ち上がった。
──なんか全然余裕そうじゃん。
そんな最古先生の詐欺師ぶりには目もくれず、食田くんは随分と嬉しそうだった。からあげ奢り確定は彼からすればこの上ない幸福なのだろう。
僕はそこにいる詐欺師を無視して食田くんと共に部室へと向かう。
「ねえ青島くん、そっちはどんな感じだった?」
「大変だったよ、とても」
「やっぱそうだよねー。青島くん、ご愁傷様でした」
「あ、うん。ありがとう」
ご愁傷様でしたって人が亡くなった場面でくらいしか耳にしないので一瞬戸惑ってしまったが、これは食田くんなりの気遣いというやつだろう。ありがとう、食田くん。
そうこうしているうちに僕らは部室に到着した。詐欺師……じゃなくて最古先生もいつの間にか僕らの後ろまで来ていた。
「お、青島くんじゃん! おかえりー」
部室に入るなり彼女が元気よく迎えてくれた。
「春樹おかえり! 大変だったろー。ちょっと休みな」
志賀くんはそう言うと椅子を差し出してくれた。
「ただいま。ありがとう」
二人に向かってそう言うと早速椅子に腰を下ろす。
「あの……俺は?」
誰も一切触れてくれず、扉の前で佇む最古先生の姿はやけに寂しげだった。
「あ、おかえりー」
「はい、おかえりー」
「ねえ、雑じゃない? 気のせい? 気のせいだよね?」
「気のせいですよ!」
「気のせいだな」
「そっか。そうだよな、気のせい……だよな!」
最古先生は開き直って「そうだ! 気のせいだ!」と連呼して自分に言い聞かせていた。現実逃避ってやつだ。
「ってか、これでリフォームの準備おっけーだよね?」
彼女は室内に置かれた荷物たちを見て言う。
「ああ、おっけーだ。いよいよメインイベントだな」
「おおー! メイン……イベントっ!」
彼女は待ってましたと言わんばかりに喜びを讃えている。何がそんなに嬉しいのかは僕には理解できない。
努力が報われるのは幸せ? 積み重ねた苦労を乗り越えたら嬉しい? そんなの、僕には到底理解できない。
「よーし、まずは俺たちホームセンター組が買ってきた壁紙をちょちょーいっと貼っていくぞ!」
そう言うと荷物の中からレンガの壁紙を取り出した。
部屋の壁一面を貼れるように少し多めに買ってきたので手分けして取り掛かる。
この部屋は腰のあたりまでは木製の壁、それから上は白い無機質な壁という構成になっており、レンガの壁紙はその無機質な方に貼っていく。
レンガといっても白みがかったレンガなので、色彩的にはこの部屋によく合っていると思う。
幸いこの部屋は広くはないので、協力して貼っていたらあっという間に一面を壁紙が覆った。
「おー! すごい! 全然雰囲気ちがうね!」
彼女は壁紙を貼り終えた部屋を見渡してはこれまた嬉しそうに言う。
「やっぱ壁紙は成功だったなー。なんかすげぇオシャレな感じ」
「たしかにがらっと雰囲気変わって結構良いかもなー」
志賀くんは生まれ変わった新しい壁に触れながら言う。
「さて、次は月ヶ瀬たちが持ってきてくれた机やら椅子やらを配置していこう! それが終わったら観葉植物を飾りつけてリフォームは終了だ」
ついにこの“青い星サークル本格始動作戦“は最終段階に突入した。長い一日ももうすぐで終わる。あと少しの辛抱だ。
僕らは廊下に置いてある机やら椅子やらをひとまず全て部屋に運び入れる。運びながら大まかな位置を想定し、全て運び終えるとそのまま配置決めを行う。
「この細長い机は部屋の真ん中に向かい合わせにくっつけて置けばいいんじゃないかな」
そんな風に志賀くんが指揮を取り、配置を決めていく。
その一方で彼女は「わぁ! 会議室みたい!」などと適当に口を挟んでいた。
「棚は壁沿いに並べておいて、ポットとかはとりあえずその棚に置いておけばいいと思う」
優秀な匠のおかげでみるみるうちに配置は決まり、リフォームの全貌が明らかになっていった。
「最後にこの観葉植物たちを飾ればいいんだよね?」
食田くんは観葉植物をいくつか手に取ってやる気満々だった。
今回、僕たちが買ってきた観葉植物は鉢に生えてるタイプのものから壁や天井に飾れるようなものまで多岐に渡る。
食田くんに続いて各々がそれらを手に取り、壁にや天井に、扉の縁になど部屋の至る所に取り付けていく。
ちなみに天井は「生徒を危険な目に合わせるわけにはいかない!」とか言いながら最古先生が取り付けた。果たして本当に思っているのだろうか。
観葉植物の在庫も無くなり、すっかり部屋が緑化したところで最古先生は声を張り上げた。
「よし、これにてリフォームは終了だ! みんな、お疲れサンバ!」
「うん、お疲れ様ー」
「はい、お疲れーっす」
「お疲れ様です。お腹空いたねえ」
三人は適当に返答すると溶けるように床に座り込んだ。
これにて作戦は完了だ。
部屋はすっかり生まれ変わって、本格始動の準備は十分整ったと思う。
「あーそうそう、俺たち大事なことを決めてなかったんだよなー」
「大事なことって?」
「ずばり、このサークルの部長だ」
たしかにそういう普通の部活なら絶対に最初に決めるようなことは僕たちは一切決めずにここまで来た。そういうものなのだとさえ思っていた。このサークルは他とは違う特殊な組織だ。学校公認ではないし、このサークルの目的は『人が人を助ける理由の答えを探すこと』というなんとも異質なものだ。
そんな組織に今さら部長という役割は必要なのだろうか。なくてもやっていけると思うし、そもそも僕はこのサークルに長居するつもりは毛頭ない。とっとと答えを探し出してこの歪な関係を終わらせ、孤独な日常を取り戻す。これが僕の中にある最も大きな目的だ。
「それでだな、部長をぜひ青島にやってほしいと思う」
──は?
僕か彼女かでいえば、普通に考えて彼女の方が適任だろう。人助けに対する本気さも人との関わり方も、何もかも僕なんかより彼女の方がよっぽど優れている。
「お前が嫌がることくらい分かってる。それでも……俺は、青島にこの役を“託したい“と思ってる。どうか──」
その目はいつになく真剣だった。渾身の土下座も繰り出さず、ただ僕の目だけを祈るようにまっすぐに見つめていた。
「──どうか、俺を助けてくれ」
一瞬、彼の表情の変化が見えた。本当に一瞬だけ見えた儚げな表情が、僕の中にある何かを揺るがした。
「……分かりました」
揺るがして、揺るがして、止まらなかった。逆らえずに僕は彼の願いを受け入れる選択をした。
いつもこうだ。僕は自分の意思とは相反する選択をしてしまう。頭の中で描く考えとは全く別の考えを無意識に優先してしまうのだ。
なぜだろう。なぜだろう。なぜだろう。なぜだろう。
何かを犠牲にしてでも誰かと深く関わることを選ぶなんてどうかしている。
自分や他人を傷つけると分かっているのに。それなのにどうして人と関わることを選ぶのだろう。
どうせ訪れる傷ついた未来を受け入れようとしてしまうのは、なぜなのだろう。
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