第26話 第二ラウンド・最古&青島編

 青い星サークル本格始動作戦・第二ラウンドが幕を開け、僕は最古先生と二人仲良くドライブ旅をしている。


 別にこれはしたくてしているわけではない。じゃんけんという時に悪魔と化すゲームによって定められた運命だ。運命には逆らえませんと誰かも言っていた。

 そうしてじゃんけんで負けた僕はホームセンター組として最古先生の車にリフトオフする羽目となったのである。


 最古先生の車は至って普通の白の軽自動車で、内外装共に最近購入したもののように綺麗だった。物が乱雑した車での居心地の悪いドライブを想定していたので、その点だけは救いだった。まさに不幸中の幸いだ。

 車内では洒落た音楽が……なんてことはなく、なぜか漫才が流れていた。最古先生はニヤニヤと笑いながら運転している。


 ──なんで漫才?


 たしかに面白いし、現に僕も漫才が好きだ。喋りだけで人を笑わせるというのは簡単に思えて一番難しいのだと芸人が語っていたのを前に見たことがある。その通りだと思った。言葉の持つ力を最大限笑いに振り切るにはきっと高度な技術が必要なのだ。だからプロの芸人はやっぱりすごいと改めて思う。


「いやードライブは楽しいな、青島」


 せっかく漫才に集中していたところを運転手に邪魔されてしまった。だんだんと勢いに拍車が掛かってくる良いところだったというのに。

 というか、僕の意思が「行きたくない」である以上はドライブではなく拉致だ。僕は連れていかれてるのであって最古先生とドライブを楽しんでいるわけではない。とはいえ無視するのは気が引けるので適当に返しておくことにする。


「そうですね」

「おいそれ絶対思ってないだろ」


 やはり僕の本音はバレている。流石に適当すぎだったようなので次回からは修正しようと思う。

 そうこうしているうちにホームセンターに到着した。

 学校からそう遠くはなかったので思ったより早い到着だった。


 僕と最古先生は並んでホームセンターに入ると、まっすぐリフォームエリアに向かう。そこでは本格的な内装工事からちょっとした改修まで幅広い分野の資材を扱っており、空き教室の改装にも役立つものがあるだろう。


「壁紙とか貼りたいよなー。なんかすげぇオシャレな感じにしたいな」


 なんかすげぇオシャレな感じ、と言われても抽象的すぎてちっとも分からない。


「これとかどうだ?」


 そう言って最古先生はレンガ調の壁紙を手に取って僕に見せてきた。


「素晴らしいセンスです」

「おいそれ絶対思ってないだろ」


 先ほどの反省を生かして適当具合を柔和したつもりが、今度は逆にやりすぎたようで、またも本音がバレてしまった。


「まぁいいや。とりあえずこれと……あんなのはどうだ?」


 最古先生の視線の先には観葉植物のコーナーがあった。たしかにそれを飾るとなるとオシャレになりそうな気がする。


「よし、決めたぞ! テーマは“緑に囲まれて“だ!」


 なんだかそれっぽいテーマが決まった。最古先生の思い描く“なんかすげぇオシャレな感じ“が少しずつ見えてきたような気がする。

 しばらくじっと凝視して品定めをしていた最古先生は嬉しそうに商品を次々と手に取り、カゴに入れる。


「キタ……降りてきたぞ、アイデアが! 天が我の味方をしている!」


 その発言と動作は完全に厨二病のそれだった。僕は関係者と思われたくないので距離を置く。


「決まったぜ」


 ニヤニヤしながら言っているあたり、これはおそらく二つの意味をかけているのだろう。台詞が“決まった“と商品が“決まった“の二つだ。

 そうしてなんとか商品を選び終えた僕らはレジに向かった。

 店員は深々と丁寧にお辞儀をすると、手際良く商品のバーコードを読み取る。あまりの綺麗さに感動すら覚える。


「一万二千円になります」

「……安くできます?」


 流石にこれは冗談だろうか。冗談だと言ってくれ。それは家を買う時とかそういう時に使う決まり文句だろう。ホームセンターの観葉植物やら壁紙やらを購入する時に使う人はまずいないと思う。


「あ、気にしないでください!」


 困惑する店員に最古先生は自ら言う。僕はどの口が言っているんだと思わずツッコミたくなる衝動を抑える。店員は余計に困惑していた。

 買い物を終え、外の自動販売機で桃水を買ってもらい車に乗り込む。


「桃水まじ美味いよな。いかにも桃って感じで」

「はい」

「おいそれ絶対思ってないだろ」

「思ってます」

「そうか。それならいいんだ」


 こんなくだらない会話をするだけして沈黙が訪れるドライブなんて他にあるだろうか。いや、ないだろう。

 でも僕にはそれがちょうどいい。沈黙も何も気まずくない。言葉を交わすよりもずっと楽だ。自分の思っていること、考えていることを伝えるよりは己の中で隠し続ける方を選びたい。僕はそういう人間なのだから。


「なぁ、青島。答えは出たか?」


 その沈黙を破ったのはもちろん最古先生だ。こうなると言葉を交わすことを避けられない。僕はそういう人間なのだ。


「人が人を助ける理由の答えだ。それなりに時間もあったし、何かそれらしきものは見つかったか?」


 そう言われて、僕は振り返る。

 彼女が人を助けるのは母親の言葉がきっかけだった。母親の思いを汲んで、彼女なりに解釈した結果、自己犠牲を厭わない手段を取るようになってしまった。それを見かねた最古先生は、彼女をサークルに呼び込み監視下に置くことで自己犠牲を辞めさせようとした。


 僕はそれまで、答えが分かった気でいた。何か掴みかけているような感覚があった。でも、それは違った。僕は依然として何も知らない。答えなんて見つけられていない。

 最古先生が僕らと関わろうとする理由も分からない。なぜあんな手紙を書いてまで僕を呼び出したのか、なぜ彼女を助けるために僕に対処させ、自然とサークルに呼び込む方法を取ったのか。何もかも分からない。


 そうだ。僕は本当に何も知らない。分かった気になって、本質から目を背けていただけなのだ。

 からあげ紛失事件の時もオタクの一件の時も、僕はずっと流されているだけだった。


 最古先生は言っていた。「今は何も分からなくていい。ただ、分かろうとする必要はある」と。

 つまるところ、僕は分かろうとしていなかったのだ。それはどうでもいいとか関係ないとか知りたくないとか、そういう理由ではない。きっと怖いのだ。人と関わって、何かを知ってしまうのが心底怖くて、無意識のうちに避けていたのだ。僕は、そういう人間なのだ。


「まぁ、そう簡単に分かることではないな。俺だってよく分かっちゃいねぇし、多分そんなこと考えてるやつほっとんどいないだろ。でも、俺たちは考える必要がある。青島も、月ヶ瀬も、もちろん俺も。その答えを知る必要があるんだ。青い星サークルは、そのための“居場所“だ」


 それはおよそ初めて、彼が青い星サークルについて深く言及した瞬間だった。


 最古先生は、それを“居場所“と言った。つまり、青い星サークルの存在意義は「人が人を助ける理由を追求するため」ということになる。では、その答えを見つけた時、サークルはどうなるのだろう。存在意義をなくし、廃部となるのだろうか。仮にそうだとすれば、僕がこの奇妙な日常から脱する最短かつ合理的な方法はその答えを見つけることだと言える。それなら。


「もう少し、答えを探してみます」

「よし。まずは戻って作戦の第二ラウンドだ! 月ヶ瀬たちもそろそろ終わった頃だろうしな」


 これからどうすべきかなんてことはちっとも分からないが、ここにいれば何かが分かるのだとなんとなく思う。答えが見つかる保証はないが、見つからない保証もない。僕はもう既にこの賭けに身を投じている。


 彼女らは、今頃どうしているだろうか。

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