第25話 第一ラウンド

「ここから始まる! 青い星サークル本格始動作戦!」


 オタク王決定戦の時も思ったが、やはり彼女のタイトルコールは様になっている。彼女自身も乗り気なようで随分と楽しそうだった。


「相変わらず最高のタイトルコールだな。ありがとう、月ヶ瀬」

「どういたしまして!」

「さて、早速“青い星サークル本格始動作戦“に取り掛かるぞ。さっき言った通り、まずはこの部屋の改修からだ」

「はいはーい、しつもーん」

「どうしたー、月ヶ瀬」

「ここの改修ってなにをやるんですかー」


 棒読みなのはさておき、たしかに部屋の改修って何をするんだろうか。簡単に出来るとは思えないし、業者を呼ぶというのも難しいだろう。


「最初は掃除だな。古い資料や机、椅子を外に出してこの部屋を空っぽにする。月ヶ瀬の頭みたいにな」

「なんか今ひどいこと言われたよね?!」


「そして掃除を終えたら、校内で余ってる比較的新しい棚や机などを集め、ここに運ぶ。あとは装飾なり何なりして、俺がトドメを刺す」


 ──トドメ?


 これはたしかこの部屋の改修の話だったと思うのだが、いつから戦闘要素が混ざってきたのだろう。


「あっ、俺なんか用事できたかも! じゃ、残念だけどまた……」

「どうした、志賀。冬のんはいいのか?」

「あ……やっぱ用事なくなったわ!」


 掃除をさせられることに気づき逃げようとした志賀くんは、最古先生の一言で大人しくなる。最古先生のその不適な笑みはまるで悪魔だった。


「ということで、早速始める! まずはこの部屋を空っぽにするぞー」

「えいえいおー!」


 この場で彼女だけが乗り気だった。理由は分からないが、きっと細かいことは気にしない性格なのだろう。彼女からすれば部屋の掃除くらいどうってことないのだ。まぁ、あくまで僕の主観だけど。


 ともあれ、青い星サークル本格始動作戦は幕を開けた。


 最古先生の指示の下、僕らは部屋の掃除に取り掛かった。

 役割としては机や棚などを食田くんと最古先生、椅子や古い資料を僕と志賀くん、ペンやガムテープなどの小物をまとめて彼女が担当することになった。

 ちなみにこれはじゃんけんで決めたもので、見事一人勝ちを収めた彼女が迷わず小物担当に名乗り出た。


「あっついなー」


 小物を一通り運び終えたのか、彼女は窓際で涼んでいた。


「おい月ヶ瀬、サボるな」


 しっかり床に座り込みながら最古先生は指摘した。


「先生が一番サボってるじゃん!」

「違う、俺のは休憩だ。働き方改革ってやつだ」

「それを都合よく解釈するのは違うと思いまーす!」


 唐突に横からど正論を突き刺したのは志賀くんだった。最古先生は急襲に怯む。


「ま、まあたしかにそうだな。よし、働こう」


 果たして本当に教師なのだろうかと不思議に思いつつ、僕も強制労働に取り掛かる。

 黙々と、時に休憩とバカ話を挟みながら作業を続けること一時間弱。からあげという言葉を呪文のように連呼しながら働き続けた食田くんの活躍であっという間に教室は空っぽになった。


 しっかり掃除もしたのでそれなりには綺麗になった。

 掃除担当もじゃんけんで割り振ったのだが、やはり天は彼女の見方をした。迷わずほうき担当に名乗り出た彼女は「魔法使いだよー」とか言いながら掃除をしていた。

 ちなみに僕と食田くんは窓や壁の汚れを、志賀くんと最古先生は床の汚れを拭き取った。


「すごいスッキリしたね!」

「帰りてえ、切実に」

「お腹空いた……」


 約二名の限界労働者とただ一人元気な彼女と珍しく静かな最古先生。

 見るからに様子がおかしい。何か思い悩むように室内を見渡してはぶつぶつ呟いている。唯一聞き取れたのは「懐かしいな」という言葉だった。


 懐かしい? 最古先生はこの部屋に来たことがあったということなのだろうか。今年からこの学校に赴任してきたことくらいしか知らないのでなんとも言えないが、最古先生に異変が生じているのは明らかだった。


「先生! 次は?」

「次なんてないよ……」


 ──次なんてない?


 やはり何かがおかしい。今の最古先生はまるで悪霊に取り憑かれてしまったかのように見える。魂の抜けたような表情と声は恐怖すら感じてしまう。

 やがて最古先生は困惑する彼女に気づいたのか、すぐに我を取り戻した。


「すまない、気にしないでくれ」

「うん……」

「悪かった。気を取り直して次はいよいよメインイベント、リフォームだ」

「メイン……イベント!」

「メインのイベントって意味だよ、月ヶ瀬さん」


 食田くんの優しさが垣間見えた瞬間だった。英語が分からない彼女を気遣う食田くんの姿が輝いて見えた。


「それくらい分かるよ!」


 それが教えてもらった側の態度か! と誰かが突っ込むかと思ったが、その後にしっかり「でもありがと!」と付け足していたので問題はなさそうだ。


「これの分担もじゃんけんで決めるぞー。ホームセンター組と校内探索組に別れよう。ちなみに俺は車を出すからホームセンター組だ」


 正直どちらも面倒なのは変わらなそうなのでじゃんけんに異論はない。とっとと決めてとっとと終わらせよう。

 そうして行われたじゃんけん大会の結果、僕と最古先生がホームセンター組、他三人が校内探索組という組合わせになった。


 ──最悪だ。


 まずは前言撤回をしたい。どちらも面倒なのは変わらないと思っていたが、最古先生と同じとなると話は変わってくる。先生には申し訳ないが正直嫌だ。本当に申し訳ないが。


「せんせー、校内探索組は何をすればいいですかー」


 既にやる気が遥か彼方へと飛んでいってしまっている彼女は気怠そうに聞いた。


「倉庫に使われていない備品があるらしいからそこから机なり棚なりを持ってきてほしい。もし何か不備があれば俺に連絡してくれ、ホームセンターでついでに買ってくる」


 そんな風に采配する最古先生からはどことなく頼れる教師感が醸し出されている。ここだけ切り取れば最古先生は最高の教師に見えるだろう。ここだけ切り取れば。


「おっと言い忘れていた。倉庫の鍵は生徒会室にある。生徒会室に寄ってから倉庫に向かってくれ」

「はーい」


 果たして彼女が本当に理解したかは不明だが、志賀くんと食田くんがいるから大丈夫だろう、きっと。


「よし。それじゃあ月ヶ瀬、タイトルコールを」

「これいちいちやるんですか?」

「何を言ってる。タイトルコールは作業の指揮を上げる大切なものだ。何度でも何度でも何度でもやるぞ」


 そんな役を押し付けられてしまった彼女に同情せざるを得ない。僕だったら全力で拒否してしまう。


「えーっと……青い星サークル本格始動作戦・第二ラウンド開始!」


『えーいえーいおー!』


 志賀くんと食田くんと最古先生は声を合わせてやる気満々のようだった。


 ──あれ、なんかみんな楽しそう。

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