第23話 オタクの決意
この学校は山の上にあるからか、敷地内の高低差が激しい。
グラウンドなんかは最たる例で、校舎や体育館よりも数メートルほど低い地点に位置している。
そのため、校舎側からはグラウンドを見下ろすように一望でき、晴れていれば遠くには富士山が顔を覗かせるのでなかなかの絶景だ。
僕たち静岡県民は日常生活の中に当たり前のように富士山が溶け込んでいるので普段はなんとも思わないが、こういう時に改めて見てみると富士山はやはり偉大だと思う。
放課後のグラウンドでは、サッカー部や陸上部、野球部などが活動している姿が見受けられ、声を掛け合い、仲間と切磋琢磨する彼らはまさに青春のど真ん中にいるようだった。
果たして、彼はこんなところに来てまで一体何をするつもりなのだろうか。
僕はこの青春劇の中に飛び込む勇気を持ち合わせていないので今すぐ引き返したいというのが本音だ。
「俺から言いたいことがあるんだ」
「言いたいこと?」
「うん。俺、ずっと気になってたんだ。だから言うだけ言っとこうと思って」
何か僕に言いたいことがあるなら、わざわざグラウンドまで来なくともよかったはずだ。では彼がここに僕を連れてきた真の理由は一体何なのか。僕には全く見当がつかない。
「とりあえず俺についてきて!」
どうやらまだ目的地には到着していなかったらしい。僕は言われた通りに彼の後ろをついていく。
「おっ、志賀じゃん」
グラウンドに続く階段を下り、そのまま進んでいると陸上部らしき生徒が志賀くんに声をかけていた。
「よっ!
やはり彼の交友関係は広いらしく、その後もサッカー部の数人に声をかけられ笑顔で応対していた。
「ここだ!」
そう言って彼は立ち止まる。目的地はここのようだが、それにしてもこれは想定外だった。
──僕たちは、グラウンドの中心にいた。
「えっと……」
衝撃の事実に困惑を隠しきれない。今、僕は意図せず青春の中に混ざってしまっている。とても居心地が悪い。
「よし!」
そう言うと彼は自身の頬を軽く叩き、大きく息を吸い込んで思い切り声を張り上げた。
「お前らー!! 俺、志賀羽高はアニメが……好きだああ!! 漫画が好きだあああ!! ラノベが好きだああああ!! 可愛い女の子が好きだ! ツンツンもツンデレも全部かわいい! たまにある感動シーンでは絶対に泣く! 好きなキャラのグッズを集めるのも、それを飾るのも大好きだ!!」
時が一瞬止まったかのように沈黙が訪れる。誰もが彼の奇行に目を奪われていた。もちろん、僕も。
「つまり!! 俺は、正真正銘の……オタクだあああああ!!」
彼が言い切っても依然として沈黙は続いていたが、それはすぐに破られる。
「志賀! ナイス!」
その声はサッカー部の方から聞こえてきた。
「ありがとな! 駿河!」
駿河と呼ばれた彼はその整った顔に爽やかすぎる笑みを浮かべ、天に向かって片手を突き上げていた。
そしてまるで彼の言葉を合図とするように、各部活が活動を再開する。
僕は一連の出来事を上手く処理できず、もはやフリーズに近い状態だ。
「俺さ、お前と会ってから気になってたんだ。俺が何か聞くといつも恥ずかしそうに答えるじゃん? 自信なさげに、なんか悪いことでもしてるかのように」
否定はできない。人と話すのにブランクがあるというのも要因の一つだが、何より僕は僕自身に自信を持てない人間だ。
それはきっと、ここ二年ずっと一人でいることを心掛けてきたからなのだろう。誰とも関わらないから、自分のことしか知らない。
自分以外の誰かについて無知である故に、僕の持つ考えや行動が周りと比べて正しいのか、はたまた間違っているのかが分からない。だから不安になって、自信を持てず、弱々とした態度になってしまう。
「俺みたいになれとは言わないけどさ、自分の好きなことは好きって言えばいいと思うんだ。だってそれは、他の誰でもない“自分のこと“なんだからよ。俺は自信を無くしそうになった時はいつもこう思ってる。志賀羽高はこの世界にたった一人しか存在しない! ってね。そう思うと、じゃあ今ここにいる俺、唯一無二の奇跡的存在じゃんってなって、自分に自信が持てるんだ。それは誰だって同じだと俺は思う。この世にたった一人しかいない“自分“の個人的な領域には、この世にたった一人しかいない“自分“しか入れない。だから、俺たちは自分の好きなこと、もの、人、場所、その他全てに自信を持っていいんだ!」
彼は言いたいことを言い切ってスッキリしたらしく、体を大の字にしてその場に寝転んだ。
彼の言うことは少し大袈裟かもしれないが、きっと間違ってはいないのだろう。
この世に生きる全ての人間は唯一無二で、たった一人しか存在していない。だからそんな自分を誇っていい。
そこまで考えて、ふとあの日のあの言葉が蘇る。
『信じて待てよ。自分が好きなものを誇れる時を』
それは僕が中学二年生の頃、ラノベを勧めてくれた当時の友だちがくれた言葉だった。
もしかしたら、今がその時なのだろうか。
あの日の彼の言葉はただの綺麗事だと僕は内心思っていた。別に彼を非難するわけではないが、そんな時はきっと来ないと当時の僕は思い込んでいた。
でも、今僕の目の前にいる彼は“自分“を心から誇っている。自分の好きなことに常に全力で突き進み、その上周りの誰かにまで気を配れる強く優しい人間。
やはり、僕と彼は似ていない。
似ていないけれど多分、正反対ではない。自分では分からないどこかに通ずるものがあって、僕は意図せず彼を受け入れているのだ。
そして彼はこんな僕を受け入れて、こんなところに来てまで伝えたいことを伝えてくれた。
自らを犠牲にしてまで彼は、僕にそれを伝えることを選んだのだ。
──それなら。
今なら僕は、僕自身を誇りに思える気がする。少なくとも、彼の前では。だから……。
「……僕も。僕も、アニメやラノベが好きだよ」
彼にだけ聞こえる声で僕は言った。
彼は一瞬きょとんとした顔をした。
そして、笑った。
「さいっこうだ!」
僕は嬉しかった。こんな気持ちは初めてだった。
「改めて、俺の名前は志賀羽高。お前の未来の親友になる男だ!」
相変わらずの笑顔でそう言うと、彼は手を差し伸べた。
「僕は、青島春樹」
僕は彼に手を差し出し、がしっと握手をする。
「よろしくな、春樹!」
こういう青春じみたことは好きではない。でも、嫌いでもないと不覚にも思ってしまう。
夜空を見上げ、異様に輝く星を見つけるたびに僕は今この瞬間のことを思い出すだろう。
そして思うのだ。
──僕は間違っていたのだろうか、と。
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