第22話 一難去って

 二人の握手によってオタク王決定戦は幕を閉じた。

 勝者も敗者もいない。それがこの戦いの結果だった。

 そもそも彼らはオタク王なんてどうでもよくて、自分の好きなことについて語りたかったというのが本音だろう。

 だからこの戦いはこれで終わりでいいのだ。


「なぁ志賀、俺から一つ提案がある」


 帰宅ムードになりつつある中で最古先生はそう言った。

 この感じ、僕には覚えがある。

 あれはたしか彼女がこの空き教室に初めて来た日のことだ。彼女が自身の思いを打ち明けた後に、最古先生は“お願い“と称してある提案をしていた。


 ──青い星サークルに入ってくれないか、と。


「なんですか、先生」


 唯一何も知らない彼は呑気に応える。


「ぜひ、この“青い星サークル“に入ってくれないか」


 ──やっぱり。


 これについて彼に言いたいのは「断ったほうがいい」ということだ。

 現にこの部活ともいえない謎組織に入ってから、僕の平穏な日常は崩壊した。人と関わらず、孤独に過ごしてきたこれまでの二年間を最古先生はいとも簡単に壊したのだ。

 それ故に、僕は未だこの組織に対する疑念は消えていない。無かったことにできるならどれほどよかっただろう。


 ──夢ならば、どれほどよかったでしょう。


 しかし、現実はそんなに甘くないことくらい周知している。だからこそ僕はどうにもできず、流れに身を任せるしかない日々を過ごしている。


「あ、それ気になってたんだけどさ。なんでサークルなの? 青い星部とかじゃダメなん? まあ、青い星ってのもよくわかんねぇけどよ」


 彼が何気なく放った言葉に最古先生は眉をひそめる。何やら不満げな様子がひしひしと伝わってくる。

 最古先生は“青い星サークル“に対して何やら強い思いを抱いているように僕は思う。


 以前、彼女が青い星サークルという名称を遠回しに馬鹿にした際もやけにダメージを受けていた。あの時も、そして今も、顧問としてではなく、もっと別の理由があるように思える。

 とはいっても、僕にはエスパーの才能は皆無なので深く考えるのはやめておこう。そのうち最古先生が教えてくれるだろう。


「青い星サークルがサークルなのは、サークルがよかったからだ。そして、青い星サークルが青い星なのは、青い星がよかったからだ」


 志賀くんの問いに対する最古先生の返答は、聞いてるこちらの頭がおかしくなりそうなものだった。


「よくわかんないや」


 まさしくその通り。僕は心の中で志賀くんに大賛同だ。


「それで、どうなんだ? 入ってくれるか?」


 忘れかけていたがこれが本題だ。

 果たして、志賀羽高は青い星サークルに入るのか否か。

 答えは……。


「……いやだ。俺は青い星サークルには入らない」


 内心どこかほっとする僕、大ショックを受ける最古先生、現状把握ができておらずきょとんとしている彼女。

 実に懸命な判断だ。

 志賀くんが青い星サークルに入ったところで、彼にメリットはないと断言できる。経験者は語るというやつだ。


 それと僕が青い星サークルを脱退しにくくなってしまう。最古先生と彼女だけになったこの場所は想像するだけで具合が悪くなりそうだ。そんなところに志賀くんを放置するなんてことは、僕の中にあるひとつまみの正義感が許さない。


「誘ってくれたのはすごく嬉しい。俺もこんな風に楽しい放課後を送れたら最高だと思う」


 どうやら壮大な誤解があるようだ。ここは楽しくない。


「じゃあ、なぜなんだ?」


 傷を負った瀕死状態の最古先生が最後の力を振り絞って問う。


「だって……」


 志賀くんは一呼吸置くと、満面の笑みでこう言った。


「アニメを! 漫画を! ラノベを! 楽しむ時間が減っちゃうでしょうがあ!!」


 思わず納得してしまう力強さを兼ね備えた、実に彼らしい答えだった。

 それを聞いた最古先生も満面の笑みで答える。


「そうだな!」


 瀕死だった最古先生は元気いっぱいになったし、志賀くんも最悪の結末(青い星サークルの仲間入り)を免れたし、これはきっとあれだ。

 いわゆる、ハッピーエンドってやつだ。


 

           ▷ ▷ ▷



 一難去ってまた一難という言葉があるように、この世の中油断は禁物だ。壁を一つ乗り越えたかと思えば、また新たな壁が目の前に立ちはだかる。

 オタクを巡って起こったあの日々はハッピーエンドを迎え幕を閉じた、はずだった。


 志賀くんが未来の親友がどうとか言っていたような気もするが、もうきっと忘れているだろうし、青い星サークルに入らなかったことで彼との関わりも途絶える……と思っていた。

 翌日。今日は最古先生からの呼び出しも彼女からの声かけもなく平穏に一日を終われると喜んだのも束の間、背後から何者かに声をかけられた。


「よっ! 未来の親友!」


 この声、この言葉、この雰囲気……知ってる!


「どうも」

「なんだよー、もっと気軽にいこうぜ!」

「あ、うん……」


 気軽にとは言われても加減が分からない。ここ二年もの間、まともに人付き合いをしてこなかったのが大きな要因だ。


「まあいいや。ちょっとこのあと時間ある?」

「ないよ」

「んじゃ、ちょっと俺と一緒に来てくれ!」


 ということで、僕は志賀くんと共に放課後を過ごすことになった。

 まあ、最古先生に呼ばれるのと志賀くんに着いていくのとでは断然後者だ。前者こそ一難と呼ぶに相応しい。

 それなら、今日の件に関しては“一難去ってまた一難“という言葉は不適切かもしれない。僕自身、志賀くんには同じオタクとしてそれなりに好印象を持っているし、彼の性格は尊敬すべきものだろう。


 だから今回は“一難去って志賀羽高“とでも表現しておこう。ポイントはちゃっかり韻を踏んでいるところと、最古先生を“一難“と称し、最古先生より志賀くんという事実を遠回しに表現している点だ。


 ──先生、本当にすみません。


 最古先生にはお世話になっているのにこんな風に思ってしまって本当に申し訳ないと思っている。

 だが、最古先生によってなかなか大変な目に遭わされているのも事実なのでそこはお互い様だ。

 そんなことはさておき、今は志賀くんに着いて行く方を優先する。


 どこに行くのか、何をするのかは聞き忘れたがここは志賀くんを信じることにしよう。

 そして僕らは教室を出た。向かった先はまさかのグラウンドだった。少しだけ、嫌な予感がした。

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