第21話 オタク道
それは三年前、高校に入学した春のことだった。
「初めまして、南中から来ました志賀羽高です。趣味はアニメを見たり、ラノベを読んだりすることです。ぜひ語りましょう!」
顔も名前も知らない初対面のクラスメイトたちを前に、俺はそう自己紹介をした。
その当時は今ほどアニメが流行ってはいなかったものの、徐々に盛り上がりを見せ始めている頃だった。
だから自己紹介でアニメ好きと公言すれば後々の話題作りに最適だと考えていた。同じような趣味の人がいれば、きっとすぐに打ち解けられて、何かしらグループに所属できると確信していた。
だが実際は違った。
クラス内で交流する機会にアニメの話題を切り出したが、不発に終わった。興味がないとでも言わんばかりにふんわりと別の生徒に話が振られ、俺はただ黙り込むことしかできなかった。
──これじゃあ、中学の頃と同じじゃん。
友だちもできず、これといった思い出もないまま流れるように終わっていった中学生活。
高校生活をあの日々の二の舞にしてたまるかと、俺はいくつか対策を考えた。
その中で最も重要だと思ったのは、やはりスタートダッシュだった。
入学直後のまだクラスが打ち解けていない期間に、どれだけ話し相手を作れるかが攻略への近道だと思ったのだ。
元々好きではあっただったが、さらに知識を増やしたくて入学までの暇な時間は全てアニメやラノベ、漫画に費やした。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
入学直後、まだお互い何も知らない状況下で必要だったのは自己アピールではなかった。
もっと表面的な部分で打ち解けなければいけないと気づいた時にはもう遅かった。
誰が言うでもなく、なんとなくの空気感でいくつもグループが作られていった。
休み時間になると途端にキャッキャと騒ぎ出す女子たち、廊下を広がって歩きたがる男子たち、目立たぬところでひっそりと過ごす者たち……。
俺はそのどこにも属していなかった。スタートダッシュに失敗し、見事なまでに中学生活の二の舞になった。
このままあの日々を繰り返すだけなら、いっそのこと辞めてしまおうか。気づけばそう思い始めていた。
そんなある日の体育でのことだった。
種目はサッカーで、その日はたしか試合を行っていた。何もできず呆然と立ち尽くしていた俺の目の前にボールが飛んできた。仲間からのパスだった。突然のことに困惑し、適当に蹴ったボールが敵チームに渡ってしまいゴールを決められるという戦犯をかましたことがあった。
それで誰かにいじめられたとか暴言を吐かれたとかではなかったが、チームの雰囲気は明らかに悪くなっていた。
休憩時間、チームに居づらくなった俺は離れたところで俯くように座っていた。
何をやっても上手くいかない。思うようにならない。
──もういいや。
そんな自分にうんざりして、半ば諦めかけていた時に彼は現れた。
「お疲れ様。大丈夫? 水飲む?」
そう言ってペットボトルの水を差し出してくれたのは、同じクラスの
彼は持ち前のルックスと性格の良さで一躍クラスの中心人物となり、満場一致で学級委員になったほか、サッカー部では入部直後にして練習試合に出場し、格上相手からの勝利に貢献したと噂になっていた。
そんな俺とは別次元に生きる彼が一体何の用かと疑問に思った。
「サッカー、難しいよな」
言いながら彼は俺の横に座った。
「……うん」
「志賀くん、だったかな。たしかアニメ好きって言ってたよね。実は俺も最近ハマってるんだ」
意外だった。別次元に生きる彼のような人間は、てっきりアニメやら何やらには興味を示さないと誤解していた。
「そうなの?」
「友だちに勧められてね、気づいたらハマってた」
彼の笑顔はとても爽やかで、汗でさえ輝いて見えた。
「志賀くんはどんなアニメが好きなの?」
話の流れ的にこの質問は予想できたが、俺は答えることを戸惑った。
ここで答えて仮に変な空気になってしまったらどうしようか。そうなればもう取り返しはつかないかもしれない。
「無理に答えてとは言わないけれど、好きなものは好きって言っていいと思うよ。少なくとも俺の前ではなんだって言ってもいい」
答えあぐねていた俺を見かねて、彼はそう言ってくれた。
それを聞いて、まるで何かから心が解放されたような気がした。何か背負っていた重荷を下ろしたような、不思議な感じだった。
「俺は──」
そうして彼と過ごした短い休憩時間は久しぶりに心から楽しいと思えた。
彼は満面の笑みで話を聞いてくれて、相槌を打ってくれて、一緒になって語ってくれた。
ただひたすらに嬉しかった。やっと認めてくれる誰かが現れたのだと実感できた。
自分の“好き“を語ることがこんなに楽しいことなのかと、初めて知ることができた。
そして俺は決心した。
もう何にも屈せず、自分の好きを貫こう。
誰にどう思われようと、自分に正直にいよう。
この険しいオタクの道を、猪突猛進に進み続けよう。
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