第20話 オタク王決定戦
急遽任命された割には、彼女はそれなりに楽しそうに見える。実況役も意外と板についていて、実は向いていたりするのではとまで思ってしまう。
その一方で、唯一役を与えられなかった僕は少し離れたところから戦いの結末を見届けようと思う。
かくして、オタク王決定戦は幕を開けた。
葵 『さあ始まりました、オタク王決定戦。二人とも思いをぶつけ合っちゃってください!』
最古「準備はいいんだろうな、志賀」
志賀「ええ、俺はね」
最古「じゃあ、早速。まずはこの手の話題では比較的とっつきやすいヒロインについてだ。いやー、やっぱヒロインはツンツンしてるのが一番だな! デレよりツンの方が強いのがいいんだよなあ!」
志賀「え? 寝言は寝て言えって感じですよ。ヒロインはツンデレに決まってます。ツンツンしながらもデレが常に見え隠れするあの感じがたまらないんじゃないですか」
葵 『志賀くん、いいですねー』
僕 (あれ、実況雑じゃない?)
最古「だぁー、分かってねぇなあお子ちゃまは。ツンツンしてるからこそいい感じに刺さるんだろうがよ」
葵 『先生、ツンツンは痛いです! チョンチョンがいいですねー』
僕 (……?)
志賀「はぁー、先生。ツンツンしてるだけじゃ足りないんです。ツンで刺したところにデレで手当をしてもらうんですよ。それはもう最高の気分ですよ」
葵 『たしかに! 傷は早めに手当をしましょう!』
最古「頻繁な手当は一回の手当の効力を弱める!よって頻繁に刺されてたまーに手当が最強だ!」
志賀「本当にそうですかね? 刺される、手当、刺される、手当のミラクルコンボを知らないなんて、先生損してますよ」
僕 (なんか変に深く考えすぎな気が……)
葵 『いやーいい戦いですねー。でも、刺されるのは痛いですよー』
最古「このままじゃ埒が明かねえ。お互い好きなキャラについて語ってみるってのはどうだ?」
葵 『せんせいふこくです!』
僕 (それを言うなら“せんせんふこく"な気が……)
志賀「仕方ないですね。それでいきましょう」
最古「よし、じゃあ俺から行くぞ」
葵 『さぁて、最初は最古先生のターンです!』
最古「俺が好きなのはアブ姫のエレーナ姫だ。エレーナ姫の一切笑顔を見せず、無愛想に言葉の棘を刺しまくるあの感じが最高だ。俺もたくさん刺されたい。あー刺されたい。ちなみに俺が一番好きな台詞は『這いつくばりなさい、私が通るわ』だ。あの見下したような表情と蔑むようなちょっと低い声がたまらねぇんだよなぁ」
志賀「ふーん、“危ないお姫様“ね。なかなかいいセンスじゃないですか。まぁ俺は『やっぱこの青い春はなんか違う』の冬のん一択ですけど。冬のんは最初こそツンツンしてて近寄りがたい感じだけど物語が進むに連れてまるで雪が溶けるようにデレ要素が強くなっていくんですよ。あのバランスがたまらないですね」
最古「ほお、悪くないな。だが終盤なんてほぼデレじゃないか。それについてはどうなんだ?」
志賀「分かってないですね。冬のんがデレに至るまでの話を知っているからこそデレがたまらないんです。それにツンがゼロってわけでもないので、その辺は全然大丈夫ですよ」
葵 『……』
僕 (もう実況が追いついていない……)
志賀「ってか、アブ姫好きってことは先生はやっぱファンタジーが好きなんですか? アブ姫ってパーティーを追放された弱者の主人公がエレーナ姫を偶然助けて……的な話ですよね」
最古「まぁそうだな。俺はジャンルでいえばファンタジーが好きだ。特にゆったりしてる感じの。そういう志賀は青春ラブコメか?」
志賀「そうですね。青春ラブコメは見てる側も等身大に楽しめますし、大体が高校生なので感情移入しやすいってのもありますかね」
最古「現実世界では決して味わえない青春を仕方ないから架空の世界で擬似体験したい、という解釈でいいか?」
志賀「そう解釈してもらって構わないです。現に俺はそういう楽しみ方ができるのも一つの魅力だと思ってるので」
最古「青春ラブコメは現実逃避に最適ってことか、それはそれは素晴らしいな」
志賀「でも先生も人のこと言えないですよね。ファンタジーって非日常感の塊じゃないですか。それこそ現実逃避にもってこいですよね」
最古「ファンタジーの非日常感は現実逃避ではない。架空の世界を創造し、さらに想像することで成り立つ独立したもう一つの世界だ」
志賀「ちょっと何言ってるか分からないですね。物語というのは元より独立したもう一つの世界であるはずなので、それがファンタジーにのみ当てはまるというのは極論すぎます」
最古「では考えてみてくれ。ファンタジーの世界なら俺たちが生きる世界にはない架空の設定を簡単に用いることができる。それはつまり現実世界よりもファンタジーの描く世界の方が可能性に満ちているということになる。だから非日常感にぴったりの魅力的なキャラが多く登場している。エレーナ姫もその一人で、彼女は現実世界を舞台にした物語では絶対に生まれなかったであろう人物だ」
志賀「たしかにそれも一理あると思います。ですが、現実世界を舞台にした作品だからといって可能性に大した差はないですよ。世界は平等に無限の可能性を秘めている、とアブ姫でも語られていましたよね。青春ラブコメは等身大の人間のリアルな部分を描くのにもってこいです。高校生というまだ大人になる前の段階の未熟な人間にフューチャーするからこそ、独特の深いストーリーが実現します」
最古「だが、結局エレーナ姫のようなキャラは現実世界が舞台の作品には登場しないというのは事実だろう? アブ姫の舞台設定がファンタジーだからこそ成り立つキャラだ」
志賀「それを言うなら冬のんもそうですよね。現実世界の日本の高校を舞台にしているからこそ冬のんのようなキャラが映えるんです。さっきから話を聞いてると、先生はただ単にエレーナ姫が好きなだけで、無理やり話を繋げているように思ってしまいます」
僕 (最古先生が押されてる……)
志賀「それに、たしかエレーナ姫って裏設定だと成人していないですよね? 先生まさか、ロリコンですか? それは隠し通さないとこの先いろいろとやばそうですね」
最古「……ああ、たしかにエレーナ姫は未成年だ。だが、俺は決して、断じて、絶対の絶対にロリコンではない。仮にエレーナ姫が俺より年齢が上でも、きっと変わらず愛するだろう」
志賀「それは老婆でも同じということですか。さすが先生、ストライクゾーンがお広い方だ」
最古「なっ……も、もちろんだ。俺はエレーナ姫を愛しているからな。あの感じが残ってる限りエレーナはエレーナだ」
志賀「なんと……。ロリから老婆まで網羅しているなんて、さすがは先生だ。いやー、世界一の変態教師とはこの人のことかあ」
最古「よお志賀ぁ、お前なかなかいい度胸してるな。なんてったって俺にここまで食いついてこれた奴はなかなかいない。こうなれば、お前が泣きつくまでこてんぱんにしてやる!」
僕 (うわぁ、ゲームの雑魚キャラだ……)
志賀「やれるもんならやってみろ、って感じですね。でないと、こっちも退屈しちゃいますよ」
最古「よし、覚悟しろよ。志賀」
志賀「望むところです」
──それから、この水掛け論は一時間ほど続いた。
語り合いが続く中で、二人は次第に口数を減らしていき、床に座り込み、ついには無言になった。
実況役を引退した彼女はスマホをいじりながら床に寝転がっていた。ついでにイヤフォンもしている。
一方の僕は、水掛け論が一線を越さないように仕方なく見守り続けた。はぁ、本当に疲れた。
すっかり静かになり、彼女の笑い声が時折聞こえるだけの教室。その空気を破ったのは最古先生だった。
「なぁ、志賀」
「なんですか、先生」
二人は互いに違う方向を見ながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「お前、なかなか良いオタク度合いだったぞ」
「先生こそ、あそこまでのオタクはあまり見かけないですよ」
──あれ、なんだこの雰囲気。
「……人には人の好きがある。だから好きには正解がないのよ」
「エレーナ姫の言葉ですね」
「俺は今回の語り合いを通して、世界はこの言葉の通りなのかもしれないと思った。俺と志賀は同じオタクだが、好みは全く違う。でもそれは至極真っ当なことで、俺たちは考え方も価値観も何もかも違う。生きてきた年数も、経験してきた人生も違う」
たしかにそうだ。先生と志賀くんは同じオタクという括りではあるが、中身は全く違っている。人はそれぞれがそれぞれの思いを持っている。
「だから、自分の意見を押しつけてばかりで志賀の言葉を頭ごなしに否定し、認めようとしなかったことを本当に申し訳ないと思う。すまなかった、志賀」
「謝らないでください。それに関しては俺も同じです。俺だって自分の考えだけが正しいと信じ込んで語り合いに応じてしまいました。すみませんでした」
気づけば、違う方向を見ていたはずの二人は向き合い、互いの目を見て話していた。
きっと、二人は何も間違っていない。
今回の語り合いにおいて、自分の考えを発信しなければ一方的に殴られることになってしまう。
だから各々の思いをぶつけ合った。それは何も間違っていない。むしろ、そのくらい傲慢でないと自分の好きを語るなんてことはできない。
それでも、自分以外の誰かの声に耳を傾け、それを受け入れることをやめてはいけない。認め合うことを諦めてしまえば、どちらかが死ぬまで殴り続けることになってしまうからだ。
相手の考えをねじ伏せ、自分の考えを強引に罷り通したところでそんなものは欺瞞でしかない。
そのことに気づけたのなら、この語り合いは意味のあるものになったと言えるだろう。
「これからも、オタク仲間としてよろしくな」
「ええ、こちらこそ」
二人はゆっくり立ち上がり、がしっと握手をした。
夕日を浴びた勇敢な二人のオタク戦士の姿は、今この世界で最も輝いているのかもしれないと思った。
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