第18話 正反対
──未来の親友?
どういうことだろう。まさか、タイムスリップしてきたとか? そんなわけないか。
反応が気になってちらっと周りに目をやると、何事かとこちらを見ているのが数名ほど見受けられたが、その他大勢は何事もなかったかのように普通に過ごしている。
まさか、彼のことが見えていないのか? そんなわけないか。
「大丈夫だぜ! みんな俺がオタクって知ってっから」
なるほど。またやってるよー的なノリが浸透しているからこそのスルーだったということらしい。
「なあ、一番好きなのはなんだ? 俺は──」
彼がそこまで話したところで昼休み終了の予鈴が鳴り響く。五分後には授業が始まってしまう。
「あーくっそー。じゃ、また放課後な!」
「え、あ……」
放課後は無理だと言おうとしたが間に合わず、彼はすたすたと自分の席の方へ行ってしまった。
彼と会話をせずに済んだことにはどこかホッとしているが、それよりも放課後だ。
これは非常に面倒なことになったと、他人事のように思いながら次の授業の準備を始めた。
今日も一日が終わり、運命の放課後を迎えた。
彼が昼休みの件を忘れていることを祈りながら教室を出る。
一歩、また一歩と足を踏み出す度に耳をそばだてる。よし、僕を呼び止める声は聞こえてこない。この調子で行くぞ!
という、フラグめいたことを心の中で呟いていたら後ろから足音が聞こえてきた。
──きっと僕には関係ない。
そう言い聞かせるもその足音は遠ざかるどころか少しずつ近づいてくる。さながら化け物に追われるホラーゲームの主人公のような気分だ。
──このままでは喰われる!
僕はこんなところで喰われてたまるかというしょうもない意地を発揮し、徐々に歩く速度を上げていく。
すると足音の方も同じように速くなっていった。これは確信犯だ。僕の気分は地の底まで下がっていった。
「ったく、歩くの速いって!」
とうとう僕は化け物に捕まった。ここから逃げられる気がしないのでもう煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
「俺、こう見えて忘れてないからな!」
一つ訂正しよう。彼の見た目とか性格から「どうせ覚えてないだろ」的なことを思って逃げたのではなく、単に僕が嫌だったからというワガママめいた理由で逃亡していたというのが真の理由だ。僕は人を見た目で判断するような人間ではない。ただし道を占領するほどに広がって歩く陽キャはどうしても見るだけで嫌悪感を抱いてしまう。
「一緒に行くって約束したからな! さ、行こうぜ!」
一方的な取り決めは約束とは言わない。残念ながら。
「いや……僕、今日は……」
こういう時にちゃんと喋れる人間になるべきなのだと僕は痛感した。
「ん、なんか予定あった?」
「ちょっと……」
なんて言えばいいのだろう。青い星サークルって一応部活ってことでいいのだろうか。とは言っても彼は理解に困るだろう。僕も上手く説明できる気がしない。
「最古先生に呼ばれてて……」
結局これが最善の選択だろう。あんな変な教師に会わなければいけないともなると、彼も大人しく引き下がってくれるかもしれない。
「えーっと、誰だっけ?」
彼はどうやら本当に分からないらしく、ぽかーんとしている。
担任教師なのに生徒から名前を覚えられていないなんて、かわいそうな教師だ。ほんの少しだけ同情してしまいそうになる。
「担任の……」
「あー、あの変な人か!」
──正解!
最古先生には失礼かもしれないが、あながち間違っていない。誰がなんと言おうと変な人だ。彼を間近で見るハメになってしまった僕にはよく分かる。
「え、なんで呼び出されたの? なんかやらかしたの?」
当然そう質問をするだろう。しかし、僕はそれに対する答えを用意していなかったので咄嗟にこう返答してしまう。
「青い星サークルに入ってて……」
──あ。
ついつい言ってしまった。絶対に面倒なことになるとは分かっていながら、それ以外の言葉が浮かんでこなかったのだ。
「サークル? それって大学じゃねぇの?」
彼の言う通りだ。僕だってそれくらい思った。だが、そのサークルの創設者は最古友春という男だ。一般常識なんて彼の前では無力だ。
「まぁ、いろいろあって」
「ふーん。じゃ、俺も行くわ!」
「え?」
聞き間違いかもしれない。そうだ、そうに決まってる。
「俺、今日ちょうど暇だし。案内してくれ!」
聞き間違いかもしれない……というのは流石に無理があるか。現実逃避もほどほどにしなければ、現実とそうでないとものの区別がつかなくなってしまう。そうなれば人間は終わりだ。
ということで、一緒に行く雰囲気が仕上がってしまったので僕は名前も知らない彼と共に空き教室を目指すことになった。
二つのローファーの音が静かな廊下に絡まって響いていて、不規則なリズムを刻んでいる。
「でさ、なんでラノベ好きになったの?」
僕と並んで歩いていた彼は軽快に数歩先に出た後、手を後ろに組んで体を傾け僕に問いかける。
──いやそれ、美少女が夏にやるやつ。
夏の容赦ない太陽、蝉の命の合唱、時折吹く風、揺れる木々、髪をなびかせる美少女……。
その光景がやけに鮮明に脳内再生されていた。あと大体こういう時の美少女は麦わら帽子を被っている。
と、余計なことをつらつらと考えていたせいで彼の問いに答えることを忘れていた。無視するのも悪いので僕は正直に答える。
「中二の頃、友だちに貸してもらって」
「厨二の頃?」
「中二」
「すまんすまん、冗談だって」
なんなんだこのやり取りは。こういうだるい馴れ合いは精神がすり減るだけなのでなるべく避けたい。
「どういうジャンルが好き? 俺は青春系が好きだぜ」
「僕も青春系、かな」
前に読んだ青春ラブコメのシリーズがあまりに良すぎてそれからその作品の虜になっている。個性豊かなキャラクターがたくさん登場するが、僕は卑屈で卑怯で、でもそこが時々かっこいい主人公に憧れを持った覚えがある。
「青春モノもいいよなあ! なんか無駄にキラキラしてて、現実が……」
彼は物悲しい表情を浮かべ言う。
ふと、思う。
もしかしたら、僕と彼は似ているのかもしれないと。
現実に打ち負かされ、空想の世界に憧れを抱くようになった点で、きっと僕らは似ているのだ。
現実なんてクソ喰らえ、と彼も思っているのだろう。
「あ、いたいた。今日は来ないのかー?」
突然そんな声が聞こえてきた。
そこには、いかにも人生楽しんでる感が滲み出てる実に輝かしい人──いわゆる陽キャがいた。
彼は高身長、整った顔、サラサラの髪という生まれもっての武器を持っていながら、運動神経が抜群で更にトップクラスの学力を保持しており、周りからは“最強の男“と称されているらしい。
「いやー今日はちょっと用があってなー。次は行く!」
「了解。じゃあ、またね」
僕の隣にいたはずの彼は、どこか遠くへ行ってしまったような気がしてやや切なくなる。
最強の男と親密そうに話す彼の姿はまごうことなき陽キャだった。
そんな状況を目の当たりにして僕はある疑問を抱く。
──果たして本当に、彼はオタクなのだろうか。
思えば、僕のような人間にあれだけ気軽に話しかけてきた時点で、既に僕と彼とでは決定的な差があった。
人と関わることを避ける僕と、自ら人と関わろうとする彼。
訂正しよう。
僕と彼は、一つも似ていない正反対の人間である。
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